アニメーション製作資金を探しに海外に出たら日本との違いに気づいた話
海外マーケットに単独で乗り込む日本人の姿があった。オリジナル3DCGアニメーション企画がようやく1話完成し、全12話分の製作資金を集めている。そこで感じたのは日本と海外のビジネススタイルの違いだった。
日本だけ出遅れているのは何故か?
その作品はアニメ制作会社ピコナの代表取締役を務める吉田健氏が企画・原案、プロデュースする『Midnight Crazy Trail(ミッドナイト・クレイジートレイル)』というアニメーション。人間の住む世界で花嫁修業をしている「マキナ」という名前の魔女が主役だ。実は彼女、魔法を捨てて、普通の女の子になりたくて仕方がない。そこで魔法を捨てる旅が始まる…というストーリー設定だ。
文化庁の人材育成プロジェクト「あにめたまご2018」に採択され、1話目が完成したところ。吉田氏はグラフィックデザイナーとして勤務していたコナミ株式会社を退社後、デジタルハリウッド大学院などで3DCGアニメーション製作やプロデュース業などを一から学び、独立してから現在までの間、約10年以上、この企画を温め続けてきた。ようやく世に出すチャンスが巡ってきたということで、今年に入って香港、中国、フランスと各地のBtoBコンテンツマーケット会場に足を運び、吉田氏自ら商談を進めていた。
筆者が吉田氏に声をかけたのは、中国・杭州市で6月に開催された「MIPCHINA」というビジネスマッチングイベントだった。日本からNHKや民放テレビ各社などが並ぶブースのなかで、悪いが耳にしたことがなかった会社名でしかもまだ国内でTVアニメ化が決まっていない企画段階の作品だけを持ち込んでいることに興味を惹かれた。
というのも、海外に取引されるルートはテレビ局や代理店を通じて行われることが多い。ごく一部の大手の日本のアニメ制作会社を除いては制作会社が自ら海外出展し、ましてやオリジナル企画の資金集めを行っているケースは日本では珍しいからだ。
そんなこともあって吉田氏に海外で売り込んでいる理由を尋ねると、「日本だけ遅れている気がするんですよね」と答えが返ってきた。会社の規模に関係なく、アニメプロデューサーがオリジナルIP(知的財産権)の資金集めを当たり前のように行っている海外との違いに吉田氏も疑問を持っていたようだ。では、日本が遅れている原因は何なのか。
「日本の場合、世界でも展開できる可能性のあるアニメーションコンテンツを持っていても、日本国内で成功した後に改めて海外展開を考えるケースが多いような気がします。また製作委員会方式を取っている作品は権利処理に時間がかかり、ビジネスにしにくいと考えている海外のバイヤーは多いようにも感じています」
『Midnight Crazy Trail』は企画段階から海外展開を見据え、制作会社ピコナ1社で権利処理を完結させることができるため、国内外問わずチャンスを探り始めているということだ。1話24分、12話のシリーズをどこでどのように展開できるのか目下商談中。数億円のバジェット(予算)に共同出資してくれる相手を探している。
日本は『売れた場合の数字の見込みは?』、海外は『いくら欲しいの?』
海外で商談するためにマーケットに出展した場合、出展費のほか、渡航費、宿泊費、通訳などのコストが必要以上にかかるが、吉田氏は「まずはトライし続けたい」と、今年度から経済産業省が開始したクリエイター向けの海外出展支援の助成金なども活用し、海外マーケットの出展を続けている。「日本にいるだけではなかなか海外の生の情報を手に入れることができないから」だと話す。例えば、中国で行った商談では『Midnight Crazy Trail』のテーマが実は中国にハマることがわかった。
「“量産型女子”という言葉がありますが、『Midnight Crazy Trail』の魔女マキナが魔法を捨てたがるそれは“量産型女子”のような没個性に繋がることを意味します。“本当の個性とはなんぞや”という答えを求めて自分の個性を受け入れる旅になっていることがこの作品の裏テーマになっています。中国では今、若い女性の多くはお洒落を競い合い、互いのファッションを真似て、個性を失ってしまっている傾向がみられ、中国版のインスタグラム「美拍」では同じようなファッションに身を包んだ女性が並んでいるそうです。こうした現象が起こっていることから、中国のある企業は作品のログラインの情報だけで『まさに中国でも求められるテーマだ』と、共感してくれました」
そう嬉しそうに話す吉田氏。中国では2日間で19社の中国メディア企業と共同製作の可能性などを話し合い、中国版製作なども提案されているという。またヨーロッパのメディア企業が多く集まるフランス・アヌシーのマーケット「MIFA」では作品のビジュアルと世界観に関心を示してくれ、手ごたえ十分といった様子だ。こうして海外に足を運び続けるなかで、日本とは商談の進め方に違いがあることも気づかされたという。
「日本では導入から原作の有無や『売れた場合の数字の見込みは?』と聞かれることが多いです。要はリスクを小さくしたいという安心感が求められます。一方、海外では『いくら欲しいのか?何が必要なのか?』という質問から始まり、『おもしろいことをやれるならやろうぜ』といったスタンスなんです。もちろんビジネスなので損得も考えてのことですが、会社のネームバリューとは関係なく、対等に話を進めてくれるため、門戸は広いように感じます。明け透けに話せることも自分には向いている気がします」
しかし、たとえそのビジネススタイルがやりやすいと感じたとしても、受託の仕事に追われる毎日のなかで、オリジナル作品と向き合うモチベーションはどこから生まれたのか。
「ここ数年の流れとして、アニメの作品数が非常に増えていることで、仕事が多くなってきているのは喜ばしいことではあるのですが、作品制作において権利を持つ機会はなかなかないのが現状です。それが最近はNetflixのようなネット配信事業者が日本のアニメに興味を持ち始めたことで、アニメ制作会社も主導権を持ちやすい時代に入り、制作会社にもチャンスがきていると考えています。自らIPを持ち、それを発信していくことで、アニメ制作会社も潤うことができる可能性が広がっています」
日本アニメの海外市場規模は、日本動画協会の最新調査結果によると、2016年度は7676億円に上る。05-06年のDVDバブル期を大幅に上回る最高値を記録した。50年以上前から日本のアニメは海外に進出し、海外展開の主力ジャンルであることに変わりはないが、プレイヤーの顔ぶれに変化がないままで、その先に広がりがあるのか懸念を抱く。日本でチャンスを掴みにくい場合でも海外で思わぬところから実現の可能性がある作品は潜在的に多いはずだ。今回の話からそんなことを思った。