暑くても人混みでは「マスク」したほうがいいこれだけの理由:新型コロナ第11波で
感染力が強い変異株による新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の感染が再拡大している。感染拡大をさせない、拡大速度を緩めるような対策が急務だが、マスクには効果があるのだろうか(この記事は2024/07/18の情報に基づいて書いています)。
マスクには効果があるのか
新たな変異株「KP.3」は免疫回避の能力が高く、症状は喉の強い痛み、発熱など多種多様という。感染力が強いこの変異株は「JN.1」と呼ばれる系統からの派生形で、これら派生形はそれまで優勢だった「XBB」系統に置き換わる形で米国、英国、カナダ、日本など世界規模で広がっている(※1)。
感染が拡大すれば、医療崩壊などの悪影響が多岐に及ぶ。感染をこれ以上拡大させないために我々ができることは、以前のパンデミック時における基本的な感染対策をしっかりやることだ。
基本的な感染対策とは、手指衛生、人混みでのマスク着用、換気などになる。特に、過去の感染である程度、集団免疫が獲得され、ワクチン接種率が高い場合、感染力の高いウイルスに対してできることは限られ、マスク着用はその重要な対策の一つとされる。
だが、新型コロナの5類移行から感染対策がおろそかになりがちになっている。特に、公共交通機関など、人が多い屋内でのマスク着用が減っているのは確かだろう。
コクランが謝罪したレビューとは
では、マスクには、感染を他者へ拡大しない効果、感染しない効果などはあるのだろうか。
2023年初めには、医薬分野で権威のある英国の「コクラン・ライブラリー(Cochrane Library)」に出されたマスク着用と手指衛生の感染予防効果に関するシステマティック(系統的)レビューで、地域社会でマスクを着用しない群とサージカルマスクを着用した群を比較した場合、インフルエンザや新型コロナのような呼吸器感染症の拡大を遅くする効果にほとんど違いがなく、そのエビデンスは中程度(moderate‐certainty evidence)と評価された(※2)。
システマティックレビューというのは、関連する複数の論文から信頼性の高いものを抽出し、それらを分析して要約した結論を導き出す手法で、科学研究において高いエビデンスがあるとされる。ちなみに、コクラン・ライブラリーで評価された中程度というのは、エビデンスは真の値に近い可能性があるが、異なる可能性もあるかもしれない、という意味だ。
当然、このレビューが出た当初、インターネット上でもマスクには意味がないという意見が多く見られるようになった。この騒動が大きくなり過ぎたことを懸念したのか、コクラン・ライブラリーの編集長(Karla Soares-Weiser)が2023年3月10日、同サイト上に謝罪コメントを出した。
このコメントによれば、当該レビュー(※2)は誤解されて広まったとし、マスクが感染を防いだり感染拡大の遅延のために機能しない、というのは不正確な解釈だと述べている。そして、レビュー中にある、サージカルマスクやN95マスクが呼吸器疾患のウイルスの拡散を遅らせる(helps to slow the spread of respiratory viruses)かどうかわからない、という言葉が誤解を招いたと謝罪した。
つまり、マスク着用と感染予防の関係について、はっきりした結論を出すのは早計ということだ。実際、新型コロナやインフルエンザなどの感染対策で、マスク着用に感染拡大を防ぐ効果があるという論文は多い(※3)。
なぜマスクの評価が難しいか
マスクに感染症の感染拡大を防ぐ効果があるかどうかは、長く議論が続いてきた。
その理由は、マスクを着用した集団と着用しない集団を比較し、統計的に評価することが難しいということがある。実際、日常生活をおくる子どもを含んだ地域社会の集団を対象にした研究で、どのようにマスク着用が行われているのかを評価するのは困難だ。
例えば、マスクが効果を発揮するためには、マスクと顔の間から流入する空気を極力、抑えなければならず、マスクと顔の間をなるべく密着させなければ効果は低くなるが(※4)、マスクの効果を調べた研究では参加者が適切にマスクを着用しているか、よくわからないというようなことが起きる。
また、マスクの種類も重要だ。細菌より小さなウイルスが、感染するためにはチリやホコリ、水滴、エアロゾルなどの微小粒子に付着する必要があり、この粒子のサイズが0.1マイクロメートル以下のように超微小になると、分子間のファンデルワールス力などによってマスクの繊維に捕捉され、それ以上のサイズでは繊維自体の編み目に物理的に捕捉される。
そのため、感染を防ぐためには、繊維の目の粗い布製マスクが最も効果がなく、次いで多重構造の不織布マスク、医療従事者用のN95マスクとなる。
さらに、空気感染、エアロゾル感染、飛沫感染の定義の問題も、マスクの効果に対する評価を混乱させてきた。空気感染、エアロゾル感染は直径5マイクロメートル以下のウイルスを含んだ粒子を吸い込む感染ルートで、飛沫感染は直径5マイクロメートル以上の粒子によるものとされている。
新型コロナに関して言えば、WHOをはじめとした専門家らはずっと空気感染を否定し続けてきた。飛沫感染は直径5マイクロメートル以上の粒子によるものとされ、新型コロナが飛沫感染ならウレタンマスクや布マスクなどでも感染を防ぐことが可能とされた。
しかし、新型コロナは空気感染やエアロゾル感染するという証拠が集まってきたため(※5)、5マイクロメートル以下の粒子を捕捉できるN95マスクの吸い込み感染防御の重要性が指摘された。
一方、最近の研究によれば、直径1マイクロメートルから2マイクロメートル程度の粒子は長距離の空気感染に重要であり、そのため換気のほうが効果的だが、直径2マイクロメートルから4マイクロメートル程度の粒子については濾過性能の高いマスクの着用が効果的なようだ(※6)。
つまり、粒子の直径5マイクロメートルという閾値にはあまり意味はなく、必ずしもN95マスクでなくても不織布マスクなどのマスク着用には一定の効果があるということになる(※7)。また、最近では、マスクに感染拡大を防ぐ効果と同時に感染しない効果もあるという見解に移行しつつある(※8)。
マスクをしないのも自由
もちろん、顔の皮膚への刺激、感覚過敏など、いろいろな理由でマスクを着用できない人はいる。また、呼吸のしにくさ、表情がみえにくいことでの視聴覚障害者や子どもなどがコミュニケーションを阻害されるといった弊害などの理由からマスク着用を拒否する人がいるのも確かだ。
こうした人への配慮は必要だし、いつでもどこでもマスクを着用する必要はない。マスクをするしないは、個人の自由で強制されるものではない。また、人混み以外での屋外、屋内でも人が少ない場所や会話がない場合などでは、マスクをしなくてもいいだろう。
だが、感染を広げない、感染しないためには、やはりマスクをしたほうがいい。
以上をまとめると、新型コロナに限らず、呼吸器感染症を予防するためには、公共交通機関や人混みなどでは不織布マスクを着用し、入念な手洗いやうがいを励行し、屋内では小まめに換気をすることが重要なのは間違いない。
そして、せっかくマスクを着用するのなら、布マスクやウレタンマスクではなく不織布マスクを、顔にしっかり密着させて使ったほうがいいだろう。
※1:Yu Kaku, et al., "Virological characteristics of the SARS-CoV-2 KP.3, LB.1, and KP.2.3 variants" THE LANCET Infectious Diseases, doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00415-8, 27, June, 2024
※2:Tom Jefferson, et al., "Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses" Cochrane Library, doi.org/10.1002/14651858.CD006207.pub6, 30, January, 2023
※3-1:Nancy H. L. Leung, et al., "Respiratory virus shedding in exhaled breath and efficacy of face masks" nature medicine, Vol.26, 676-680, 3, April, 2020
※3-2:Derek K. Chu, et al., "Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis" THE LANCET, Vol.395, Issue10242, P1973-1987, 27, June, 2020
※3-3:Harald Brussow, Sophie Zuber, "Can a combination of vaccination and face mask wearing contain the COVID-19 pandemic?" MICROBIAL BIOTECHNOLOGY, Vol.15, Issue3, 721-737, 28, December, 2021
※3-4:Jeremy Howard, et al., "An evidence review of face masks against COVID-19" PNAS, Vol.118 (4) e2014564118, 11, January, 2021
※3-5:Wei Deng, et al., "Masks for COVID-19" ADVANCED SCIENCE, Vol.9, Issue3, 25, January, 2022
※3-6:Zillur Rahaman, et al., "Face Masks to Combat Coronavirus(COVID-19) - Processing, Roles, Requirements, Efficacy, Risk and Sustainability" polymers, Vol.14(7), 1296, 14, March, 2022
※3-7:Henri Froese, Angel G A. Prempeh, "Mask Use to Curtail Influenza in a Post-COVID-19 World: Modeling Study" JMIR Publications, Vol.3, No.2, 27, May, 2022
※3-8:Peter P. Moschovis, et al., "The effect of activity and face masks on exhaled particles in children" Pediatric Investigation, Vol.7, Issue2, 75-85, June, 2023
※3-9:Shervin Molayem, Carla Cruvinel Pontes, "Face Masks to Prevent COVID-19: A Critical Appraisal of Current Evidence" Journal of Oral Medicine and Dental Research, Vol.4, Issue1, 2023
※4:C Raina Maclntyre, Abrar Ahmad Chughtai, "Facemasks for the prevention of infection in healthcare and community settings." BMJ, Vol.350, h694, 2015
※5-1:Lidia Morawska, Junji Cao, ''Airborne transmission of SARS-CoV-2: The world should face the reality" Environment International, Vol.139, June, 2020
※5-2:Saeed Rayegan, et al., "A review on indoor airborne transmission of COVID-19-modelling and mitigation approaches" Journal of Building Engineering, Vol.64, 1, April, 2023
※6:Xiaowei Lyu, et al., "Size dependent effectiveness of engineering and administrative control strategies for both short- and long-range airborne transmission control" Environmental Science: Atmospheres, Vol.4, 43-56, 5, December, 2023
※7-1:Hiroshi Ueki, et al., "Effectiveness of Face Masks in Preventing Airborne Transmission of SARS-CoV-2" mSphere, Vol.5, Issue5, October, 2020
※7-2:John T. Brooks, Jay C. Butler, "Effectiveness of Mask Wearing to Control Community Spread of SARS-CoV-2" JAMA, Vol.325(10), 998-999, 10, February, 2021
※8:Trisha Greenhalgh, et al., "Masks and respirators for prevention of respiratory infections: a state of the science review" Clinical Microbiology Reviews, Vol.37, No.2, 22, May, 2024