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籾井会長は実にNHKにふさわしい

田中良紹ジャーナリスト

2月20日の衆議院予算委員会でNHK問題が取り上げられた。籾井勝人会長と二人の経営委員の発言が様々なところで問題視されており、公共放送の経営者としてふさわしいかを民主党が中心に質したのである。

参考人として委員会に出席した籾井会長は質問に対し、紙に書かれた答弁書を読み上げるだけで見事に何も答えなかった。まず民主党の大串博志衆議院議員が、籾井会長が就任会見の発言を取り消した後の経営委員会で、「『私の発言のどこが悪いのか』と開き直りともとれる発言をしたことが報じられているが事実か」と質した。

これに籾井会長は「この場で申し述べると内容が不正確になる恐れがある」と説明を全面的に拒否した。そのため「経営委員会の議事録は1週間後には公開される。ここで説明できないはずはない」と迫る大串議員と、「公開される前に説明すると不正確になる」と拒否する会長とが不毛なやり取りを延々続けた。

議事録は当然ながら会議が終わった段階で全容が記録されている。しかし公表までに時間をかけるのは、公表されて不都合なことがあるかどうかを発言者に確認し、不都合のない形にして公開するためである。おそらくNHKが公表する議事録には指摘された発言が掲載されない可能性がある。

次に玉木雄一郎衆議院議員が「ケネディ駐日大使が(問題発言のため)NHKの取材を拒否しているのは事実か」と質した。籾井会長は「取材・制作についてコメントはしない」とやはり答弁を拒否した。さらに原口一博衆議院議員が「あなたの発言は放送法に適っているか」と質したのに対し、「放送法を遵守して公正中立、不偏不党、言論の自由を確保して放送する」と紙を読み上げるだけで、これも回答しなかった。

これらの審議で、議員の質問には一切答えず、NHK職員が書いた紙を読み上げる事に終始した籾井会長の鉄面皮と、NHKを「公正中立、不偏不党」の放送局と思い込んでいるかのような民主党議員の稚拙さだけが印象に残った。

以前のブログ「NHK会長の『公正中立、不偏不党』は『バカの壁』」でも書いたが、そもそも神様でもない限り「公正中立、不偏不党」の報道などありえない。それは世界の常識である。そうした中で、メディアは権力の国民に対する洗脳行為に加担するのではなく、事実の究明に最大限の努力を傾けるのが使命だと考えられている。それは「公正中立、不偏不党」と何の関係もない。

ところがこの国では「ジャーナリズムは不偏不党であるべき」で「真実の報道をすべきだ」などと、ありえない幻想を要求する国民が多い。そしてそういう国民に限って自分の頭で考える事をせず、メディアの報道を鵜呑みにしてころりと洗脳される。

ここに「世界主要国価値観調査」というデータがある。世界の社会学者が5年おきに主要国の国民を調査し、様々なテーマで価値観を比較している。2005年の調査によると「新聞を信用する」と答える国民が多いのは6か国のみだが、トップは日本、次いで中国、韓国の順となっている。欧米の民主主義国は「信用しない」と答える国民の方が圧倒的に多い。テレビの調査結果もほぼ同様である。民主主義国の国民ほどメディアを信用しない。日本が欧米と異質の国である事が良く分かる。

NHKが「公正中立、不偏不党」を看板にするのは、あまねく国民から金を徴収するための方便である。民主主義国のメディアは自らの政治的立場を明確にするのが普通だが、あまねく国民から金を取ろうとすればそれは出来ない。「公正中立、不偏不党」という幻想で全国民から金を取るしかない。

公共放送のモデルはイギリスのBBCと言われるが、同じ公共放送と言ってもBBCとNHKは成り立つ仕組みがまるで異なる。NHKは政権与党に逆らえない仕組みに組み込まれているが、BBCは政権を批判する立場に身を置く事で、あまねく国民から受信料を徴収しているのである。

NHKが政権与党に逆らえないのは、予算が国会で承認されない限り執行できない仕組みがあるからである。NHKは株式会社ではないが、日本では国会がNHKに対し企業の株主総会と同じ役割を果たす仕組みになっている。企業経営者にとって株主対策は死活的に重要である。それと同じようにNHK職員は与野党の政治家に取り入り、予算が承認されるよう裏工作をさせられる。

特に大株主の意向に企業が絶対逆らえないように、NHKは多数の議席を持つ与党には逆らえない。NHKにとって与党は大株主なのである。与党に逆らえないという事は政府にも逆らえない。つまりNHKは政権与党に逆らえない宿命にある。

一方でBBCは政治の影響を排除する仕組みの中にある。BBCの経営は10年に一度見直されるが、政治が関与できるのはその時だけで、毎年の予算を議会が承認する仕組みにはなっていない。従ってBBCは堂々と政権批判を行う。最近の事例ではイラク戦争でブレア政権と真っ向から対立した。過去にNHKが政府と対立した事など一度もない。同じ公共放送でもNHKとBBCはまるで違うのである。

だからNHKは「公正中立、不偏不党」を謳って国民の目をくらます。それに騙される国民は受信料を支払う事に抵抗を感じない。NHKが感動物語をやたらに放送するのは「公正中立、不偏不党」のメディアと思わせるのに都合が良いからである。感動してNHKを良質のメディアと考えてくれればそれは権力にとっても都合が良い。ヒトラーの手法は感動を振り撒くメディアによって国民を衆愚にする事だったが、NHKは同じような道を歩んでいるのである。

80年代の終わりにアメリカが打ち上げなかったBSを中曽根内閣が購入し、世界のどの国もやっていないBS放送をNHKがやるようになってからNHKの肥大化が始まった。世界が多チャンネル化を進め、多様なものの見方を国民に提供するようになったのとは裏腹に、日本だけはNHKによる情報の一極集中化が始まった。「公正中立、不偏不党」はそのための目くらましにも使われる。

野党がNHK問題を取り上げるなら、籾井会長の発言が「公正中立、不偏不党でない」などと国民に目くらましを押し付けるのではなく、NHKがどれほど世界と異なる仕組みの中に置かれているかを明らかにし、メディアへの幻想を捨てさせる方向に導くべきである。

私には籾井会長の発言はその一つ一つが実に明快にNHKの現実を表現していると思う。NHKにふさわしい人物が会長に就任したのである。そう考えて追及の仕方を組み立てるべきではないか。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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