「働き方改革」は下請け企業を抑圧する? 長時間労働化が進むテレビ番組制作会社
テレビ制作会社の長時間労働・残業代未払いの相談が増加している
今年5月、テレビ朝日のディレクターの過労死が報道された。死因は心不全。亡くなる直前の3カ月間の時間外労働が70~130時間に及んでいたという。昨年には、NHKの記者の過労自死が報道された。亡くなる直前の時間外労働は、月約160時間だった。また、今年1月にはTBSが36協定で定めた月80時間を超える残業をしていたことで、労基署から是正勧告を受けている。
相次ぐ報道により、大手マスコミの長時間労働が注目されている。その一方で、私が代表を務めるNPO法人POSSEには、テレビ局の下請で番組を制作する会社の労働相談がこの1〜2年間に急増している(尚、事件は未払い残業代を支払わせて「解決」している)。
こうした相談の典型例については、昨年も記事で紹介しているので、ぜひ読んで見てほしい。
しかし、なぜ番組制作会社の相談が増えているのだろうか。実は、その背景には、大手テレビ局の「働き方改革」のしわ寄せという一面が無視できない。
今回の記事では、最近寄せられたテレビ番組制作会社の労働相談の実例を紹介しながら、その背景にある下請け構造の矛盾についても指摘していきたい。
プロデューサーからアシスタントディレクターまで長時間労働
最近寄せられた番組制作会社の相談事例を二つほど紹介しよう。
まずは、制作会社でテレビ番組のプロデューサーをしていたAさんの相談だ。Aさんは企画提案、テレビ局との打ち合わせ、出演者との調整、制作スケジュール管理、台本のチェック、予算の管理などの膨大な業務を網羅的にこなし、3ヶ月連続で150時間を超える残業をしていた。本人は業界では当然のことだと割り切っていたが、残業代は一切払われていないことには納得がいっていなかった。
Aさんの残業代は固定残業代が含まれていることになっていたが、契約書や就業規則、採用の際の面談でも全く説明がされていなかった。このため、Aさんはブラック企業ユニオンに加盟して会社と団体交渉を行い、固定残業代を無効としたうえで2年分の残業代を取り返した。
次に、新卒で番組制作会社に就職したBさんは、アシスタントディレクターとして月100時間の残業を毎月繰り返しており、月180時間を超えていることもあった。業務は雑用全般。資料集めやロケ・スタジオ収録だけでも大変だったが、Bさんを睡眠不足に追いやったのは、非常に地味なレンダリング(映像データの変換)業務だった。翌朝に出社してくるディレクターが映像編集をできるように、夜のうちに映像のフォーマットを変換するという作業である。
収録が終わり、撮影に使用したカメラのSDカードやテープを会社に持ち帰る。この時点で23時を回っていることもある。そこから映像編集用のパソコンにSDカードを差し込み、変換作業に取り掛かるのだが、それだけで1枚あたり2〜3時間かかり、途中で失敗して止まってしまうこともある。その場合は一からやり直しなので、うかうか寝ていられない。1回の収録でこの変換作業がSDカード数枚分はあるため、職場に泊まり込んで机に突っ伏したままろくに寝ないで朝を迎えるのである。
この業務と並行して深夜に取材の準備を任されたこともあり、最終的にBさんは精神疾患を発症し、退職に追い込まれた。現在残業代請求の準備をしているところだ。
テレビ局職員の「働き方改革」に合わせて納期短縮→長時間労働に
こうした労働相談が相次ぐ背景として、相次ぐ過労死の労災認定を受けて労働基準監督署の指導が進められる中で、大手メディアで「働き方改革」が進められていることが指摘できる。
なぜ大手メディアの「働き方改革」が下請け制作会社の長時間労働化を進める結果となってしまうのだろうか。上記の制作会社のBさんによれば、これまでテレビ局ではゴールデンウィークにも会議を開催していたのだが、現在ではテレビ局の正社員が休日や有給休暇をしっかり取得する「働き方改革」が進められているのだという。
彼らが休暇を取るために、この局ではゴールデンウィーク中の会議が禁止された。そこまでは良い。ところが、その割りを食ったのが下請けの制作会社だ。大型連休前に会議を終わらせる必要があるからと、番組の納品の期日が前倒しになり、これまで以上に制作期間がタイトになってしまい、以前を上回る長時間労働に陥ってしまったのだという。
テレビ局の長時間労働是正が、下請けの長時間労働推進となってしまっているのだ。
加えて、テレビ局が下請けに十分な金額を支払っていないという問題が、この矛盾を加速させている。番組の単価が年々削減されているため、否応なしに人件費も削られてしまう。このことが人手不足と残業代未払いをもたらし、さらに短くなる納期という条件も重なって、制作会社の労働者一人当たりの長時間労働がますます増えていくという構造があるのである。
特に、ゴールデンタイムのバラエティ番組は制作会社に支払われる金額が比較的高いのだが、ドラマや情報番組、ドキュメンタリーなどはこの単価が安くなる傾向があり、POSSEに相談が寄せられる制作会社が手がけているのも、こうした「コスパの良い」番組ばかりだ。
制作会社を改善しなければ、テレビ業界は変わらない
テレビ局としても、明らかに問題のある下請け会社に自局の番組を制作させていることは「リスク」になりうる。自局の社員でなくても、「この番組はブラックな労働環境で作られています」ということが知られれば、視聴者やスポンサーからのイメージ低下は避けられないだろう。実際に団体交渉と並行してテレビ局に連絡すると、制作会社に問題があるのなら契約を打ち切るという回答をされたこともある。
根本的には、テレビ局が制作会社への予算を増やし、余裕のある納期を設定することが重要であり、彼らの責任は大きい。
一方で、ブラックな制作会社を次々に問題にして改善していくことで、「下」からテレビ業界の労働条件を変えていくこともできる。実際に、下請け会社の労働者がユニオンに加盟して団体交渉を行い、長時間労働是正・残業代支払いをさせているケースが続出している。
番組制作会社で過酷な労働をしている人たちは、「この業界だからしょうがない」とあきらめずに、法的権利の行使も検討してほしい。
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