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禁煙外来が「完全」遠隔診療可能へ?

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

厚生労働省は、2017(平成29)年6月9日の閣議決定「規制改革実施計画」を踏まえ、長く議論されてきた「完全遠隔診療」を禁煙治療で黙認することにしたようだ。この計画には「IT時代の遠隔診療」の項目に「遠隔診療の取り扱いの明確化」とあり、その中で「医師の判断で実施可能な具体的な症例として、全て遠隔で行う禁煙外来、1回の診療で完結する疾病が想定されること」(太字強調筆者)という規制改革の内容が書かれている。これは「全て遠隔で行う」のだから完全遠隔診療だ。

厚労省としては、この閣議決定の範囲内で認可するしないではなく、単に「今回の規制改革実施計画は認識している」という立場らしい。一部の新聞報道では、これで禁煙外来が「完全」遠隔診療となる、と書かれていたが、規制緩和の端緒として「突破口」となるか、とITヘルス業界界隈で話題になっている。

禁煙外来が完全遠隔化する影響は

高齢化や医師の偏在などを背景に情報通信技術(ICT)を使っての遠隔診療のニーズが高まっているのは事実だ。医師法では対面が原則とされ、これまで認められてきた遠隔診療のケースでも初診時などで必ず一度は対面するように定められている。現状、禁煙外来のオンライン治療でも、まず最初に対面し、その後はオンラインでという流れだ。

今回の禁煙外来の完全遠隔診療が実現すれば、医師が実施可能と判断すれば、初診から一度も医師と対面せず、すべてオンラインで診療が可能となる。これからの診療行為は禁煙外来の完全遠隔診療「解禁」でどう変わるのだろうか。

禁煙治療での遠隔診療が認められる背景には、禁煙治療の途中脱落率の高さがある。厚生労働省の調査では、禁煙外来の約64%が1年後には再喫煙しているという。せっかく治療を始めても、途中でタバコを吸ってしまう患者もまた多い。これが今回の閣議決定の大きな理由の一つになっているのかもしれない。

では、オンラインで完全遠隔診療をすれば、これらの脱落者は減るのだろうか。つまり、初心のみ対面すれば後はオンラインで受診が可能な現状と、最初からずっとオンラインのみで禁煙外来を受診する場合、脱落者はどれほど減るのか、ということだ。

厚労省(政府)が目指す禁煙治療の最終的な目的が、完全禁煙の達成率なのか禁煙の継続率(どれくらいの長さか)なのかはっきりしない。禁煙治療の遠隔診療に関する複数の論文を評価したシステマティックレビュー(systematic review)によればある程度の効果はあったようだ(※1)が、対面診療との比較研究は世界でもまだそれほど多くない。

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治療費は自己負担で

また、今回の完全遠隔診療では、禁煙外来の保険適用はなされない。対面の診療で担保される喫煙患者の禁煙意志が確認しきれない、ということもありそうだ。また、禁煙補助薬はニコチン依存症管理料に算定によって処方される。だが、現状ではオンライン診療での算定は認められていない。

保険適用されない全額自費診療では、禁煙外来での治療費は禁煙補助薬を処方された場合、12週間5回の診療で6万円以上かかる(3割自己負担で約2万円)。仮にオンラインで時間と通院の手間がなくなるとしても、これだけの金額を払って禁煙治療するだろうか。逆に、金額が多いからもったいながって脱落者が減ることも考えられる。

保険適用されるとなれば、貴重な社会的な資源を使うことになる。遠隔治療の質が担保されず、やってみたら途中脱落者がさらに増えた、という事態も考えられる。保険適用には十分な検証が必要だろう。

厚労省は当面、閣議決定後の実施事例などを静観するようだが、高齢者や情報弱者がスマホやパソコンなどの機器やソフト・アプリを使いこなせるかどうかも問題だろう。また禁煙補助薬の宅配に問題はないのだろうか。禁煙補助薬は高価なため、個人輸入などで違法に売買するケースもある。転売される危険性もないとは言えない。

禁煙治療はきめ細かいサポートが重要

以上、ネガティブファクターばかり並べたが、対面が一度も必要でなくなる治療は患者の負担減に大きな影響を与える。一部の新聞報道はフライング気味な感じが否めないが、これまでも禁煙治療に遠隔診療を利用するビジネスモデルはあった。

ICTを利用したヘルス市場への新規参入は絶えないが、これまで成功例はそれほど多くもない。生活習慣病や花粉症なども遠隔での診療されやすいのかもしれず、今回の「完全」遠隔診療の閣議決定で、他の治療でも患者負担の軽減が図られるか、またビジネスの可能性が広がるかどうか興味深い。

政府の「閣議決定」は揶揄されることも多いが、遠隔診療の規制にも「穴」を開けられるのだろうか。

おそらく政府は、オンラインでの完全遠隔診療を実現し、規制に「穴」を開けるための「突破口」として、まずは禁煙外来でやってみようと考えているのだろう。なぜなら、初診のみ対面すれば後はオンラインで受診が可能な現状と完全遠隔診療とで禁煙率や禁煙継続率にそれほど大きな違いは出ないのではないか、と筆者は想像するからだ。

厚労省の遠隔診療について、規制緩和はこれだけではない。医師による対面が原則だった死亡診断についても今年度(2017年)度中に遠隔を認め、条件を満たせばスマホなどで死亡診断書を出せるようにするとのことだ。死亡診断も昨年の閣議決定を受けての判断になるが、これからの「多死時代」に向け、医師不足との折り合いを付ける思惑があるのかもしれない。近い将来、スマホ越しに「お亡くなりになりました」と告げられる時代になりそうだ。

いずれにせよ、遠隔診療の最大のメリットは、忙しいなど物理的な理由で禁煙外来に来ることのできない患者に対して門戸を広げることだ。自治体の中には禁煙外来が一つもない市町村も多い。

また、禁煙支援・禁煙治療では、ニコチンパッチや禁煙補助薬による治療もさることながら、医師や薬剤師、看護師、周囲の人間などによるアドバイスやカウンセリング、サポートが効果を高めることが知られている。アプリやメールなどのICTを駆使し、小まめで的確な禁煙支援のやり取りが患者と医療者との間でできれば、より効果的な治療が可能になるだろう。

※1:Lion Shahab, Andy McEwen, "Online support for smoking cessation: a systematic review of the literature." Addiction, Vol.104, No.11, 2009

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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