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ハリス副大統領の「金正恩暴君」発言に北朝鮮は?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
2022年9月に訪韓し、非武装地帯を視察したハリス副大統領(JPニュースから)

 米大統領選の民主党候補であるカマラ・ハリス副大統領は8月22日(現地時間)に民主党大会で行われた大統領候補指名受託演説で金正恩(キム・ジョンウン)総書記の名前を挙げて、共和党の対立候補であるトランプ前大統領を激しく攻撃していた。

 「金正恩」という名は日本でもそうだが、米国でも「悪の権化」「悪の代名詞」としてみなされていることから政争では対立候補を攻撃する際によく使われる。

 ハリス副大統領は受託演説でトランプ前大統領が任期中に金総書記と首脳会談を行ったことを痛烈に批判し、「(私は)トランプを応援する金正恩のような独裁者、暴君に寄り添うつもりはない」と、トランプ氏との違いを強調していた。また、金正恩氏がトランプ氏のカムバックを期待しているのは「お世辞やゴマすりで(トランプ氏を)簡単に操作できると知っているからだ」とも発言していた。

 ハリス氏はトランプ氏を攻撃する道具として金正恩氏を利用することはあっても直接「独裁者」あるいは「暴君」とのレッテルを張って個人攻撃することはこれまでなかった。

 副大統領になった翌年の2022年9月に訪韓し、軍事境界線を視察した際に「北朝鮮は不法に兵器を開発し、人権を侵害する悪辣な独裁政権である」と、辛辣に批判したことはあった。しかし、金総書記個人を名指しし、批判したのはこの受託演説が初めてではないだろうか。大統領候補になった瞬間、ライバルを倒すためトランプ氏の弱点を突く作戦に出たのかもしれない。

 そう言えば、バイデン大統領も2019年の大統領選挙の遊説で「我々はプーチンや金正恩のような独裁者や暴君を抱擁する国民ではない」と、金総書記に「独裁者」や「暴君」のレッテルを張っていた。時には「ヒトラーのような独裁者」と扱き下ろしたこともあった。

 北朝鮮の指導者に関するこの「暴君」のレッテルを調べてみると、古くは共和党政権時代の2005年4月にブッシュ大統領(当時)が「金正日(前総書記=2011年12月死去)のような暴君による暴政を終息させる」と口にしたのが始まりのようだ。

 オバマ政権下ではオバマ大統領が北朝鮮を「地球上で同じように作り出すのもほとんど不可能な最も残酷で暴圧的で独裁体制」と酷評したことはあったが、北朝鮮が当時「最高尊厳」と崇めていた金正日氏への個人攻撃は控えていた。

 ところが、オバマ氏の後任のトランプ氏は大統領選挙期間中の2016年4月に「狂人をこれ以上、突っ走らせてはだめだ」と、金正恩氏を「狂人」扱いにし、2017年9月に韓国国会で行った演説では「私が韓半島に来たのは、北朝鮮の独裁者に直接伝えるメッセージがあるからだ」と述べ、「暴君の金正恩は我々を過小評価したり、我々を試そうとしたりしてはならない」と、「暴君」の呼び名を復活させていた。

 北朝鮮はブッシュ氏の攻撃に対しては外務省が「ブッシュこそ、ヒトラーをしのぐ暴君の中の暴君、政治的愚者で人間のクズ」と反撃し、またオバマ氏に対しては労働新聞が「精神病者」と酷評し、「不良国家」「犯罪者集団」「堕落した政権」などと激しく非難していたトランプ氏に対しては金正恩氏自らが「米国の老いぼれた狂人を必ず、火でしずめる」とやり返していた。さらにバイデン氏に対しても「IQの低い馬鹿」と酷評し、最後は「狂った犬は一刻も早く棒で撃ち殺さなければならない」との暴言を吐いていた。

 ハリス氏は北朝鮮が望む米朝首脳会談には関心を示していない。バイデン大統領と民主党候補指名を争っていた大統領候補時代だった2019年8月に「私は何よりも金正恩とラブレターを交換する考えがないことをはっきりさせたい」と言い切り、首脳会談の結果「トランプ大統領は実質的に(北朝鮮から)譲歩を担保できぬまま金正恩の広報に一役買ってしまった」と批判していた。

 ハリス氏はトランプ氏に勝ちたいがためにこうした発言を行ったものとみられるが、米朝首脳会談については民主党大会でハリス支持を表明したヒラリー・クリントン元国務長官も2009年1月の国務長官人事聴聞会で「平壌などを訪問して、北朝鮮の外相と会談する用意があるか」との質問に「オバマ大統領と同じで米国の国益になるならば私が選択する時期と場所でいかなる外国指導者とも会う用意がある」と、前向きな発言をしていたことをハリス氏は忘れているのかもしれない。

 また、ハリス氏は米朝首脳会談の結果、トランプ氏が「金正恩の広報に一役買ってしまった」と述べているが、昨年11月に韓国に亡命した時の人、李日均(リ・イルギュ)駐キューバ北朝鮮参事官は韓国のメディアとのインタビューで米朝首脳会談について「ハノイに行く時は期待が大きかったが、帰ってきた時は静かだった。金正恩が得たものは何一つないからだ。トランプのほうが上手だった」と、北朝鮮の立場からハリス氏とは真逆のことを言っていた。

 政権発足の頃は、北朝鮮との対話に乗り気ではなかったバイデン政権も北朝鮮の非核化が進展しないどころか、北朝鮮の度重なるミサイル発射に業を煮やし、任期後半から金正恩政権に再三、無条件対話を呼び掛けていたものの金正恩政権の拒否にあっていたことは周知の事実である。

 ハリス氏の頭の中には今は、北朝鮮は念頭にないようだが、大統領に当選した暁には否が応でも相手にしなければならない。金正恩氏が果たして、この「暴君発言」をどう受け止めているのか、北朝鮮の反応が俄然、注目される。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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