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タバコ規制は「上から目線」ではうまくいかない

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真:筆者撮影

 先日、タバコを吸う喫煙者らがシンポジウムを開き、タバコ規制は厳し過ぎる「禁煙ファシズム」と批判した。とりわけ、10月に東京都で成立した「子どもを受動喫煙から守る条例」について、プライベート空間にまで公権力が踏み込んでくることに懸念を表明している。

タバコ規制への2つの側面

 筆者は半年くらい前からタバコに関する記事を書いてきたが、その最初の記事は喫煙者へのフォローアップも重要とする内容で、今も基本的に立場は変わっていない。

 政府の調査によれば、男性成人の喫煙率は30%〜40%とまだまだ高い。一方、保険適用が受けられるとは言え、禁煙外来の治療費は決して安いとは言えないし、社会的な禁煙サポートもほとんど機能していない。なにより、20歳以上の喫煙は社会的にも法的にも認められているのだ。

 一方、タバコの問題には大きく2つの側面があり、ここ数十年で喫煙率を大きく下げてきたという実績がある。

 1つは、医療関係者らからのアナウンスだ。タバコが健康に害を及ぼす悪影響は、現実的で差し迫った問題として医療現場での実感が強かったこともある。公衆衛生学や疫学の発達による予防医学の認知も大きかった。つまり、喫煙によるデータの蓄積や統計的な手法の確立により、喫煙の害がはっきりとわかってきたのだ。

 もう1つは、先進諸国での権利意識の高まりで、いわゆる「嫌煙権」運動などの影響がある。タバコを吸わない非喫煙者は、喫煙者がマジョリティだったころ、意に沿わないタバコ煙に悩まされてきた。

 だが、公害訴訟などのように、1970年代から高まってきた健康であることを求める強い希求の高まりがタバコにも及び、旧国鉄の禁煙車両を増やすなどの成果を上げてきたのだ。この動きの背景には、科学的なエビデンスとして喫煙の害がはっきりしてきたこともある。

喫煙者への「悪の烙印」

 数十年来、こうした流れが加速し強まり、タバコと喫煙者は「悪」の烙印(スティグマ、stigma)を押されてしまった(※2)。つまり、喫煙者は「自らの健康に無関心で周囲へ害を及ぼすことに無神経な自己チュー」というわけだ。喫煙者は臭いとか不健康などと、ほとんど嫌われる存在になっている(※3)。

 その一方、公衆衛生当局を含む政府や自治体は、税収への期待もあり、タバコを完全に規制して販売を禁止したりしない。これは日本に限らず世界的に同じで完全禁煙を法的に定めている国はブータンくらいしかない。そのため、税収を確保しつつ喫煙率を下げる、というダブルスタンダードを背景に、「搦め手」からジワジワと真綿で首を絞めるようなタバコ規制が行われてきた。

 例えば、タバコの税率を上げて価格を上げる、喫煙できる場所を物理的に制限する、タバコ害についてキャンペーンを展開する、タバコ会社に対して広告宣伝活動を規制したりタバコパッケージの表示に制限をかける、などなどだ(※4)。こうした規制や政策は、若年層のタバコ消費を下げ、受動喫煙の被害を少なくし、タバコの害を広く知らしめ、タバコ会社の活動を制限するなどの点で確かに効果があった。

喫煙者が感じる「上から目線」

 一方、悪の烙印を押された喫煙者のほうは、どう感じているのだろうか。彼らの感情を「忖度」してみよう。

 前述したタバコ規制に対する1つ目の特徴(医療からの警告)に対しては、一種のパターナリズム(paternalism)と感じるだろう。医療関係者は、患者の健康を考えていろいろとアドバイスをする。以前なら「医師の言うことは正しいのだから従うべき」という態度が普通だったが、ヘルスリテラシーや患者の権利意識の高まりなどから、最近ではそれを家父長的権威主義と感じたり「上から目線」と反発するようなことも多くなっているのではないだろうか。

 2つ目(嫌煙権)にしても、非喫煙者がマジョリティになったからと言って居丈高に「上から目線」で権利を主張することに違和感を感じる喫煙者も多いはずだ。なにしろ、タバコは政府が公に認め、20歳以上なら誰でも自由に吸うことのできる商品であり、自由主義的な考え方からすれば、はっきりとした規制や法律がない(※1)以上、とやかく言われる筋合いではない、ということになる。

 受動喫煙防止強化の動きはWHO(世界保健機関)が主導し、欧米諸国が先鞭を付けたタバコ規制を世界規模で広げようとしている。だが、日本では環境美化の観点から、屋外でのタバコのポイ捨てや路上喫煙が罰則付きで規制されており、ヨーロッパの国々のように「店内は禁煙・テラス席は喫煙可」という流れとは異なった状況にある。

 日本の飲食店でアルコールを提供する業態は、雑居ビルなどに入った小規模店舗が多い。一軒家や路面店の多い欧米の飲食店と、一概に比べられるものではないはずだ。

 これで日本が屋内も禁煙となれば、いったいどこで吸えばいいのか、と喫煙者は反発するだろう。隣国の韓国では、2019年の平昌五輪を見すえ、飲食店などで屋内の禁煙化を進めた。だが、日本と同様、成人男性の喫煙率がまだ高いため、店外で喫煙してタバコの吸い殻が路上に散乱している。

必要な喫煙者への支援

 喫煙者について言えば、彼らは決して「空気を読めない自己チュー」などではない。厚労省によれば、喫煙者の70%は「ニコチン(nicotine)依存症」という病気だ。

 タバコを止められない理由はニコチンのもつ強い依存性と習慣性が原因であり、喫煙者は治療や心理的精神的なサポートが必要な病人と言える(※5)。また、喫煙者の中には、禁煙しにくい遺伝的体質的な傾向を持つ人も少なくない。

 喫煙は「行動嗜癖(addiction)」という側面がある。ニコチンに対する「物質嗜癖(substance addiction)」であると同時に、喫煙行動に対する「プロセス嗜癖(process addiction)」でもある(※6)。不安気質を持つ喫煙者も多く、彼らの行動は矛盾し、将来のリスクより現在の利益を高く評価する傾向がある、というように複雑だ。

 さらに、タバコ問題の背景には「健康格差」がある。タバコ問題に限らず、健康情報に社会的経済的な「非対称性」があることはよく知られていることだ。

 日本を含めた先進国では、共通して低収入で低学歴ほど喫煙率は高く、受動喫煙にさらされる危険性も同じ傾向がみられる。周囲に喫煙者が多く、またピア効果も高いこうした階層に対し、喫煙は健康に害がある、などの情報はなかなか届かない。

 以上のことから、喫煙者に対しては、禁煙サポートこそ重要だろう。支援の有無によって、禁煙成功率が変わるからだ(※7)。

 日本でも社会的経済的な格差が広がり、健康や医療に関する情報を得られない社会的弱者階層が形成されてきている。こうした階層に対しての禁煙サポートも必要になるだろう(※8)。

 喫煙者自身も矛盾を抱え、自らの行動に対して認知的不協和による疑問を抱く喫煙者も多い。もちろん、JT(日本たばこ産業)がCMで唱えているような「共存」は非現実的だが、政府行政がダブルスタンダードである以上、喫煙者を理解しつつ、「上から目線」ではない支援が必要なのではないだろうか。

※1:努力義務として職場の受動喫煙防止対策が事業者に定められている(労働安全衛生法第68条の2)。また、神奈川県や兵庫県などの自治体に罰則規定を含む独自の条例がある。

※2:Ronald Bayer, et al., "Tobacco Control, Stigma, and Public Health: Rethinking the Relations." Health Policy and Ethics, Vol.96, No.1, 2006

※2:RonaldBayer, "Stigma and the ethics of public health: Not can we but should we." Social Science & Medicine, Vol.67, Issue3, 2008

※2:Hilary Graham, "Smoking, Stigma and Social Class." Journal of Social Policy, Vol.41, Issue1, 2012

※3:S Chapman, M A. Wakefield, S J. Durkin, "Smoking status of 132,176 people advertising on a dating website: are smokers more “desperate and dateless”?", Medical Journal of Australia, Vol.181, 672-674, 2004

※4:L Joossens, M Raw, "The Tobacco Control Scale: a new scale to measure country activity." BMJ Tobacco Control, Vol.15, Issue3, 2006

※5:厚生労働省:厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野、第3次対がん総合戦略研究 平成17年度 総括・分担研究報告書

※6:"Addiction Medicine: Closing the Gap between Science and Practice." The National Center on Addiction and Substance Abuse at Columbia, 2012.

※7:S-H Zhu, T Melcer, J Sun, B Rosbrook, M S. Pierce. "Smoking cessation with and without assistance a population-based analysis." American Journal of Preventive Medicine, Vo.18(4), 305-311, 2000

※8:Patrick Hammett, et al., "A Proactive Smoking Cessation Intervention for Socioeconomically Disadvantaged Smokers: The Role of Smoking-Related Stigma." Nicotine & Tobacco Research, doi.org/10.1093/ntr/ntx085, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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