禁断の性愛といった背徳的イメージが強い「卍」と向き合う。小原徳子が令和版から感じ取った変化とは?
女性同士の性愛に焦点を当て、いまだ「禁断」といった背徳的なイメージの強い谷崎潤一郎の小説「卍」。
1928年に発表されてから、これまで何度も映画化されてきた同作が、令和のいま再びリメイクされた。
となると、これまで何度も映画化されてきた原作を、なぜいま再び描くのか?いま、改めて映画化する意味は果たしてあるのか?
そう疑問を抱くことはある意味、素直な反応かもしれない。
でも、いまだから「卍」なのかもしれない。むしろいまこそ「卍」ではなかろうか。
令和に届けられた「卍」を前にすると、そんな感想を抱く。
禁断はもはや過去で「卍」という物語の世界が、いまという時代にひじょうにフィットしていることに気づかされる。
果たして、令和のいま「卍」と向き合った俳優たちは何を感じ、何を思ったのか?
W主演のひとり、小原徳子に訊く。全六回。
令和のいま『卍』がどのような形の物語として描かれるのか、興味があった
はじめに明治から大正、昭和にかけて活躍した文豪、谷崎潤一郎の「卍」。
とはいえ発表されたのは戦前のこと、かなり前の原作の映画化となるが、このことをどう受け止めただろうか?
「今回、オーディションを受けての出演になるのですが、はじめに企画のことを知ったときの素直な感想としては『令和版の「卍」ができるんだ!』と思ってうれしかったです。
その時点では、当然まだ自身が出演できるのか定かではなかった。けれども、『卍』が幾度も映画化されていることは知っていたので、ひとりの俳優として、令和のいまに、いわゆる衝撃的な小説といわれている『卍』がどのような形の物語として描かれるのか、ひじょうに興味がありました。
オーディションを受ける時点では、まだ台本は完成していなくて。
企画書にだいだいのあらすじが示されてはいましたけど、実際に脚本を読んでみないとどんな世界観なのかはわからない。
でも、どんな脚本になってそこでどんな愛の物語が表現されるのだろう、とすごく興味がわいて気になりました」
『こんなに「卍」が身近なことになるんだ』と思いました
そのオーディションで、見事に園子役を射止めることになる。
そこで実際に手にした令和版「卍」の脚本にはどんな印象を抱いただろうか?
「ちょっと変な感想になるかもしれないんですけど、『こんなに「卍」が身近なことになるんだ』と思いました。
どういうことかというと、やはり『卍』はいまもたとえば『スキャンダラスな』とか『禁断の』といったい過激な性愛の物語というイメージが強いと思うんです。原作を読んでいなくても、みんなそう思うぐらい、そういうイメージが刷り込まれているところがある。
ふつうは足を踏み入れることはない、アブノーマルな世界の話といったイメージがある。
実際、原作を読んでも、わたしはそういう感想を抱きました。
ただ、今回の『卍』の脚本は、ちょっと違って。
原作と少し変えている箇所もあるんですけど、ものすごく現実感があるというか。
自分の身近で起きていても不思議ではない。こういう形で女性同士が惹かれ合っていくことはありえる。そう思えるものになっていました。
たとえば、光子に対して園子が抱く、どうしようもなく抗いようのない愛情とか、すごく共有できるところがありました。
原作を読んだときは、『いけないこと、許されないこと』と感じたものが、今回の脚本での印象としては『人間とはこうなってしまうことがある』と思えるものになっていた。
そういう意味で、すごく身近に感じられる物語になっていました」
『卍』で描かれる世界に対する意識の変化をすごく感じました
続けて、このようなことも思ったという。
「これまでの『卍』が、いけないことをしている許されぬ関係の二人から見える世界だとすると、今回の令和版『卍』はそこから一歩、進歩したといいますか。
言葉で説明するのが少し難しいんですけど、『卍』にあるアブノーマルな世界を前にすると、これまでは『(その世界に)染まってはいけない』と意識が働くところがあったと思うんです。そういう風に自分はなってはならないと。
でも、今回は、自分もそうなってしまうことがあるかもしれない。そうなってしまっても自分を否定するのではなくて、そういう自分も受け入れて生きていけばいい、みたいな形になっている気がする。
『卍』で描かれる世界に対する意識の変化をすごくわたしは感じました。
また、その変化が、いまの時代にもマッチしているとも思いました。
そこで改めてこれは令和版の『卍』ということを強く感じることができて、いまこの作品に取り組めることがひじょうに楽しみになりましたね」
(※第二回に続く)
映画「卍」
監督:井土紀州
脚本:小谷香織
出演:新藤まなみ 小原徳子
大西信満 黒住尚生 明石ゆめか ぶっちゃあ(友情出演)/仁科亜季子
9月9日(土)より新宿 K’s cinema にて公開、ほか全国順次公開予定
筆者撮影以外の写真はすべて (C)2023「卍」製作委員会