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「タバコと貧困」は手をつないでやって来る

石田雅彦科学ジャーナリスト
ジンバブエで取り引きされるタバコ(写真:ロイター/アフロ)

 健康志向が高まり、先進諸国の喫煙率とタバコ消費は総じて下がり続けている。タバコ産業はグローバルな寡占産業でもあるが、市場開拓を新興国や発展途上国などの中低所得国へシフトし、これらの国々の喫煙率が問題になりつつある。最近これに関する論文が出た。

タバコ値上げはどう影響するか

 喫煙率が下がりつつある日本でも、社会的な弱者の喫煙率が下がりにくいことはよく知られている。これは健康格差の問題でもあるが、2010年のタバコ値上げのときに喫煙率が大きく下がり(※1)、タバコ増税やタバコ価格の上昇が喫煙率を押し下げるという考え方を改めて実証する形となった。

 タバコにかける税を上げ、その結果としてタバコ価格が上がれば、喫煙率を低下させ、その国の国民の公衆衛生に良好な影響を与える(※2)。低所得や低学歴、若年層の喫煙率は、なかなか下がらない傾向にあるが、こうした階層に対し、タバコ増税や値上げは効果的だ(※3)。

 反面、日本のタバコ価格はまだまだ安く、先進諸国のほぼ半分ほどでしかない。タバコ対策にとって重要なタバコ増税や価格引き上げに、日本ではかなりの伸びシロがあると考えられる。

 税制改正によってタバコ増税が取り沙汰されており、2018年秋に増税が予定されているという報道もある。すでに、タバコメーカー各社はこの動きを見越し、小売価格の値上げを実行申請しつつあり、2017年10月1日にPM(フィリップ・モリス)のマールボロなどが10円、2018年4月1日からJT(日本たばこ産業)のエコーなど6銘柄が40円値上げされている。

 2010年の値上げ後に下がった喫煙率も、翌年からむしろ上下動を繰り返してなかなか下げきらなかった。タバコ増税などの経済的施策は、段階的かつ連続的に行わなければ効果が薄いこともよく知られているが、加熱式タバコの増税も予想され、タバコ値上げの影響が今後どう出るか注目したい。

先進国の健康が中低所得国の病気へ

 こうして先進諸国で喫煙率が下がっている中、アフリカや東南アジアなどの中低所得国では喫煙者が増加しつつある。これらの地域では今後、人口が爆発的に増加することが予想され、タバコ関連疾患が20〜30年後に同じように著しく増えるのではないかと危惧されている。

 現在の状況が放置されたまま進行すれば、21世紀中にはタバコによる死者が10億人を超えるのではないかという論文(※4)も出ている。これらの死者の2/3は、こうした中低所得国の70歳以下の勤労者階級だ。たばこ規制枠組条約(FTCT)に加盟している国も増えてきているが、中低所得国の行政当局はなかなか積極的な規制に動くことはできていない。

 この問題に関し、英国の医学雑誌『BMJ』に、中低所得国でタバコ規制をしたらどうなるかシミュレーションした論文(※5)が出た。カナダのトロントにあるセント・ミカエル病院(St. Michael's hospital)などの研究者によるもので、中低所得国15カ国の5億人の男性喫煙者について調べた。

 これらの国々でタバコの価格を50%上げれば、6700万人がタバコを止めることが予測された。喫煙に関連した病気、がん、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、心血管疾患などに罹る人を減らし、それによる恩恵は人生の累計で4億4900歳にもなり、医療費は約1兆7000億ドルも軽減されることがわかったという。

 喫煙率を下げるためにはタバコ増税と値上げが最も効果的といわれている。タバコに使う金をほかに使ったり貯金することも影響するだろう。

 先進諸国の人々が全体としてタバコから距離を置き始めている一方、一種の「南北問題」として新興国や発展途上国、中低所得国などへタバコを押しつけているという側面もある。だが、これらの諸国は21世紀の世界の経済発展にとって欠かせない存在だ。

 タバコ農場での低年齢・低賃金労働の問題もあるが、タバコ産業はいくつもの迂回路を設け、CSR活動などを活発化させ、批判の矛先をそらそうとしている。グローバル化と寡占化を強めるタバコ産業の動向にも監視の目を強めていくべきだろう。

※1:2010年の「国民健康・栄養調査」によれば、2009年に比べて2010年では男性喫煙率6.0%、女性喫煙率2.5%とそれぞれ大きく喫煙率が下がっている。

※2:Frank J Chaloupka, et al., "Effectiveness of tax and price policies in tobacco control." BMJ, Tobacco Control, Vol.20, Issue3, 2011

※3:Jing Li, et al., "The heterogeneous effects of cigarette prices on brand choice in China: implications for tobacco control policy." BMJ, Tobacco Control, Vol.24, Issue3, 2015

※4:Prabhat Jha, et al., "Global Effects of Smoking, of Quitting, and of Taxing Tobacco." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, 370, 60-68, 2014

※5:Global Tobacco Economics Consortium, "The health, poverty, and financial consequences of a cigarette price increase among 500 million male smokers in 13 middle income countries: compartmental model study." the bmj, Vol.361, doi.org/10.1136/bmj.k1162, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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