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軽自動車に軽油はNG! 入れ間違いの多発から考える、軽自動車にディーゼルエンジンはなぜないの?

安藤眞自動車ジャーナリスト(元開発者)
給油機のノズルは、赤と黄色がガソリン(黄色はハイオク)、緑が軽油です。(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 セルフ式ガソリンスタンドが増えはじめて以降、軽自動車に軽油を入れてしまう人が見られるようになったそうです。名前に”軽”と付いていますし、「軽だから安い燃料で走るはず」と思い込んでしまうのかも知れませんが、軽油はディーゼルエンジンの燃料。軽自動車にディーゼルエンジンを搭載したモデルは、過去に販売されたものを含めて一台もありません(かつてヤンマーが「ポニー」というディーゼルトラックを製造したことがありました。お詫びして訂正いたします)。

 でも軽油は価格が安いし、ディーゼルエンジンは燃費が良いため、軽自動車に最適なのではないかと思えてしまいますが、なぜ軽自動車に、ディーゼルエンジン車はないのでしょうか?

ディーゼルエンジンはコストが高い!

 理由はいろいろありますが、いちばん分かりやすいのは「ディーゼルエンジンはコストが高い」ということです。

 ディーゼルエンジンは、ガソリンより蒸発しにくい軽油をシリンダー内(燃料が燃える部分)に噴射するため、燃料と空気が十分に混ざる前に燃え始めてしまい、黒煙が出やすいという性質があります。現在はDPFというフィルターで濾し取っていますから、かつてのように排気管から黒煙を吹き出すということはなくなりましたが、フィルターの目詰まりを抑えるためには、エンジン内部で発生する黒煙は少ないほうがいいに決まっています。

ディーゼルエンジンはかつて「煙が出るほど馬力が出る」といわれていました。
ディーゼルエンジンはかつて「煙が出るほど馬力が出る」といわれていました。写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

 黒煙が発生しないように燃やすには、燃え残るほど多くの燃料を噴射しない、ということになりますが、燃料の噴射量を抑えてしまうと、パワーが出なくなります。一般に、ディーゼルエンジンはガソリンエンジンの6〜7割のパワーしか出ません。軽自動車のターボ無しエンジンの出力は50馬力前後ですから、ディーゼルにすると30〜35馬力程度になってしまうのです。

ディーゼルエンジンにはターボチャージャーが欠かせない

 ならばターボチャージャーを付ければ、と考えて当然で、現在の自動車用ディーゼルエンジンには、漏れなくターボチャージャーが付いています。ディーゼルにとってターボチャージャーは、パワーアップと排ガス浄化に欠かせないアイテムなのですが、まずこれがコストアップの要因になります。ターボチャージャーは1000度前後の排ガスに曝されるため、超耐熱合金が必要だったり、毎分20万回転前後という超高回転で回るため、加工に高い精度が必要だったりするため、エンジン周辺部品の中でも高価な部類に属します。

 でも軽自動車には、ガソリンエンジンにターボを付けたモデルもあるのだから、同じ程度の値段に抑えられるのでは? とは行かないのがディーゼルエンジンです。黒煙の発生を抑える別の手段として、ディーゼルエンジンはガソリンエンジンの1000倍近い圧力で軽油を噴射しているのですが、これがコストを押し上げます。高圧に耐えるためには、ポンプや噴射ノズルの精度や強度を大幅に高める必要があり、噴射装置の値段がガソリンエンジンの数十倍になってしまうのです。

 さらに排ガス処理システムも、ガソリンエンジンより高度なものが必要になります。黒煙や微粒子をつかまえるDPFだけでなく、NOxを浄化する尿素SCRという装置も必要になりますから、コストはどんどん高くなります。

 登録車では、マツダCX-5がガソリン車とディーゼルターボの両方を用意していますが、装備同等モデルの価格差は30万円以上。尿素SCRを使用していないマツダでこの差ですから、使えば40万円に近い価格差が生じることになるでしょう。

フォルクスワーゲン・パサートTDIの排ガス浄化システムは、こんなに複雑です。果たして軽自動車のエンジンルームに入るでしょうか? Volkswagen AG
フォルクスワーゲン・パサートTDIの排ガス浄化システムは、こんなに複雑です。果たして軽自動車のエンジンルームに入るでしょうか? Volkswagen AG

そもそも軽自動車とディーゼルエンジンは相性が悪い

 クルマの使用形態としても、軽自動車とディーゼルエンジンは相性が良くありません。DPFにトラップした粒子状物質は、高速連続走行で排気温度が上がれば自然に燃えてしまいますが、市街地の短距離走行が多い軽自動車では、そういう頻度は少なくなります。DPFが目詰まりした場合、排気温度を高めるために、燃料を余分に噴射する制御が行われますから、燃費が悪くなってしまうのです。

 そのほかにも、直径6cm足らずの小さなシリンダーに2500気圧もの高圧で燃料を噴射すると、すぐに壁面に付いてうまく燃えないとか、寸法の限られた軽自動車では、複雑な排ガス処理システムを積む場所の確保が難しいなど、多くの問題があります。

 そんな風に、得られるメリットよりデメリットのほうが多いため、軽自動車にディーゼルエンジンは搭載されていないのです。

ちょっと待った! 緑の給油ガンは軽油です!
ちょっと待った! 緑の給油ガンは軽油です!写真:Paylessimages/イメージマート

自動車ジャーナリスト(元開発者)

国内自動車メーカー設計部門に約5年勤務。SUVや小型トラックのサスペンション設計、英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェクト、電子制御式油空圧サスペンションなどを担当する。退職後に地域タブロイド新聞でジャーナリスト活動を開始。同時に自動車雑誌にも寄稿を始め、難しい技術を分かりやすく解説した記事が好評となる。環境技術には1990年代から取り組み、ディーゼルNOx法改正を審議した第151通常国会では参考人として意見陳述を行ったほか、ドイツ車メーカーの環境報告書日本語版の翻訳査読なども担当。道路行政に関しても、国会に質問主意書を提出するなど、積極的に関わっている。自動車技術会会員。

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