ついに「長時間労働」から「長期間労働」の時代へ ~私たちはどう仕事と向き合うべきなのか?
■ ゴールが逃げていく現在
「先が見えない。まさに、この表現がピッタリな世の中だ」
そう言ったのは、ある企業の中間管理職だ。優秀な営業課長(50代)だったが、最近は深い悩みを抱えている。
「外部環境の変化についていけない。35歳の部下のほうが優秀だし、たまに、組織の足手まといになっているのではないか。そう思うときがある」
こう、私に打ち明ける。
私は企業の現場に入って目標を絶対達成させるコンサルタントだ。クライアント企業の経営目標を達成させるには、ミドルマネジャーの奮起が不可欠である。なのに昨今は、「先が見えない」とぼやく姿が目につくのだ。
当然だろう。
昨年5月、政府は高年齢者雇用安定法の改正案を発表した。高齢者が70歳まで働けるよう、企業に努力義務を課す方針だという。
1994年に60歳未満定年制が禁止されるまで、55歳が定年退職であった。それが70歳まで伸びようとしている(あるいは定年制廃止か)。
マラソンにたとえると、42.195キロだった距離が、途中から50キロになり、ひょっとしたら、いずれ60キロぐらいまで伸びるかもしれないと言われているようなもの。
そんな仕事人生のレースを走っていれば、「先が見えない」と言いたくなるのも無理はないだろう。ゴールが逃げつづけているからだ。
■板挟みの中間管理職
いっぽうで、そんな「先」のことより、もっと「目先」のことで悩んでいる中間管理職も多い。というか、圧倒的に、こちらのタイプのほうがマジョリティだろうか。
私の本業だからかもしれないが、しょっちゅう、クライアント企業の中間管理職から、
「こんな状態で、どうやって業績を上げるのか」
と八つ当たりされる。
つまり、その目先のこととは「成果」のことだ。こちらは昨年4月に施行された働き方改革法の影響がきわめて大きい。
とくに影響が強いのが「残業上限規制」の新ルール適用だ。
労使合意による「特別条項」がなければ、年360時間が新しい上限。月間30時間の残業が基本路線になるわけだが、にもかかわらず、現場では「そんなことできるはずがない」と鼻で笑う者も少なくない。
とはいえ、違反すれば罰則(事業主に30万円以下の罰金または6ヵ月以上の懲役が科せられる可能性)だ。(これまでは違反しても行政指導のみ)
現場は「どこ吹く風」であろうとも、企業は真剣に対処する。その板挟みにあっているのが中間管理職なのだ。
■ 太く短くから細く長く?
中間管理職の苦悩がつづく時代なのに、以前、素っ頓狂なことを言う社長に会ったことがある。その社長は、経営会議の最中に、こんなことを言い放ったのだ。
「太く短くの時代から、細く長くの時代になったんだ。ボチボチいこうじゃないか」
この発言に、笑顔で相づちを打ったのは、現場のことをまったく知らない社外取締役ただひとり。専務や常務をはじめ、各部門の長は、無表情でうつむくだけだった。
「横山さんも、そう思うでしょう?」
社長にそう振られて、私は困った。冗談が通じないし、打たれ弱い社長だから、本音を言うわけにはいかない。言葉を選ぶ必要があった。
「何を太くなのか、何を細くなのか、でしょうね」
私は、曖昧な表現を使って逃げた。
たしかに「時間の長さ」という意味では、細くなり、長くなるかもしれない。
毎日11~12時間を35年近く働いていたのが、現在は、毎日8~9時間で、50年近く(もしくはそれ以上)働くことになるのだから。
「細く、長く」
と表現したくなるもの、わからないでもない。しかし、現場をあずかっている中間管理職にその意識はまったくない。
一人当たりの労働時間が減り、採用難で人員も増えないため、驚くほど「総労働時間」が減っているのだ。人的資源、時間的資源がないのだから、やりくりが、まったくできないのである。
ところが業績を落としてもいいという経営者など、世の中にほとんどいない。昨年『売上を、減らそう』という書籍が話題になったが、多くの経営者はどう受け止めただろう。上場企業ならなおさら、株主の手前、「売上を減らしたい」などと口が裂けても言えないに違いない。
35年で出していた成果を、50年で出していいと言われたのなら、「太く短くの時代から、細く長くの時代になった」と言えるが、現実はそうではない。
毎年毎年、昨年以上の成果を出せと言われているのだから、「太く短くの時代から、太く長くの時代になった」と言うべきだろう。
いや。
外部環境の変化スピードがあまりにも速く、イノベーティブな発想がない限り、生産性が上がらない時代なのだから、
「より太く、長く、の時代になった」
と言い表したほうがいいかもしれない。ただ、こうたとえると、憂鬱な気分になる人もいるはずだが。
■「長時間労働」から「長期間労働」の時代へ
2020年4月から、いよいよ中小企業にも残業上限規制の新ルールが適用される。まさに、今年から本格的に「長時間労働」から「長期間労働」の時代へ突入する、と言えよう。
多くのビジネスパーソンは、この事実を重く受け止めたほうがいいと私は思う。
とくに私どもの世代――50代は、緊張感が必要だ。
「若いころから家庭もかえりみず、がむしゃらに働いてきたんだから、そろそろペースを緩めてもいいだろう」と思いがちな世代だからだ。残念ながら、その考え方はすぐにでも改め、思考のギアチェンジをしたほうがいい。
30代、40代も似たようなものか。お手本となる背中とは、めったに出会えないのだから、自分たちで活路を見いだしていく必要がある。
私は正直なところ、今後は全世代で転職を意識すべき時代がくると考えている。50歳になっても、60歳になっても転職を考える時代、ということだ。
私の知人の中に、61歳で転職に成功した方がいた。まったく業種の異なる企業への転職だった。「不安のほうが多いが、頑張ります」という手書きのハガキを昨年6月にいただいた。そのとき、
「ああ、こういう時代になったんだな」
と、感慨深い気持ちになった。
特殊な技能がなくても、それなりに力があれば、60歳を過ぎても転職ができる。それから10年ぐらい、また新天地で必要とされ、70歳近くまでいきいきと働けるなら、そんな幸せなことはない。
だからこそ、若かろうが、ベテランだろうが、どんな世代であろうと、いつでも転職できるように、常に自分の市場価値を品定めし、高め、もしくは維持していく努力が必要だ。
そのために意識すべきことが、リカレント教育(学びなおし)とリスキル(新しい技能の習得)である。「長時間労働」から「長期間労働」の変化は、一生学ぶことの大切さを、あらためて私たちに突き付けている。