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アベノミクスの大失敗で失われた金融市場、身動きが取れなくなった日銀

山田順作家、ジャーナリスト

■ギリシャ人はなぜこれほど厚かましいのか?

先日のギリシャの総選挙で、「反緊縮」を掲げる野党・急進左派連合(SYRIZA)が圧勝した。これで、ギリシャは緊縮財政を止め、EUに対してさらなる金融支援を求めることになった。つまり、「オレたちはもう倹約生活に耐えられない。なんとか借金を棒引きしてくれないか」と、ギリシャ国民は言い始めた。まったく、なんという厚かましい国民だろうか?

自分たちがキリギリス生活をして楽しんだツケをほかの国に回そうというのだ。ドイツはギリシャのEU追放を言い出すかもしれない。

このギリシャの姿は、じつは、莫大な赤字を抱えてニッチもサッチもいかなくなっている日本の地方自治体に重なって見える。日本には、借金を抱え、地方交付金だけで生き延びている自治体がいくつもある。主要産業は補助金漬けの農業と道路などをつくる土建業、主要就職先は公務員という「破綻自治体」である。

じつは、アベノミクスは、これらの自治体をバラマキで支えようとしている。今回の国会の主要テーマの一つは「地方創生」だが、その目的は、どのように補助金をバラまくかだ。

■ECBのドラギ総裁というとんでもない楽観論者

アベノミクスをファンタンジー、見せかけだけでフェイク(インチキ)だと批判すると、「アメリカだってQEで成功した。今年になってEUも大幅な量的緩和に踏み切ったではないか?」と、反撃される。

たしかに、アメリカはリーマンショック後、3回も大幅な量的金融緩和(QE)をやり、ついに経済を回復させた。だから、EUもECBのドラギ総裁が、予想以上の緩和策を発表した。

そこで、はっきり書くが、このドラギ総裁というのは、ギリシャの急進左派連合と同じで、頭の中が「お花畑」の楽観主義者だ。ドイツやオランダは、彼を支持していない。メルケル首相は、勤勉なドイツ人がつくり出した富を、こんなアホな総裁の日和見政策で毀損されることをとことん嫌っている。

そこでさらに言いたいのは、アベノミクスを支持するリフレ派や評論家、政治家たちは、ドラギ総裁となんら変わらない、頭の構造を持っているということだ。それは、彼らが、金融緩和が実体経済を回復させる効果があると信じ込んでいることである。

■アメリカ経済の復活はQEの成果ではない

たしかにアメリカでは、QEが成功したことになっている。しかし、QEが成功したのは、それを実施している間に、実体経済が回復したからだ。QEそのものが経済を回復させたわけではない。

アメリカ国民がシェールガスを掘り続け、ついに儲かる水準まで技術革新をすることに成功したこと、IT産業がスマホやクラウドサービスなどで常に進化を遂げてきたこと、バイオなどの新産業を進展させてきたことなどが主原因である。QEは、そうなるまでの「時間稼ぎ」をしたにすぎない。

ところが、この日本では、アメリカ経済の復活をQEの成果と思い込んでいる人たちがいる。すなわち、「金融政策、財政政策の成果」だと、彼らは言いたいのだ。とくに、リフレ派と言われる人々や経済学者は、自分たちの考え方を間違っていたとは言えないから、そう言うのである。しかし、アメリカで起こったことが日本で起こるとは限らない。実体経済は、企業活動と国民の個人活動で動く。経済・財政政策では動かない。

ここでEUに戻るが、ECBが大幅な量的金融緩和に踏み切ったからといって、EU経済が回復するとはかぎらない。もともとドイツ経済は強い。ドイツの産業は強固だ。だから、ギリシャ、スペイン、フランス、イタリアなどの南欧経済が回復するかどうかだが、これらの国に次世代のイノベーションを起こす力があるのだろうか?

■史上最低の金利はマイホームを持つチャンス?

さて、ここから話は、現在の日本の大問題に移る。それは、アベノミクスの異次元緩和により、日本の金融市場がマヒしてしまっていることだ。現在、日本の長期金利は0.2%台という史上最低をつけている。その結果、住宅ローン金利も低下し、銀行に行くと「金利が低いいまがマイホームを持つチャンス」などと盛んに住宅ローンの借り入れや借り換えを勧められる。

なにしろ、固定金利でも、最低のものは1.5%を下回るようになっている。そこで、賢い人間は変動より固定を選び、さらに賢い人間はローンを組んでまでマイホームを買わない。固定を選ぶのは、将来の金利アップが必然だからであり、マイホームを買わないのは、サラリーマン向けのマンションや戸建ては資産価値が下がるのが必至だからだ。

最近は、東京通勤圏内の中古マンションで、500万円を切る物件も多く出ており、新築はまったく売れなくなっている。

これで、どうしてアベノミクスが道半ばで、景気は回復に向かっていると言えるのだろうか?

住宅が売れないのだから、当然、クルマも売れない。そして、一般のモノも売れない。

■「逆ザヤ」に陥って苦しい銀行の経営

いま、日本の多くの銀行は「逆ザヤ」に陥っている。とくに地銀は稼ぐことができなくなっている。すでに昨年9月中間期で、銀行の国内での収益力の目安である「総資金利ざや」は全国112行のうち11行が逆ザヤになっている。

逆ザヤの原因は、資金需要がない、借り手がいないのがいちばんの大問題である。それなのに、異次元金融緩和で貸出金利や国債利回りが急低下し、住宅ローンなどで稼ぐこともできなくなってしまったというわけだ。いまや銀行は投資信託の販売手数料や ATMなどの手数料ぐらいしか主たる収入がなくなってしまっている。

銀行経営の基本は、資金運用利回りにある。これが低下すると、銀行業そのものが危機に陥る。全国銀行協会の調べでは、2013年度の資金運用利回りは1.10%である。これは、5年前から0.55%も低下している。異次元金融緩和で預金金利がほぼゼロに張り付く一方で、貸出金や国債など資金運用利回りの低下幅の方が大きいためだ。

アベノミクスが始まってから、銀行経営が苦しくなっているのだから、金融緩和の意味がない。

■手持ちの国債を売るに売れない銀行の事情

一般の銀行の経営が圧迫されているなか、日銀経営も危機レベルになっている。というのは、国債を買いすぎて、市場に国債がなくなってしまったからだ。昨年暮の『週刊ダイヤモンド』が国債特集で警告していたが、現在、日本の国債市場(868兆円)はこのままいくと麻痺するという。

それは、国債の買い手が日銀だけになっているからだ。昨年10月までGPIFも買い手だった。それが債券から株にシフトしたため、いまや日銀だけが買っている。もちろん、売り手は銀行・生保・郵貯・簡保などである。

しかし、これらの金融機関にはもう売る国債がない。なにしろ、日銀は1年間で80兆円もの国債を購入することになっている。ということは、新規国債40兆円(今年度予算は36兆円)のすべてを買ったとしても、まだ40兆円足らないということだ。では、金融機関間は既発行の国債を日銀に売るだろうか? 多くの銀行関係者は「売らない」と言う。その理由は、こうだ。

「すでに5年債の利回りはほぼゼロです。コストを考慮すれば、マイナス金利状態です。ということは、いま手元にある高クーポンの国債を売っても、売却で得た資金を回す投資先がないのです」

■これ以上金融緩和ができない限界点が来る

国債を保有している金融機関が売りたくても売れないということはなにを意味するのだろうか?

それは、日銀の異次元緩和がやがて限界になるということだろう。つまり、この先日銀が新規発行の国債を金融機関からすべて買い占める、さらにGPIFの手持ちのものも買う。それでも、年間目標80兆円に足りないということが起こりかなねい。

となると、これ以上金融緩和ができないということになる。もちろん、国債以外に銀行が所有する手形やその他の債券、株式、住宅ローンなども買い取ってしまうという手もある。しかし、こうなるとなんでもありで、完全な財政ファイナンスとなる。金融詐欺である。つまり、その先に待っているのは、信用崩壊による金利の高騰だ。

金利が高騰すれば、日銀は一気に赤字となり、それを埋めるために資産を売却するしかない。しかし、その買い手はほぼいないから、ハイパーインフレとなる可能性がある。

日銀は、先日、1月21日の金融政策決定会合で、2015年度の物価上昇率見通しを従来の1.7%から1.0%へと引き下げた。2.0%という従来の目標を引き下げた。そうしないと、危ないからだろう。しかし、メディアはどこもそうは書かず、「市場では追加緩和を予測する声が強まりそうだ」などと、意味不明な論評でお茶を濁している。

■モノを「買い占める」と必ず危機が起こる

どんなものでも、買い占めるということは、無理を重ねることだから、最後は危機が顕在化する。日銀の国債買い占めは、いまある危機の将来への先送りだから、そのときが来たら、とんでもないことが起こりかねない。

では、そのときとはどういうときか? それは「買い占め」を止めるときだ。

最近の例では、スイスがこの例を示している。スイス中央銀行はこれまで為替に徹底的に介入して、スイスフランの相場を維持してきた。ところが、それが限界に達したため、介入を停止した。その途端、スイスフランは30%も暴騰したのである。このことで、スイス中央銀行のクレディビリティは地に堕ちた。

日銀もいずれスイス中央銀行の轍を踏む可能性が高い。国債の徹底買い入れを停止したとき、はたして国債市場はどうなるだろうか? 

アベノミクスの大失敗が明らかになった以上、日本に残された道は、当然ながら「歳出削減」と「増税」以外にない。これ以外に、奇跡的な「経済成長」という道があるが、これは現状では100%無理だろう。

■消費税で20%以上でも足りないデフォルトの危機

となると、日本は、公共部門を一刻も早くダウンサイズする必要がある。そうして歳出削減を行うべきだ。

しかし、ギリシャを見ていると、これは無理かもしれないと思う。日本の歳出は半分以上を社会保障費と国債が占めている。とすると、削れるのは地方交付税や文教費、国防費、人件費になる。

ギリシャは40%削減を強いられ、公務員が大量に解雇され、警察官も半数になった。日本でこれをやるなら、まず中央官庁の役人を少なくとも3割は解雇し、自衛隊員、警察官の数を減らすことになる。独法も解散だ。これは、書くまでもないが、猛反対にあうだろう。日本は官僚支配国家だから、彼らがこれを許すわけがない。

となると、増税しか選択肢はないが、あらゆる試算によれば、消費税で20%以上が必要だ。しかし、そんな重税国家になれば、日本経済は完全にシャットダウンしてしまうだろう。

というわけで、オリンピックまであと5年。日本がどうなるのか、皆目、わからない状況になってきた。

歳出削減も増税もできず、アベノミクスというファンタンジーを生き続けるかぎり、日本の破綻は早まる。

いま私が気にしているのは、格付け会社のスタンダード&プアーズ(S&P)がいつ日本国債の格付けを下げるかである。すでに、ムーディーズとフィッチは昨秋に格下げを実施している。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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