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「新型コロナ 第5波は死亡者数が少ないから大丈夫」は本当か?

忽那賢志感染症専門医
(写真:つのだよしお/アフロ)

第5波における新規感染者数の増加ペースは全く衰える気配がなく、ついに1日あたりの感染者数は5000人を超える日も出てきました。

そんな緊迫感が高まっている中、一部では「死亡者数は増えていないからまだ大丈夫」という論調もあるようですが、これは本当でしょうか?

確かに新規感染者数と比較して死亡者数は少ない

日本国内における新型コロナ新規感染者数と死亡者数の推移(筆者作成)
日本国内における新型コロナ新規感染者数と死亡者数の推移(筆者作成)

図は流行初期から現在までの日本国内における新型コロナ新規感染者数と死亡者数の推移です。

第4波までは新規感染者数の増加から少し遅れて死亡者数が増加していました。

しかし、第5波ではこれまでのような増加傾向は今のところはありません。

亡くなる方が増えていないということは、この現在の大変な状況において数少ない良いニュースの一つと言えます。

イギリスにおける新規感染者数と死亡者数の推移(Worldometerより)
イギリスにおける新規感染者数と死亡者数の推移(Worldometerより)

この傾向は日本だけでなく海外でも見られています。

デルタ株の増加によって感染者が再増加していたイギリスでは1日5万人以上となる日もありましたが、死亡者数はこれまでの波と比べれば少なく抑えられています。

なぜ死亡者数が少ないのか

東京都における年代別の新型コロナ新規感染者の推移(第57回東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議資料より)
東京都における年代別の新型コロナ新規感染者の推移(第57回東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議資料より)

死亡者数が少なく抑えられている理由として最も考えられるのは、現在の感染者の大半が若い世代になっていることです。

例えば東京都では、感染者の6割以上が30代までの若い世代、そして9割以上が50代までの世代です。

高齢者の感染者が少ないのは、この世代ではワクチン接種率が高いためと考えられます。

海外でも「入院患者の97%がワクチン非接種者または未完了者」「死亡者の99.5%がワクチン非接種者」と報道されているように、ワクチン接種を完了した人は感染リスクが下がるだけでなく重症化リスクも大きく下がります。

50歳代以下と60歳代以上の重症化率と致死率(新型コロナウイルス感染症の“いま”に関する11の知識 2021年8月版)
50歳代以下と60歳代以上の重症化率と致死率(新型コロナウイルス感染症の“いま”に関する11の知識 2021年8月版)

この1年半の日本国内の知見から、50代以下と60代以上では重症化率と致死率が大きく異なることが分かっています。

現在の感染者の9割以上が50代以下であり、60代以上と比較して重症化するリスクが低く、また致死率はおよそ100分の1となっています。

このため、現在のように爆発的に感染者が増えても重症者はこれまでと比較して少なく抑えられており、また死亡者数はかなり少なくなっています。

「亡くなる人が減っているのであれば、新型コロナはもはや脅威ではない!」と思われるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。

入院患者は過去最大となっており医療体制は逼迫している

日本国内の入院患者数の推移(厚生労働省「国内の発生状況など」より)
日本国内の入院患者数の推移(厚生労働省「国内の発生状況など」より)

第5波では、亡くなる人は減っていますが、入院を要する患者数は爆発的に増えています。

すでに関東では9割、関西では6割を占めるとされるデルタ型変異ウイルスではさらに重症化リスクが高くなるとされており、まだワクチンを接種していない人にとってはこれまで以上に重症化リスクが高まっています。

現在は、まだワクチン接種を完了していない若い世代が感染者の中心であることから、人工呼吸管理やICU入室など「重症」には至らないまでも、酸素投与が必要な中等症患者がこれまで以上に増えています。

すでに入院患者は過去最大となっており、現在も急激なペースで増加中です。

新型コロナの病床・スタッフを確保するために、手術の延期など他の診療にも影響が出てきていますし、救急車を呼んでも搬送先が見つからない事例も増えています

例えば今、熱中症になって救急車を呼んでも病院にたどり着けない、交通事故に遭っても手術をしてもらえない、ということが現実に起こっています。

重症者数は今後ピークを迎える

日本国内の重症者数の推移(厚生労働省「国内の発生状況など」より)
日本国内の重症者数の推移(厚生労働省「国内の発生状況など」より)

重症者数は過去の第3波、第4波のピークを超えていません。

これまでは、重症者の中心が高齢者であったため、一度人工呼吸器を装着するとすぐには回復せずに長い経過をたどり回復、または亡くなることが多かったですが、若い世代の方が重症化した場合は亡くなられることは少なく、また人工呼吸器を離脱するまでの期間も短い傾向にあります。

このため、重症者の回転がこれまで以上に早く、これまでよりも重症者数が積み重なっていきにくいことから、現場の負担が実際の数字として現れにくい傾向にあります。

しかし、重症者数は新規感染者数から遅れてピークを迎えることや、母数である新規感染者数そのものが現在のように爆発的に増えている状況からすると、今後重症者数も過去最大となる可能性は高いと考えられます。

医療現場の逼迫は「死亡者数」では測れない

以上のことから、死亡者数が減っていることそのものはとても良いニュースと言えますが、医療現場はむしろこれまで以上に逼迫している状況であり、死亡者数は医療現場の状況を測る指標とはならないことが分かります。

また、現時点では少なく抑えられている死亡者数も、このまま新規感染者数の爆発的な増加が続けば、適切な治療を受けることができなくなり亡くなってしまう人が増えてしまうことが懸念されます。

現在の患者数の増加ペースはかつてないものであり、市民にコロナ疲れ・宣言疲れが出ていて感染経路を断てていないこと、そしてデルタ型変異ウイルスが広がっていることが相まって、緊急事態宣言下においても効果が見えてきません。

各自治体がさらなる病床確保を進めることも重要ではありますが、同時に法改正による強制力を持った都市閉鎖なども検討を進めるべきときに来ているのかもしれません。

第5波を乗り越えることができた後、次に起こる流行の規模を縮小するためには、やはりワクチン接種を進めていくことが鍵になります。

デルタ型変異ウイルスに対してもワクチンの重症化予防効果は保たれていることから、高齢者の次はこれらの40代・50代の世代にいかに速やかにワクチン接種を進めていくかが重要になってくるでしょう。

私たちにできることは、これまでと変わりません。

デルタ型が広がっている現状においては、すでに多くの人が実践している、

・屋内ではマスクを装着する

・3密を避ける

・こまめに手洗いをする

といった基本的な感染対策をより徹底しましょう。

これからお盆を迎え、旅行や帰省を検討されている方もいらっしゃるかと思いますが、まだワクチン接種が行き渡っておらず、危機的な流行状況である現状においては、中止することもご検討ください。

感染症は人から人へとうつっていきます。

自分自身の感染対策は、あなたの大事な人を守ることにも繋がります。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作)

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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