金本監督の大好物。阪神タイガース若虎寮「虎風荘」の元シェフが作る豚キムチ丼が食べられる店
■金本知憲監督も舌鼓を打った豚キムチ丼
「やっぱりこれ!この豚キムチ丼や」。
阪神タイガースの金本知憲監督が目を細め、舌鼓を打った豚キムチ丼が食べられる店がある。神戸市長田区にある「洋食ダイニング 鶴屋本店」だ。
店主は昨年までタイガースの若手選手が暮らす寮「虎風荘」の食堂で腕を振るっていたシェフ、鶴崎雅也さん。昨年7月7日、念願であった自身の店をオープンさせた。
店のメニューには、タイガースの選手に人気のあった料理が多く並ぶ。中でも豚キムチ丼は選手のみならず金本監督も大のお気に入りだったという。店でもイチオシのメニューだ。
「金本監督、フットワーク軽いからね。2軍で調子いい選手がいると聞けば、すぐに見に来てた。そのとき昼食に豚キムチ丼を出したら『おいしいわ』って言ってくれて。そのうちに『1軍のクラブハウスでも出してくれ』って言われたんで、クラブハウスのシェフにレシピを渡したんですわ」。
金本監督の命により1軍のクラブハウスでも定番メニューとなった豚キムチ丼だが、あるとき虎風荘にやってきた金本監督は「なんかちゃうねんな〜」と、鶴崎さんの豚キムチ丼をおいしそうに頬張ったという。
料理というのは奥が深い。同じレシピでも、作る人が違うと味も微妙に違う。ちょっとしたタイミングや火加減などでも変わるのだろう。
それに気づく金本監督の舌もお見事だが、「あれは嬉しかったですねぇ」と鶴崎さんは感激しきりだ。
■2012年から5年間、虎風荘の食堂のシェフとして
2012年から5年間、虎風荘で選手の食事を作り続けた鶴崎さんの料理人生のスタートは、六甲オリエンタルホテルだった。やがて同じ阪神系列のタイガースゴルフクラブに料理長として出向するようになる。同ホテルが閉館となったあとも同ゴルフクラブに残ったが、同ゴルフクラブが売却された35歳のころ、ウェルネス阪神に転籍することとなった。
係長として、もっとも重要な虎風荘の調理を任された鶴崎さん。「大事な若手選手の食事ですからね。朝昼晩3食、毎日同じ料理は出せないし、もちろん体作りも考えないといけない。経験がないと務まらない」と若虎の体を支える仕事に、やり甲斐も自負も感じながら腕を振るった。
その生活は早朝から始まる。朝4時に自宅を出て5時前には虎風荘に到着する。7時の朝食時間までに30人前の朝ごはんを並べながら、同時進行で昼食の準備も進める。
「寝起きでも食べやすいように麺類も毎日出してました」。野菜をたっぷり摂れるようにと、朝から鍋料理も用意したそうだ。「鍋をした出汁にラーメンやうどんを入れたのが選手にも評判よくて、朝からわりと食べられたみたい」。鶴崎さんの工夫に、選手の箸もおおいに進んだようだ。
昼食は100人前に増える。寮生以外の選手や試合の関係者が加わるからだ。「メインの丼系に惣菜系が5品。あと、うどんやソバ、ラーメンも常に用意していました」。
寮生以外の選手にもその味は評判だったようで、1軍から登録抹消になってやってきた選手にも「やっぱ虎風荘はおいしいなぁ」と言われ、「嬉しいやら、落ちてきて悲しいやら…でね」と鶴崎さんも苦笑いだ。
夕食は午後6時だ。メインの肉料理に魚や煮物、揚げ物などをバイキングスタイルで供し、鍋物も常に出して若虎たちがバランスよく食べられるよう考えていたという。
減り具合を見ながら足して作り、「これ食べたほうがいいよ」「体のどこにいいよ」など、さりげなくアドバイスを送ることも少なくなかった。
ホテルのシェフ出身だけに、その味は一流だ。「最初はフランス料理をメインに手探りで始めたけど、選手の反応はイマイチでした。そこでイタリアンをアレンジしたものを出したら評判よくて…。やはり高卒ではじめての寮生活の選手もいる。家庭料理が一番いいのかなと。たまにちょっと気取った料理も出して変化をつけたりね」。
毎日のことだ。バランスよく量もたっぷり、そして飽きずに食べさせるのは並大抵ではない。鶴崎さん以外のスタッフも、ホテルで料理長経験のある精鋭が揃っているという。
■自分の子どものようにかわいい選手たち
選手との関わりも、仕事上での喜びのひとつだった。「今成(亮太)選手や上本(博紀)選手なんか、『買い物に行ってきました〜』って言ってアイスをお土産に買ってきてくれたりね」と懐かしむ。
「藤浪(晋太郎)くんは最初は食が細かったねぇ。こっちから強要することはできないけど、『卵、乗せる?別で焼いてあげよか?』って声かけたりしたね」。
大食いでビックリさせられたのは西田直斗選手だったそう。「オムライスは注文を受けてから大中小の希望の大きさで作るんやけど、西田くんが要望するのは10人前くらいの大きさ。『ほんまに食えるんか〜?』って言いながら作って出すと、ペロリとたいらげる(笑)」。
食べる量では福永春吾投手も負けてはいないとか。「休日は朝昼兼用で10時半から1時半の好きな時間に来て食べるんやけど、福永くんはまず9時くらいにバナナと飲みものを取りにきて、練習してからまた食堂に来て食べる。だいたい2回から3回は来る(笑)」。
鶴崎さんにとっては若虎みんなが「自分の子どもみたい」というくらいかわいいそうだ。「みんな同じように気になるんですけど…」と前置きしながら、ひとりの選手の名前を挙げた。
「原口(文仁)くんですねぇ。苦労してるときも知ってるし、一番練習してたんじゃないかな。食事も、体のこと考えてバランスよく食べてる印象だった。支配下に戻れて1軍で出たときは本当に嬉しかったなぁ」。
つらい思いをしながらも真摯に練習に打ち込む姿を、そばでずっと見続けてきた。それだけに思い入れもひとしおだ。
■掛布前監督からのサプライズ
昨年7月7日に念願の自身の店を開いた。在職中は「選手にとって寮は家やからね。リラックスできる場所でないと。そこでサインとか求められたらイヤでしょ」と、選手にサインなどをねだることは自身に禁じていた。
しかし辞職するにあたって、高木昇寮長がサインや寄せ書きを頼んでくれていた。それらは今、店を入ってすぐの壁を彩っている。
開店日には前ファーム監督の掛布雅之SEA(オーナー付きシニアエグゼクティブアドバイザー)から花が贈られた。「お願いしたわけじゃないのに。奥さんのお誕生日と同じだからって、覚えててくださったようで…」と、サプライズで届いた花は鶴崎さんをいたく感動させた。
掛布前監督と過ごした日々も思い出深い。虎風荘のロビーの応接セットで新聞を広げ、テレビの連ドラを楽しむ掛布前監督と、毎朝ちょっとした会話を交わすことが鶴崎さんにとっても楽しみだったそうだ。
「甲子園でファームの試合を開催するときに配っていたカードにも、1枚1枚丁寧に手書きのサインをされていたのを見てビックリした。ああいうものは印刷でするものだと思っていたから」。
目を丸くする鶴崎さんに掛布前監督は「そりゃ手書きのほうが嬉しいでしょ」とニッコリ微笑んだという。「掛布さんは本当にファンを大事にされていた。『ファンがいての僕らだから』っていつもおっしゃっていた」。一貫したその姿勢に感銘を受けたという。
■若虎の胃袋を支えた味をぜひ
今もタイガースの動向は気になって仕方ない。営業中も店内のテレビやラジオ、ネットでチェックしている。特に、接した若虎の活躍は祈るような思いで見ている。
「いろんな人に食べていただきたいですね、選手が食べていたメニューを」とタイガースファンのみならず広く野球ファンに呼びかける。特に一から手作りしているタルタルソースやデミグラスソースには「ホテルの味やから」と、一流シェフとしての矜持が滲む。
金本監督も大のお気に入りだった豚キムチ丼をはじめ豚塩もやし炒め定食など、若虎の胃袋を支えたメニューの数々、一度味わってみてはいかがだろうか。
《洋食ダイニング 鶴屋本店》
*神戸市長田区久保町4丁目2-3
(JR長田駅7分、地下鉄駒ケ林駅2分 西神戸センター街)
*078-647-7297
*インスタグラム⇒鶴屋本店