海外で優秀人材を定着化させる人材マネジメント 〜ベトナム企業の取材からわかったこと〜 連載(6)
人はレンタカーを磨かない
コンサルティングで様々な企業を訪問している際に、経営者質問を受けることとして、「どうやったら愛社精神が高まりますか?」というものがあります。経営理念への共感、会社への忠誠心、組織方針の理解がしっかりと進んでいる企業は、コミュニケーションも円滑であり、従業員の意識や行動が一定レベル以上で安定している印象を受けます。しかし、愛社精神の高い企業になりたいと思う気持ちはあるものの、なかなか意図したように従業員の気持ちを高めることはできていないようです。「人はレンタカーを磨かない」という言葉があります。今回は、会社をレンタカーのように単なる移動手段として借りるものと考えるのではなく、会社を愛車のように大切にしたい存在と感じてもらうための具体的な考え方と事例をご紹介していきたいと思います。
今回、お伝えしたい考え方は、オーセンティックリーダーシップというものです。世の中には様々なリーダーシップ理論があり、書籍も沢山でていますが、このオーセンティックリーダーシップという考え方は、それらの各種リーダーシップ理論とは一線をかくすものです。Authenticとは「真性の、本物の」という意味です。リーダーシップというのは、「組織をどのようにしたらうまくマネジメントできるか」という手法(How To)ではなく、「自分がどうあったらいいのか」という自己のあり方(Why)が重要であるという考え方が根底にあります。「どうやったら従業員に一体感を持たせられるか」と悩むのではなく、「自分自身がリーダーとしてどうあるべきか」ということを考えて行動することを大事にしているのです。オーセンティックリーダーは、「価値観に基づいた行動」「自己の目的理解」「真心を込めた統率」「人間関係に長ける」「自己を律する」という5つの属性を満たしている必要があると言われています。そして、誠実さを備えながら組織を永続させることを考え、目的を明示して自らの価値観に忠実に行動します。さらに、企業を取り巻くあらゆるステークホルダーのニーズを満たしつつ、社会に奉仕することの重要性を認識して行動します。このような要件を満たしたリーダーのもとには、立派なフォロワーである従業員が集まるのです。
今回は、上記のような考え方を実際にされているリーダーシップの事例として、マルビシ・サミット・インダストリー・ベトナム社の内田GMの取材内容をご紹介したいと思います。
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(取材記事)
'''MARUBISHI SUMMIT INDUSTRY VIETNAM CO., LTD(MSV)
内田潤一 GeneralDirector
聞き手:佐々木あや
JIN-Gベトナム'''
* 会社の紹介をお願いします。
弊社は三菱自動車工業の一次シートメーカーである丸菱工業と、タイの大手自動車部品メーカーのサミットグループとの合弁会社で、ベトナムで自動車シートカバーの縫製をしています。
* 愛社精神について、何かお考えがあればお伺いしたいです。
まず、愛社精神はないということを前提として付き合うことが大事かと思います。ベトナムではとくに、歴史的背景や教育の影響で、仕事はお金を稼ぐためとしか思っていない人が傾向としては多いです。愛社精神含めて人の心を他人が変えることはできないことも肝に命じています。ただ、自分の行動は変えられます。そこで、社員が私をみて、自分自身を変えたいと思えるように、私自身が自分の行動を変えてみせていくことを心がけています。嫌いな人に注意されたことには耳を傾けないものですが、同じことを好きな人に言われたら直そうかなと思うでしょう。
* 具体的にどのようなことをされたのですか?
例えば業務の効率化のために、ある縫製品を1分で縫製してくれと社員に指示を出した場合、「できない」と返事がきます。私自身はミシンなんて扱ったこともありませんでしたが、会社のミシンを持ち帰って1分でできるように練習して社員の前でやって見せました。やってみせ、を続けていくと、社員が私のことを認めるようになり、自分の行動を改めてくれます。同じ方式で、遅刻や欠勤がなくなり、挨拶と掃除を社員が自らするようになりました。私に賛同して会社を盛り上げてくれる前向きな社員が増え、その社員たちは長年勤めてくれています。
* その中で、実際に業績にはつながりましたか?
業績をあげるために何をしているかというと、「選択肢を提示して選ばせる」ことを心がけています。会社として達成しなければならないゴールは変えず、その達成までの道を複数用意してあげて選ばせて業務にあたってもらうのです。日本人部下の場合は、ゴールをもとに「じゃぁどうしたらいいと思う?」というコミュニケーションが成り立ちますが、ベトナム人はどちらかというと自分で考えることが苦手で逃げてしまいます。苦手な人に考え方を変えろと言っても変わらないしそれは押し付けなので、私自身が行動を変えて、選択肢を提示するようにしています。
* 賛同する社員がいる中で、離れていく社員もいたのではないですか?
はい、いました。始めのうちはどんどん辞めていきました。ただそれは必要な痛みだとも思っています。お客様へ提供する品質や会社としての目標数値は私の中で譲れない変えられないものです。以前そのことで失敗しまして、社員が私の求める品質を満たしていなかったのにも関わらず、社員の「自分はできている」という意見を認めて妥協したところ、社員が天狗になり他の社員にも伝染してしまったのです。その社員には辞めてもらいました。それ以降、自分の変えられない信念は強く持ち、社員とコミュニケーションをとりながらどうしていくかを話すようにしています。それでも離れてしまう場合はしょうがないと思っています。
* 採用が重要ということでしょうか?
採用の時点ではわからないということが私の持論です。ただ、私が採用時に必ず聞いているのは「美味しい店はどこ?」ということです。遊ぶ場所を知っていたり、よく遊んでいる人は仕事も上手ですし、人として魅力があります。先の話にもどりますが、社員が私をみて自分を変えたいと思ってもらうためにも、私自身も人生を楽しみ、幸せな仲間になろうよと社員に伝えています。
(佐々木感想)
愛社精神は、リーダーが一人の人間としての魅力を高め、それをみて社員がリーダーと同じように会社を愛するようになることで根付くことがわかりました。
オーセンティック・リーダーシップは、リーダーが確固とした自分の理念や信念を持つことが重要です。取材では、媚びるようなリーダーシップではなく、揺るぎない信念に基づいて社員の皆さんと接するリーダーシップがみられました。自分の考えと、他者の考えを俯瞰してみることができると、よりよい信頼関係が築けるのではないでしょうか。
(取材終わり)
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さて、いかがでしたでしょうか?
筆者がAuthentic Leadershipの講演をアメリカに聴きにいった際に印象的だった言葉があります。それは、「Saying=Doing」です。自分が言っていること、思っていること、信じていることが、本当に実行できているかどうかということ。筆者は大変印象深くこの言葉を覚えています。まさに「Saying=Doing」こそ、リーダーシップの本質だと認識させられました。
人はレンタカーを磨かない。会社を愛車のように感じてもらうには何が必要か。それは、自分自身が信じていることを実践しているリーダーとフォロワーがいるということ。つまり、自分自身の信念や想いを実現しようとしている集団に、自分も加わっているという感覚、想いと行動が一致している感覚、自分自身も実践しているという感覚、そういった感覚を持つことができれば、人は愛社精神を持つのだと思います。
経営理念や組織文化が充実しているかどうか、自社の状況を把握して、1つ1つの課題を解決していく取り組みをはじめてみてはいかがでしょうか?
信じていること、気づいていることを、ただ発言しているだけでは「Saying≠Doing」。実現・解決のための取り組みが伴って「Saying=Doing」。ぜひ実践していきたいものです。
(終わり)