教育改革のファーストペンギン~戸ヶ崎勤・戸田市教育長に訊く~
学校でのICT(情報通信技術)活用やプログラミング教育を積極的にすすめるために多くの企業と連携するという、これまでの公教育では考えにくいことを果敢に実践しているのが、埼玉県戸田市である。その旗振り役が、戸ヶ崎教育長だ。
「これからの未来社会は予測不可能性が高まることは、間違いないことです」と、戸ヶ崎教育長は言う。
そう言っているのは、彼だけではない。経済界も文部科学省(文科省)をはじめとする政府だって、みんながみんな「予測不可能な社会が来る」と騒いでいる。騒いではいるものの、予測不可能な社会に備えて何をすればいいのか、誰も答を示せていないのが、これまた現実ではないだろうか。
「だから、教育がリードすべきなんです」と、戸ヶ崎教育長は強調する。そして、「AI(人工知能)では代替できない力と、AIを使いこなす力を、子どもたちに身につけさせることです」と説明した。
「予測不可能な社会」では、AIが重要な役割を果たすといわれている。そのAIに人が仕事を奪われてしまうと戦々恐々としているのも、これまた現実である。しかし怯える前に、AIにできない力をもち、その前にAIを使いこなしてしまえばいいじゃないか、と戸ヶ崎教育長は言っているわけだ。だから彼は、学校でのICTの導入やプログラミング教育に積極的な姿勢をとっている。
「ただし、これまでの戸田市の教育のリソース(資源・資産)では、そうしたスキルを身につけることはできない」
とも、彼は言う。それを、公式の場で発言している。戸田市の教育だけでなく、従来の日本の教育を否定していると受け取られかねない発言でもあり、反発もあった。従来のリソースを完全否定する気はないのだが、それだけに頼っていては「予測不可能な社会」に対応できるわけがない、というのが彼の本音でもある。彼は続けた。
「ICTと騒がれていますが、かなり導入のすすんでいる自治体であっても、企業の目からすれば『周回遅れのトップランナー』でしかない」
それなら、企業と連携したほうがいいに決まっている。誰が考えても明らかなのだが、それを実行できない、実行しないのが、学校である。保守的というか、殻に閉じこもる体質が学校にはあるらしい。
そんな学校に遠慮しているのか、はたまた辟易しているのか、企業のほうも気軽に学校とコンタクトをとろうとはしない。せっかく企業がもっているスキルを活かせずに、学校はAIの影に怯えているだけなのだ。
戸田市では、その学校と企業のあいだに立ち、溝を埋めようと、戸ヶ崎教育長が先頭に立って教育委員会が旗を振った。学校に、企業を積極的に招き入れたのだ。
企業がからむとなると、どうしても「利権」の2文字がチラついてしまう。学校に入り込むために企業が大金を積んだり、もしかしたら逆もあるかもしれない。しかし、それこそ「ゲスの勘ぐり」というものでしかない。
「お金は動いていない」と、戸ヶ崎教育長もきっぱりと言った。そして、次のように説明する。
「学校としては企業のもっているスキルが欲しい。そして企業は、学校現場でスキルの実証をしたい。だからWin-Winの関係になれるんです。お互いにメリットはある」
こうして、戸田市の学校と企業との連携は急速にひろがっていった。
「連携をすすめるにあたって私は、『ファーストペンギンでありたい』という表現を使いました。『その言葉だけでは、なんのことか、わからない』という反応も多かったですけどね」
と言って、戸ヶ崎教育長は笑った。大海に飛び込む最初のペンギンになれば、誰にも邪魔されないで豊富な餌を食べられる。ファーストペンギンが思う存分に食べているのを見て、次から次に飛び込んでいくペンギンは餌の取り合いになって満足に食べることができない。最初に飛び込んでこそ、大きなメリットが得られるのだ。
企業との連携も、ファーストペンギンだからこそ大きなメリットが得られる。それを見てから飛び込んでいたのでは、ペンギンの数が多すぎて得られるメリットは小さい。企業にしてみても、実証検証を限りなくやる必要はない。ある程度やれば、やる必要はないのだ。つまり、餌そのものが乏しくなってしまう。そこに、ファーストペンギンでなければならない大きな理由がある。
ファーストペンギンだからこそ、戸田市の教育改革は成果につながっているといえる。