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回送電車に乗客を乗せる! えちごトキめき鉄道のダイヤ改正

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
回送電車として上越妙高駅から直江津の車両基地へ戻る特急「しらゆき」の車両

明日18日から全国的にダイヤ改正が行われます。

この改正で引退する車両などを記録するため、鉄道ファンの皆様方がこのところあちらこちらで乗ったり撮ったりしているようですが、えちごトキめき鉄道(以下トキ鉄)でも他社に合わせてダイヤ改正が行われます。

全国的に見ると今回のダイヤ改正の特徴としてはコロナで乗客数が減ったことによる「減便」というのが1つの傾向のようです。

乗らなければ減便するという方法は、かつての国鉄末期以降続いている鉄道離れに拍車をかけることは容易に想像できますが、独立健全経営を求められる株式会社としては「背に腹は代えられない」と、長期的な収入の可能性を探るよりも、当面の支出を減らすことに主眼を置かざるを得ません。

トキ鉄でも、コロナ禍からの需要の回復はまだ8割に届かず、さりとて残りの2割がいつになるかという目処もつかない状況の中、終端駅である直江津、妙高高原で乗り入れたり接続したりする他社の列車が減便されれば、こちらの列車も減便の対象とならざるを得ません。

ただし、トキ鉄のような第3セクター鉄道としては、単に株式会社としてドラスティックに「運転を取りやめます。」というわけにはいかず、地元の皆様方の利便性の維持確保には最大限に努めなければなりません。

つまり痛しかゆしの状況です。

出張利用の掘り起こし

コロナ禍でテレワークやリモート会議などが定着しました。

東京から地元上越の企業に出張に来られるお客様も以前のように回復が見込めません。

そんな中、筆者が伸びシロがあると見込んでいるのは、地元の皆様方が東京へ出張へ行かれた際の帰りの新幹線からの接続電車です。

ご存じのように全国的に地方都市は車社会。新潟県上越市でも新幹線で出張と言っても上越妙高駅までマイカーで来て「パークアンドライド」形式で新幹線に乗り込んでいく方がほとんどです。

そして新幹線で帰って来て、車に乗り換えて帰宅する。

そういう出張スタイルが定着しているのですが、一つ大きな問題点があります。

それは、「帰りに飲めない」ということです。

地元の人が東京へ出張へ行く、あるいは遊びに行く。現地ではたいてい会議の後の懇親会や情報交換会と称する飲み会があります。また、帰りの新幹線の中で「ちょっと一杯」とプシュッと開ける缶ビールや缶酎ハイの誘惑もあります。美味しいものを食べたらお酒が欲しくなりますね。

でも、駅からの帰りが車だということになると、そういうすべての誘惑と戦わなければなりません。

大都市近郊の方はご理解いただけないかもしれませんが、それが地方都市の人間の東京出張の現実です。

だとしたら、そこに需要があるのではないか。

つまり、新幹線で地元に帰ってきた皆様方へ、ちょうどよい乗継列車を走らせてみたら、お乗りいただけるのではないか。

そう考えて、昨年3月のダイヤ改正で東京を18:04に出る「はくたか573号」の上越妙高到着に合わせて、15分の接続で「おかえり上越」という列車を設定してみたところ、予想通りご利用いただけました。

1つの列車に20名

予想通りのご利用と言っても、2両編成の電車に平均で20名です。

運賃収入にして数千円といったところですから、数字だけ見ている人から見たら「そんな列車を走らせても意味がないだろう。」ということになりますが、コロナの時代に地方都市で夜の8時半に平均20名ご利用いただくということは、地域鉄道としては奇跡に近いことで、まして皆様ふだんの生活ではトキ鉄を利用されない出張や行楽帰りの地元の方々ということになりますから、そこに大きな可能性があることを確信し、明日3月18日のダイヤ改正から、この「おかえり上越」を3本体制にすることにしました。

回送電車に乗客を乗せる

ところが、前述の通り、地域鉄道を取り巻く現状は厳しいものがあります。

全国的にコロナ禍からの回復が思うように進まず、ダイヤ改正は減便傾向です。

そういう中で、トキ鉄が「増便する」となると、様々な軋轢が発生します。

「お前は社長として何を考えているんだ。」と言われる方も出てくるかもしれませんね。

そこで目を付けたのが回送電車です。

トキ鉄は、JR信越本線からの特急列車「しらゆき」が新潟から直通で妙高市の新井まで乗り入れています。

新潟駅を20時過ぎに出る最終の「しらゆき8号」がトキ鉄の新井駅に到着するのが22時過ぎ。この列車は翌朝の新潟行となるため回送電車として車両基地がある直江津へ戻るのですが、ただ回送電車として戻るのはもったいないと考えて、折り返しの時刻を若干変更し、その電車に乗客を乗せて「おかえり上越3号」としました。

あわせて「おかえり上越1~2号」は現状の列車をダイヤ変更して「おかえり上越」を1本から3本体制に増便してみたのです。

これなら旅客列車としては増便ですが、列車本数としては同じですし、乗務員も増やす必要もありません。そして、「おかえり上越3号」は乗り得な特急車両を使用した普通列車となる一石三鳥と言えるような効果ですね。

地域の皆様方にお配りしているトキ鉄の壁貼り時刻表です。

夜3本の「おかえり上越」が並んでいます。

「おかえり上越3号」には「車両は特急型です」という注釈があります。

いかにも「乗り得ですよ」と言っているようですが、実は、ふだんご利用されないお客様だと、特急車両がホームに入って来ても乗って良いのかどうか迷われる可能性があるためです。

苦しい時だからこそ原点に返ってみる

この「おかえり上越」3本体制により、上越地域の皆様方が東京帰りに主としてご利用される東京駅を18時、19時、そして最終20時台に出る北陸新幹線「はくたか」(一部後続の「かがやき」から長野駅で接続)から、上越妙高駅で約15分程度の接続で、高田、直江津方面へのお帰りの足が確保されることになります。

家族にお迎えに来てもらうにしても、新幹線の上越妙高駅ではなく、ご自宅のあるトキ鉄の最寄り駅になりますから、お迎えする側も便利になります。

そして何より、地元の皆様方は出張先で気兼ねなく宴会に参加したり、帰りの新幹線の中で一杯やってくつろぐこともできるようになります。

そうすることで、ふだん使いでは電車に乗らない地元の皆様方にご利用いただければ、地域鉄道としてお役に立つことができると考えています。

この「おかえり上越」のような列車は大都市圏で見られるホームライナーのようなものですが、もともとホームライナーというのは昭和の時代に赤字に悩む国鉄が、少しでも増収にならないかと、上野駅に到着した特急列車が折り返し車庫に帰る回送電車に「百円で座って帰れます」と乗客を乗せたのが起源です。

トキ鉄では車両は特急の回送ですが特別料金はいただきません。それはご乗車いただくことが本来の目的だからです。

コロナ前の水準にいつ戻れるか目処が立たない状況の中、苦しい時だからこそ原点に返ってお客様の利便性にお応えすることで道が開けるのではないか。

厳しい時代ではありますが、遠くに一点の光を見つけられれば、地域鉄道の未来が拓けるかもしれない。

そんな希望を持っていただくのが、トキ鉄のダイヤ改正なのであります。

※「おかえり上越」は全車自由席の普通列車です。ご利用には事前ご予約は不要です。どなたでもご利用いただけます。

※本文中に使用した写真はすべて筆者撮影のものです。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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