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なぜ、トヨタはサプライチェーンを止めたのか

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
トヨタがサプライチェーンを止めたがそれは優れた判断だったのでは(写真:ロイター/アフロ)

トヨタのラインストップはダメなのか?

4月17日、トヨタ自動車が発表した「工場稼働に関するお知らせ」は、熊本地震の自動車生産に必要な部品の、サプライチェーンへの影響の広がりを示しました。地震の影響は被災地企業だけでなく、サプライチェーンを経由して段階的に全国の工場におよぶ結果となったのです。

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マスコミでは、トヨタの発表を受け、今回の事態を東日本大震災に続きサプライチェーンが「断絶」したと伝えられています。確かに、工場稼働停止によって、サプライチェーンは寸断したと判断せざるをえません。トヨタはこういった内容でマスコミから報じられる事態は十分に想定できたはずです。それでもなお、なぜ自らの判断でサプライチェーンを「断絶」させたのでしょうか。

まず申し上げておくと、私は同社グループとはライバル関係にある会社と近い仕事をしています。それでもなお、トヨタを評価せざるをえません。

20日には、25日から段階的に生産を再開すると発表しました。今回の一連の経緯から、わずか3日間の間に生産再開決定にこぎ着けたトヨタのサプライチェーン管理能力は非常に高い、私はそう考えています。

今回の経緯、繰り返し起こる地震以外、すべてを管理して今回の対応が生まれたと推察できます。まず、工場稼働停止発表の背景には、東日本大震災以降準備した、大規模災害発生時の備えがあります。最新状況を踏まえたトヨタの「意志」を類推し、調達・購買を担い、サプライチェーンを維持する責任を持つ皆さんには、冷静に今回の事態を判断してもらいたいと思います。

マニュアルにない大きな地震の度重なる発生

14日夜の震度7に始まって、激しい揺れの地震が熊本県を中心に継続して発生していました。16日未明の地震が「本震」とされ、それ以降も震度5以上の激しい揺れが被災地を襲っていました。今回の地震で亡くなられた方は、一度避難したものの、15日の夜には自宅に戻り被害に遭遇しています。

その結果、避難所は住民であふれ、避難所を避け車内で過ごす住民には、過去の地震発生時よりも、際立って多くエコノミークラス症候群が発生する事態へと至りました。度重なる揺れと、避難環境による強いストレスを物語っています。

これまでの地震は、16日未明の「本震」だけではなく、規模の大きな地震が連続して発生しています。災害発生時、サプライチェーンを確認し、問題点を明らかにするセオリーに本震と同じような規模の地震が連続して発生するといった想定はなかったでしょう。工場で生産できるかどうかを確認は、発生した災害の一次的な影響が終息しなければできません。

被災地は、再び起こるかもしれない本震と同じレベルの揺れに備えていました。そんな状況下で最優先されるべきは人命であり、工場設備の健全性や生産継続可否の確認ではありません。今回、トヨタの工場を止めた判断は、度重なる地震の発生状況が大きく影響しているはずです。地震の発生状況を踏まえて、熊本のサプライヤーからの納入を前提としてサプライチェーンは維持できないと判断したのでしょう。

待たずに行動

地震の発生状況から、いつになったら終息するのか、極めて不透明な状況でした。一刻も早く地震が治まって欲しいと多くの企業で、事態の推移を、固唾を飲んで見守っていました。しかし、トヨタの対応は「待ち」ではありません。

熊本県と周辺地域での地震が長期化する可能性を想定した対応です。「熊本地震で全国のトヨタの工場が止まる理由」によれば、トヨタ広報は「代替調達先検討の段階に入っている」とコメントしていました。熊本地震による影響の長期化を懸念し、事態の収束を待つのではなく、既に新たな調達ソースを模索していたのです。

過去には、このタイミングでなかった動きであり、東日本大震災の以降、トヨタが目指した「サプライチェーン強じん化」の取り組みが具現化しています。事実、20日には代替調達先からの供給によって生産再開を発表したのです。

こういった取り組みを実現するためには、直接取引をしているサプライヤーの能力掌握だけでなく、サプライヤーのサプライヤーまで、ティア構造を深く理解しなければできません。東日本大震災後、多くの企業でサプライチェーン構造の調査がおこなわれました。調査結果によって、最適な代替サプライヤーの選定を可能にし、推移を見守りつつ、生産再開する方法を模索したのです。

一方で、こういった取り組みは、被災地のサプライヤーの不安を増幅させるかもしれません。熊本での地震発生から現在までの推移は、自動車に限らず製造業のサプライチェーンに、日本国内所在工場製の部品の組み込みが「リスク」として認知させる可能性を秘めています。

すなわち、高いコストによる産業の空洞化に加え、天災リスクによって海外に産業が流出する事態です。

過去10年間に限っても、2007年に発生した新潟県中越沖地震、2011年の東日本大震災、そして今回で地震による自動車サプライチェーンへの影響は3回目。今後も同類の地震は発生するでしょうし、その都度、事態の沈静化は待っていられないのです。

レピュテーションマネジメント

トヨタへ部品を納入するサプライヤーにとって、生産を維持するための継続的な部品納入は極めて重い責任です。しかしその責任感によって、終息する気配のない地震活動のなかで生産再開を行い、激しい揺れに襲われたサプライヤーで人的な被害が発生したらどうなるでしょう。

サプライチェーンを維持するためにサプライヤーへ無理強いをした親会社として想像を絶する非難が予想されます。明確な指示がなくとも、サプライヤー側がそのように受け取ったことで生じる悪しき評判(Reputation)を避けたと考えられます。

トヨタに限らず、自動車メーカー各社は、今回の地震でも東日本大震災後の対応でも「人道優先」を明確に示しています。災害発生直後に、被災者の命を最優先に考えるのは当然です。だからこそ、自動車メーカー各社もあえて発表せず、マスコミもサプライチェーンの寸断ほどには大きく扱いません。しかし、今回の早々の工場停止の発表は、トヨタの持つ強い購買力のマイナスとなる可能性を踏まえた結果だと想定できます。

今回の地震は、阪神淡路、新潟県中越、そして東日本大震災とも異なる影響を、市民生活と、企業経営におよぼしました。熊本では、これから被災直後の生命の安全を確保する段階から、日常生活を取り戻す段階へと移行していくでしょう。

被災者ではない私は、今回に限らず地震の発生後は、できるだけ日常的な生活を心掛けて、必要以上に自粛しませんでした。それは、日常生活や生産活動を維持しなければ、これから膨大に発生する復興を支えられないとの考えです。

今回のトヨタの工場停止から再開までの動きの背景には、被災地とともに自社の事業活動を維持するためにはどうすればいいのかを考え続けている姿が浮かびます。私は、実務者の立場から、揶揄に近いとさえ感じるマスコミの「サプライチェーンの断絶」との報道を恐れずに工場を止めたトヨタに、サプライチェーン管理の進化を見せ付けられた気がしました。

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コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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