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テレ朝のグループ会社として65年の歴史を持つテレビ朝日映像、初の長編映画はいかにして生まれたのか

壬生智裕映画ライター
(C)2024 テレビ朝日映像(写真:配給提供)

テレビ朝日のグループ会社として65年の歴史を持ち、報道情報番組やバラエティー番組を数多く手掛けているテレビ朝日映像が2021年に「映画プロジェクト」を発足。そこから生まれた初となる長編オリジナル映画『ありきたりな言葉じゃなくて』が12月20日(金)より全国公開されている。

脚本家という夢をつかみ、浮かれた気分の中で偶然に出会った"彼女"に翻弄(ほんろう)され、奈落の底に突き落とされる主人公を演じるのは、NHK連続テレビ小説「らんまん」や、映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』などで注目を集める前原滉。物語の鍵を握る“彼女”を『初恋』『佐々木、イン、マイマイン』の小西桜子が演じるほか、内田慈、奥野瑛太、酒向芳、山下容莉枝ら実力派俳優が勢ぞろいしている。

そこで今回は本作のメガホンをとった渡邉崇監督に、テレビ朝日映像が初の映画化プロジェクトを進めた理由、その背景について話を聞いた。

■テレビ朝日映像が、自社100%で出資したコンテンツをつくる

――テレビ朝日映像さんが、2021年に映画プロジェクトを立ち上げようと思った理由はどういったところにあるのでしょうか?

(テレビ朝日映像)社長の若林が、テレビ朝日から移ってきた時に、制作費に対する考え方の違いを感じたことが大きかったと思います。局というのは制作費のことを“支出”と考えていて、そのお金を使って番組をつくり、視聴率を取るという考えがあります。一方、制作会社にとっての制作費というのは“収入”。たとえば1000万円の制作費が与えられたとしたら、その中で自分たちの取り分や、人件費などをやりくりするわけですが、逆にいえば面白いものをつくっても、面白くないものをつくっても、取れるお金は同じなので、リスクはない。そういう制作スタイルを目の当たりにしたときに、テレビ朝日映像の社員たちはちょっと窮屈な思いをしてるんじゃないかと思ったようで。そこで自社100%で出資したコンテンツを一度つくってみようじゃないかとなり、社内で映画の企画を募集することになりました。

わたし自身は以前に世界的ショコラティエの辻口博啓さんのドキュメンタリー映画『LE CHOCOLAT DE H』を劇場公開させたことがあったので、映画をつくる上でのロードマップ的なものがわかるんじゃないかということでまずはプロジェクトリーダーという形で参加することになりました。ですから最初は作品を選ぶ側(がわ)だったんです。その中で脚本づくりを一緒にやっていったわけですが、その中で監督をどうしようかとなったときに、わたしにやらせてくださいということで監督をすることになりました。

■映画のスタッフと、テレビのスタッフとの混合編成

脚本家デビューが決まった主人公の姿を通じて、テレビ業界の裏側が垣間見えるようにもなっている。(C)2024 テレビ朝日映像(写真:配給提供)
脚本家デビューが決まった主人公の姿を通じて、テレビ業界の裏側が垣間見えるようにもなっている。(C)2024 テレビ朝日映像(写真:配給提供)

――映画を観ていて、こんな風にテレビが作られているんだ、というような。テレビづくりの裏側をのぞき見ることができるような内容だった気がしたのですが、それはやはりテレビ朝日映像さんならではということもあるのではないでしょうか?

そうですね。そういう業界あるあるというか、ありがちな部分のところはあえて入れたところはあります。

――この映画をつくるにあたって、手探り状態からスタートし、完成までに三年半近い年月がかかったと聞いております。その時の状況を「ないものねだり」ではなく「あるもの探し」をテーマに取り組んだとおっしゃっていましたが、かなりの紆余(うよ)曲折があったのではないでしょうか?

2021年9月にプロジェクトが立ち上がったことを起点とすると、3年以上はたっています。やはり映画が完成するまで3年以上かかりますし、企画としても途中で空中分解してしまうのでないかという時もありました。出口が見えない状況の中で、最後までたどり着かないんじゃないかと思ったこともありましたが、何とか皆さんの力を借りながら脚本を作り、撮影をして、何とか乗り切ったという感じでした。

――普段テレビなどで行われている映像づくりとは勝手も違ったのでは?

普段と大きく違ったところが二つほどありました。今回の映画制作において、照明部と録音部は普段から映画をやっている方々に来ていただいたんですが、そうした映画的なやり方と、われわれテレビを主戦場にしているスタッフの混成でチームを編成していたので。お互いのやり方も少しずつ違ってくるわけです。そこのすり合わせの部分では戸惑う部分もありました。事前の打ち合わせの時も、いつもとやり方が違うと思います、ということはあらかじめお伝えしておいて。その部分を受け入れてもらいながらも、こうやった方がうまくいくんじゃないか、と言っていただくことも数多くありました。今回は決められたスタイルがあるわけではなかったので、今、自分たちが持てるものをどうやったらうまく回せるか、ということで、お互いに補い合いながらできたと思います。

脚本家の夢をつかみ、浮かれた気持ちでいた拓也(前原滉:左)は、りえ(小西桜子:右)に出会い、翻弄(ほんろう)される。(C)2024 テレビ朝日映像(写真:配給提供)
脚本家の夢をつかみ、浮かれた気持ちでいた拓也(前原滉:左)は、りえ(小西桜子:右)に出会い、翻弄(ほんろう)される。(C)2024 テレビ朝日映像(写真:配給提供)

――監督のコメントにも「演出部も新人だらけだった」とありました。

ストーリーものを作るのはうちの会社もそんなに慣れていないため、あえて新人を投入したというところはあります。なので現場の混乱も考えられたので、クランクインする前には、いわゆるNetflix作品で言うところの「リスペクトトレーニング」のような、コンプライアンス的な研修を、メインの出演者の方たちと一緒にやりました。それによってチームとしての考え方が強くなりました。うちの新人の子たちもなかなか慣れない状況で戸惑うことも多かったですが、主演の前原滉くんをはじめとしたキャストの皆さんもそれをとがめることはなく受け入れていただいて、励ましてもらったりもしたので、新人たちにとってもすごくやりやすい現場になったんじゃないかなと思います。

普段映画をつくっていないからこそ、自分たちのやり方でつくるという方向で模索していたと思います。今にして思うと、映画のつくり方に寄せて、映画的なやり方をやろうとしたら、うまくいかなかったかもしれません。

――俳優、スタッフともに本当にいい方たちが集まったということですね。

そう思います。本当にみんないい方たちでした。

■テレビ朝日映像ならではの映画をつくる

原案・脚本を担当したのは人気番組「町中華で飲ろうぜ」の企画・構成を務める栗田智也氏。物語は栗田氏の実体験をベースに脚色されており、主人公の職業が放送作家、実家が町中華という設定に。(写真:配給提供)
原案・脚本を担当したのは人気番組「町中華で飲ろうぜ」の企画・構成を務める栗田智也氏。物語は栗田氏の実体験をベースに脚色されており、主人公の職業が放送作家、実家が町中華という設定に。(写真:配給提供)

――映画の方に寄せるのではなく、テレビの方に寄せたということですが、いわゆる映画のやり方とは違う、テレビ的なスタイルというのはどういうところにあるのでしょうか?

僕も何が映画的で、何がテレビ的か、というところは意外と分からないところもありますが。ただ一般的にいうと、映画は、演出部・制作部・撮影部・録音部・俳優部という風に、がっちり縦割りになっているなと思うんです。でもテレビって意外とそういう意識が薄くて。縦割りというよりは、横割りみたいなイメージなのかもしれないですね。プロデューサーがいて、ディレクターがいて、ADがいて、技術部がいて、といった具合なんですが、それぞれの役割がクロスオーバーして仕事をしているような感じなんです。ですからディレクターがロケ場所を探しに行くし、ナレーションを書くし、企画書を書いたりもする。

そういう意味で今回も制作部と演出部をドッキングさせました。そこには普段、テレビのディレクターをやってる人たちを入れました。ですから僕は全ロケ先に行ってますし、制作部の人間が小道具をつくったりもしました。人も少ないですから、がっちり縦割りというよりは、みんなで混ざり合って、足りないところをみんなで補い合いながらつくる方が、僕らとしてはやりやすかった。

だからそこを映画的なやり方に寄せることは不可能だったし、もしそこを映画に寄せるのならば、テレビ朝日映像として映画をつくる意味もなかったと思う。自分たちのやり方がきっとあるはずだと思っていたので、それを探しながら、ないものねだりをするのでなく、あるもの探しをする、ということをキーワードにやっていました。これまで自分たちがテレビでつくりあげたキャリアを全否定する意味は全くないですし、そうするのはもったいないなと思いました。

――今のスタッフがフレキシブルに動くというお話はある意味、インディペンデント映画の精神にも近いようにも感じたのですが。

確かに今回の映画もそういう意味ではインディペンデントなつくり方をしているので。これが自分たちのやり方だよなと割り切ってやることができました。ただあまりそれを打ち出しすぎると、あそこは特殊だからな、なんて言われて。仕事に支障をきたしてしまいそうですが(笑)。

――むしろそんなこともできるのか、という風に観てもらえるのではないでしょうか?

そういう意味では逆にオリジナリティーが出たんじゃないかなとも思います。自分たちで作品に責任を持つところまでたどり着けたし、こだわり抜くこともできたと思うので、そのスタイルが良かったのかなと、今になって思いますね。

渡邉崇監督。「ワイド!スクランブル」のディレクターを12年務めたのち、ドキュメンタリー番組などの演出を手がけ、映画監督デビュー作『LE CHOCOLAT DE H』が高評価に。(写真:筆者撮影)
渡邉崇監督。「ワイド!スクランブル」のディレクターを12年務めたのち、ドキュメンタリー番組などの演出を手がけ、映画監督デビュー作『LE CHOCOLAT DE H』が高評価に。(写真:筆者撮影)

――脚本家の卵を題材とした今回の映画ですが、観ているうちに、自分が封印してきたはずの何かが、無理やり開かせられたような、傷口に塩を塗り込まれたような痛みを感じました。それは若かりし頃に抱いていた、頭でっかちで肥大化した自我のようなものだったような気がするのですが。

それはあると思います。そういう気持ちを正直に書くというのが大きなテーマでした。誰しも特別な存在になりたいけど、実はなれない。そんな(主人公の)拓也というのは見てて痛いけど、そんな拓也の部分は誰しもの気持ちの中に持っているというのがあると思うので。そういう風に”俺がいる”と思ってもらえるとうれしいですね。

――テレビ朝日映像さんの映画プロジェクトの、そして渡邉監督の今後の展望はいかがでしょうか?

映画プロジェクトは会社としても初めての試みなので、これがまとまったところで、次に対する戦い方みたいなものが見えてくるのだろうと思っています。社長もそこまで冷静に分析して次を考えているようです。僕自身に関していえば、やはり映画をつくり続けていきたいので。それを日々の番組制作の中でどういうふうに両輪を走らせていくかがが課題だと思っています。最近は自分の仕事としても、ドラマなどのストーリーものを手がける機会が増えてきているので、その辺の割合をどんどん増やしていきたい。ここをスタート地点にして、まだまだ拓也同様頑張っていきたいなと思っています。

映画『ありきたりな言葉じゃなくて』は12月20日(金)より全国公開中(写真:配給提供)
映画『ありきたりな言葉じゃなくて』は12月20日(金)より全国公開中(写真:配給提供)

『ありきたりな言葉じゃなくて』

監督・脚本:渡邉崇

原案・脚本:栗田智也

出演:前原滉 、小西桜子、内田慈、奥野瑛太、那須佐代子、小川菜摘、山下容莉枝、酒向芳

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などを担当。特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』『ハピネス』のパンフレットなど。

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