原子力施設の事故対策 3つの提言に思う
今から4年前、福島第一原子力発電所が危機的な状況となっていた3月18日。日本気象学会理事長から会員に向けてあるメッセージが出されました。
原発が相次いで水素爆発を起こし、放射性物質の大気中への漏えいが現実となった危機的な状況下で、信頼できる情報を一元化することは最も大切なことです。しかし一方で、このメッセージは「学問研究の自由」を制限するものと受け取られ、4月11日にお詫びと補足の説明がありました。
あの状況下で発せられた理事長の判断をとがめるつもりはありません。ただ、気象の専門家集団である日本気象学会がなんら行動することができなかったことはとても残念に思いました。専門家とは科学や技術を追及するだけではなく、一般の人から必要とされる知識や情報を提供することも大きな役割です。福島第一原子力発電所事故で、必要とされた情報が出せなかったのは、このような事態を想定せず、心積もりが全くできていなかったことに尽きると思います。専門家の存在意義を深く考えさせられました。
日本気象学会 3つの提言
原子力関連施設で事故が起こった場合、どのように対応すべきなのか。日本気象学会は作業部会を設けて、被ばく被害を軽減するための情報提供について検討し、3つの提言としてまとめました。
【提言1】緊急時には数値モデル予測値を有効活用すべきである。
【提言2】モニタリング実測値と数値モデル予測値を組み合わせた最先端の監視・予測技術を開発・整備すべきである。
【提言3】放射性物質の監視・予測システムの日常的な運用・情報発信と住民への啓発活動を行うべきである。
放射性物質の大気への広がりは、風や降水などの気象条件に大きく影響を受けます。気象予測技術は向上著しく、被ばく被害の軽減に大いに役立つと思います。一方で予測にはどうしても不確かな所があり、かえって不安をあおったり、混乱を招くおそれがあることも確かです。
この3つの提言で最も重要と思うのは「提言3」です。災害対策といえば、土木対策などハードウエア的な側面が主流だけれども、不確実性のある情報は受け手側がどう思い、どう行動するのかといったことを視野に入れて、情報発信することが必要です。象牙の塔にこもりがちな専門家にとって、一番ハードルが高い提言でしょう。得てして対策は机上の空論に陥りがちです。そのことを肝に銘じたいと思います。
【参考資料】
NHKスペシャル『メルトダウン』取材班,2013:メルトダウン連鎖の真相,講談社.
日本気象学会,2011:東北地方太平洋沖地震に関して日本気象学会理事長から会員へのメッセージ.
日本気象学会,2011:3月18日付けの理事長メッセージについて.
日本気象学会,2014:原子力関連施設の事故に伴う放射性物質の大気拡散監視・予測技術の強化に関する提言.
日本気象学会「原子力関連施設の事故に伴う放射性物質拡散に関する作業部会」,2015:原子力関連施設の事故に伴う放射性物質の大気拡散に関する数値予測情報の活用策について,天気,62,113-123.