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「平日夕方キックオフ」でのアップセット【天皇杯準決勝】甲府(J2)vs鹿島(J1)

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
笑顔でサポーターに挨拶する甲府FW宮崎純真。この日は見事な決勝点を挙げた。

■なぜ準決勝が平日17時30分のキックオフなのか?

 10月5日、天皇杯 JFA 第102回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)準決勝の2試合が行われた。すなわち、カシマサッカースタジアムでのヴァンフォーレ甲府(J2)vs鹿島アントラーズ。そして、サンガスタジアム by kyoceraでの京都サンガF.C. (J1)vsサンフレッチェ広島(J1)である。

 キックオフ時間は、鹿島vs甲府が17時30分、京都vs広島が19時30分。「え、今日が準決勝なの?」とか「なんで平日夕方キックオフ?」と思ったサッカーファンも少なくなかったはずだ。

 第1試合が夕刻に設定されたのは、ひとつは中継する側の都合があっただろうし、もうひとつは試合会場のアクセスを考慮してのこともあっただろう。サンガスタジアムまでは亀岡駅から徒歩3分(京都駅を起点としても40分とかからない)。一方のカシマスタジアムは、東京駅からバスで2時間ちょっと。道路状況によっては、さらに時間がかかる。試合終了後の帰路を考えるなら、17時30分開始はギリギリの線だろう。

 とはいえ、これはラウンド16でも準々決勝でもない。2試合ともライブ中継される、準決勝である。天皇杯の準決勝といえば、週末に行われるのがサッカーファンにとっての「習わし」。この大会は2012年大会以降、2回戦から準々決勝までは水曜に行われるようになったが、準決勝はJリーグのシーズンが終わった師走の週末に行われるのが慣例だった。

 ところが今大会は、シーズン終了前に準決勝と決勝が行われるという、異例のレギュレーション(さすがに決勝は日曜日の14時キックオフだが)。これは今年、カタールで行われるワールドカップが、11月開催となった影響によるものだ。国内3大タイトルの中で、最も歴史ある天皇杯もまた、色濃く日程の影響を受けることとなったのである。

貪欲にゴールを目指す甲府の攻撃陣を2人がかりで阻む鹿島の選手たち。気持ちの上では両者互角だった。
貪欲にゴールを目指す甲府の攻撃陣を2人がかりで阻む鹿島の選手たち。気持ちの上では両者互角だった。

■自陣からのロングボールで甲府が先制ゴール

 この日は、甲府vs鹿島のカードを選んだ。鹿島は2019年以来3大会ぶりのベスト4だが、国内タイトル獲得は2016年が最後。今季のチャンスは、この天皇杯を残すのみとなっていた。一方の甲府はJ2ながら、北海道コンサドーレ札幌に2-1、サガン鳥栖に3-1、アビスパ福岡に2-1と、J1勢に3連勝して初の準決勝に進出している。

 このカップ戦らしいカードを取材するべく、東京駅から高速バスで試合会場に向かおうとしたのだが、ここで大誤算。八重洲口のバス乗り場は、絶望的なまでの長蛇の列ができていたのである。結局、40分以上は並んだだろうか。何とか15時30分発の便に乗れたのだが、キックオフには間に合わず。前半はピッチに入れてもらえず、メディア受付に設置されたTVで観戦することとなった。

 おかげで、この試合唯一のゴールは、しっかり確認することができた。それまで劣勢に立たされていた甲府は37分、自陣でのパス回しから、CBの浦上仁騎が前線にロングボールを供給。これを受けたのが、鹿島の最終ライン裏に抜け出たFWの宮崎純真だった。背後を突かれた鹿島の守備陣は、脱兎のごとき背番号19に誰も追いつけない。最後は鹿島GKクォン・スンテとの1対1を制し、甲府が見事に先制した。

 後半、甲府が攻める側のサイドでカメラを構える。前半をTVで、後半をピッチレベルで、同じ試合を見るのは初めての経験。そこで感じたのが、映像だけでは伺い知れない、両チームが醸し出す「空気」である。鹿島には十分に逆転できるという余裕があり、逆に甲府は望外の先制点にプレッシャーを感じているのではないか──。前半の映像からは、そんな印象を抱いていた。

 ところが、プレッシャーを受けていたのはむしろ鹿島の方だった。甲府の3倍近いシュートを放ちながら、相手の気迫のこもったディフェンスを崩せない。残り15分となって、甲府は逃げ切り体制にシフト。クリアボールを前線でキープし、鹿島のお株を奪う時間稼ぎで、試合を殺しにかかる。そして4分のアディショナルタイムを経て、タイムアップ。甲府は今大会初のクリーンシートで、鹿島を相手アップセットを達成した。

この日、最多5本のシュートを放った鹿島の鈴木優磨。今季の無冠が決まって無念をにじませた。
この日、最多5本のシュートを放った鹿島の鈴木優磨。今季の無冠が決まって無念をにじませた。

■「クラブ史に残る大失態」というコメントの背景

「クラブ史に残る大失態」

鹿島の岩政大樹監督による、試合後のこのコメントについて「さすがに甲府に失礼では?」という意見をSNSで見かけた。普段であれば、対戦相手へのリスペクトを欠かさない岩政監督。一方で、自身も現役時代に2回の天皇杯優勝を経験しているだけに、不甲斐ないという気持ちが前面に出てしまったのだろう。

 とはいえ、今季のJ2における甲府の状況を思えば「大失態」と感じるのも無理もない。リーグ戦では目下6連敗中で、8月6日以降未勝利。順位も18位で、J2残留さえ確定していない状況である。そんな甲府が、なぜ天皇杯では快進撃を続け、ついには鹿島さえも撃破することができたのか?

 ヒントになりそうなのが「CBからFWへの1本のパスで得点できたが、リーグ戦ではなかなかあれが入らない」という、吉田達磨監督のコメント。実は4日前にも甲府のホームゲームを取材したのだが、必要以上にポゼッションにこだわるスタイルが裏目に出て、栃木SCにあっさり0-1で敗れている。天皇杯での快進撃の理由を、この試合からは見出すことができなかった。

 もしかしたら、1本のカウンターに活路を見出す戦い方こそが、実は今季の甲府の本質だったのではないか──。そんな仮説が、頭をもたげる。

 確かにカップ戦とリーグ戦は別物だし、甲府は2017年までJ1に所属していた。準々決勝までは、あまり「格上」という意識はなかったのかもしれない。それでも、J2の下位クラブが乾坤一擲のカウンターで、Jリーグ最多タイトル数を誇るクラブを沈めたのだ。カップ戦の醍醐味を味わえたという意味で、平日夕方キックオフの準決勝は、今大会屈指の見ごたえのあるゲームとなった。

 甲府の決勝の相手は、9年ぶりに準決勝を突破した広島に決まった。前身の東洋工業時代(3回)を除けば、広島も天皇杯制覇は未経験。どちらが勝っても初優勝という第102回天皇杯決勝は、10月16日の日曜日に日産スタジアムで14時にキックオフを迎える。好ゲームとなることを期待したい。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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