医歯薬系「留年商法」の闇をデータで暴く~鶴見大学歯学部に文春砲直撃の影で
◆鶴見大学歯学部のアカハラが文春砲で
「感謝のこころ 育んで いのち輝く 人となる」
この建学の精神を持つのが私立・鶴見大学(神奈川県横浜市)です。
ところが、今週、「いのち輝く」どころか、悪い意味で目立ってしまいました。
「週刊文春」2023年3月16日号に、鶴見大学歯学部のアカハラ(アカデミックハラスメント)と「留年商法」について掲載されたからです。
8日には文春オンラインで記事が公開され、それがヤフトピ入りしました。
文春オンライン内の電子版オリジナル記事では、Yahoo!ニュースでの無料公開記事や週刊文春掲載記事よりもさらに詳しく掲載されています。
概要としては、歯学部教員(附属病院・病院長)による暴言などのアカハラ、そして、わざと留年させているのではないか、との「留年商法」の2点になります。
なお、前者について、電子版オリジナル記事では、教員が遅刻してきた学生に対して「殺すぞ」と暴言をぶつけている様子の動画も公開されています。
◆歯学部長の余計な一言
アカハラについて、私は今のところ、教員・学生の双方にも鶴見大学にも取材していません。軽々に論じるのは不適当、というものでしょう(取材が進めば記事とする、かもしれませんが、それはさておき)。
文春オリジナルの動画を見た限りでは、そもそも、この授業、結構、私語が飛び交っています。遅刻してきた学生も講義をしている教員の前を横切っています。
私の感想としては、「キレる人はキレるだろう、日本の大学ではよくある光景だけど」。
私は就活関連の本・記事を出していることもあり、毎年、大学のキャリア講義などでゲスト講師として呼ばれることがあります。
その経験からも断言できますが、私語や遅刻はそう珍しい話ではありません。遅刻しても悪びれず堂々としているのもよくある話です。付言しますと、大学の立地や学部、偏差値・難易度などはほぼ無関係。
私は、序盤はともかく、中盤以降は結構、真剣に聞いてくれる印象があります。というプチ自慢はさておき、ゲスト講師で1回話したらチャラなので、良くも悪くも開き直っています。
ですが、大学教員からすれば、学生との付き合いが日常です。教育への責任から、ストレスもあるでしょう。
しかも、附属病院の病院長だと、病院内では部下や出入りの業者などから「センセイ」と呼ばれて、下にも置かない扱いです。
その落差から、暴言やアカハラに及んだことは容易に想像できます(もちろん、許されることではありません)。
ところで、このアカハラを訴えられた歯学部長は、庇うような発言をして、被害を訴える学生をさらにイラつかせています。
記事中では、「留年商法」を疑う保護者に対して、学部長は余計な釈明をしています。
「学納金が足りないから学生を留年させて、学納金を集めたい、と……そんなこと誰も思っていないです。いや、経営者は思っているのかもしれません」
※文春オンライン/Yahoo!ニュース配信記事 2023年3月8日公開 「学生に病院長が「お前…殺すぞ」鶴見大学歯学部“大量留年”の裏でアカハラ告発〈動画・音声入手〉」
「経営者は~」は、責任転嫁とでも言うべき余計な一言です。言われた保護者からすれば、それで「留年商法」への疑念が晴れるわけがありません。
電子版オリジナル記事では、鶴見大学側のコメントも掲載。おそらくは広報担当部署によるものでしょうけど、この中では、「本学の経営に不当な影響が出ないよう」と付け加えています。
これも余計な一言で、広報対応としてうまい手ではありません。
「週刊文春」記事を受けて、発売日の3月9日(木)13時過ぎにはホームページにもコメントが掲載されました。
誰が文責なのか明記していない、というツッコミはさておき、このコメントのタイトルが「一部週刊誌の報道について」とあるように、「週刊文春」などの固有名詞を出していません。そのうえで、「留年商法」について
「根も葉もない事実無根の記事であり、極めて悪質」
と、しています。
◆鶴見大学以外でも指摘され続けてきた「留年商法」
本稿で取り上げたいのは、この「留年商法」疑惑についてです。
「留年商法」とは、具体的には「留年させることでその授業料等を大学が不当に利益とする」
、それと、「国家試験の合格率を引き上げるために成績不良者を留年させる」、この2点です。
文春記事では、この両方について指摘しています。電子版オリジナル記事では、文部科学省サイト掲載の資料を引用しています。
このうち、前者(学費を利益とする)は、私はやや無理がある、と見ています。
鶴見大学サイト「情報公開/教育情報の公表/入学者に関する受入方針及び入学者の数、収容定員及び在学する学生の数、卒業又は修了した者の数並びに進学者数及び就職者数その他進学及び就職等の状況に関する情報」には、2022年5月時点での学生数が記載されています。
これによると、歯学部は入学定員が120人のところ、入学者数は56人。他の学年も定員割れであり、収容定員充足率は66%でした。6年生は91人。仮に半数となる45人を留年させた場合、学費(1人年455万円)は2億475万円。
鶴見大学が公表している2021年度「事業報告書」では6.69億円の赤字(収支差額)としています。
2億円程度では赤字を埋まるには至らないわけです。学費を利益とする点での「留年商法」を歯学部長が否定するのも無理はありません。
一方、後者の「見た目の合格率引き上げ」という点では、これは鶴見大学だけではありません。他の医歯薬系大学・学部でも10年前から指摘されていることです。
付言しますと、私はこのカラクリに10年以上前から気付いていますし、2015年には拙著(『時間と学費をムダにしない大学選び2016』)でも、この点をまとめたコラムを掲載しました。
鶴見大学や、他の医歯薬系大学から「根も葉もない事実」とは言われたくありませんので、文部科学省・厚生労働省が公開している歯科医師国家試験データをこちらでまとめました。
まずは、歯科医師国家試験の新卒合格率データを2017年~2022年の6年分、まとめました。それが下記の表1・2です。なお、並び順は偏差値(河合塾)です。
※文部科学省・厚生労働省の公開データから筆者が作成
※偏差値は河合塾のもの
※「日本歯科・新潟」は日本歯科大学新潟生命歯学部、「日本・松戸歯科」は日本大学松戸歯学部を指す
※表のオレンジ部分は各年度の平均より下、ブルー部分は平均より上を示す
歯学部は国立11校、公立1校、私立17校、合計29校です。正確には、27校29学部(日本大学と日本歯科大学がそれぞれ2学部)。
表でひとまとめにするのは無理があるので、河合塾の偏差値順で2つに分けました。
国立大学は合格率が70%を超えているところが多く、私立大も北海道医療大学(2022年・82.1%)、松本歯科大学(同・90.4%)など高いところがあります。
この新卒合格率が国立大学より高い点を宣伝に利用する私立大が存在します。
この手法は歯学部だけでなく、医学部や薬学部などでも同様です。
「うちの大学は、国立難関の××大学よりも合格率が上なんです!」
ところが、この10年でこうした宣伝手法は段々と通用しなくなりました。
自称・大学ジャーナリストが進学校の進路講演で暴露。それがなくても、細かい部分をチェックする、進路指導のベテランであれば合格率のトリックに気付いてしまったからです。
◆もう一つの合格率で激変してしまう!
次の表3・4は、ストレート合格率の変遷をまとめたものです。並び順は表1・2と同じく偏差値順です。
※文部科学省・厚生労働省の公開データから筆者が作成
※偏差値は河合塾のもの
※「日本歯科・新潟」は日本歯科大学新潟生命歯学部、「日本・松戸歯科」は日本大学松戸歯学部を指す
※表のオレンジ部分は各年度の平均より下、ブルー部分は平均より上を示す
ストレート合格率とは、文部科学省データでは「修業年限(6年)での国家試験合格率(編入学者を除く)」となっています。
要するに、歯学部の修業年限である6年間で卒業した新卒者がどれくらい合格したかを示す割合です。
表1・2の新卒合格率は修業年限の条件を付けていません。つまり、留年者を含みます(ここ、重要な伏線です)。
2022年データだけで、ストレート合格率と新卒合格率を並べ、その順位と合格率がどれくらい違うかをまとめたものが、次の表5・6です。
なお、この表5・6はストレート合格率の高い順になっています。
※文部科学省・厚生労働省の公開データから筆者が作成
※偏差値は河合塾のもの
※「日本歯科・新潟」は日本歯科大学新潟生命歯学部、「日本・松戸歯科」は日本大学松戸歯学部を指す
※表のオレンジ部分は平均より下、ブルー部分は平均より上を示す。なお、順位の差については、マイナスがオレンジ、プラスがブルー、プラスマイナス0は白とした
こうしてみると、ストレート合格率は上位を国公立12校と私立大の難関2校(東京歯科、昭和)が占めています。新卒合格率では上位だった松本歯科大学(新卒2位)、日本歯科大学・新潟(同4位)、大阪歯科大学(同8位)、北海道医療大学(同10位)はそれぞれ、23位、28位、24位、19位と順位を大きく落としてしまいました。
では、この新卒合格率とストレート合格率、どうして差が出てしまうのでしょうか。
◆留年させて合格率を上げる
大体、オチが読めた、という方もいるでしょうけど、種明かしをしていきます。
新卒合格率はあくまでも、新卒者全員が合格した割合です。
留年者も含むため、合格率は高く出る傾向になります。
一方、ストレート合格率は、修業年限の6年で卒業した学生だけが対象です。留年者は含みません。
大学だけでなく、予備校や各メディアが掲載する合格率は新卒合格率がほとんどです。
そこで、大学側としては、成績不良の学生を留年させて、歯科医師試験そのものを受験できないようにします。そうすれば、新卒合格率は分母が減る分、引き上げることが可能となります。
では、どれくらいの割合が留年したのでしょうか。
実はこれも文部科学省は全部公開しています。それをまとめたのが、以下の表7・8の6年次留年率の変遷です。6年生の時点でそれまでにどれくらい留年したかを示す割合です。なお、文部科学省データでは「歯学部(歯学科)における留年・休学者の割合」と表記されています。文部科学省はその定義として「在学中に一度でも留年・休学を経験した学生の割合」としています。
※文部科学省・厚生労働省の公開データから筆者が作成
※偏差値は河合塾のもの
※「日本歯科・新潟」は日本歯科大学新潟生命歯学部、「日本・松戸歯科」は日本大学松戸歯学部を指す
※表のオレンジ部分は各年度の平均より下、ブルー部分は平均より上を示す
◆試験を志願しても受験できない不思議
もう一つ、面白いデータがあります。
こちらも、文部科学省の公開データをまとめたものです。
歯科医師試験での志願者と受験者数の差をまとめたのが表9・10です。
※文部科学省・厚生労働省の公開データから筆者が作成
※偏差値は河合塾のもの
※「日本歯科・新潟」は日本歯科大学新潟生命歯学部、「日本・松戸歯科」は日本大学松戸歯学部を指す
※表のオレンジ部分は各年度の平均より下、ブルー部分は平均より上を示す
表9に出ている国公立大学は差が0か、せいぜい数人程度。
それが私立大学ではなぜか20人以上の大学ばかりです。
コロナで陰謀論を提唱されている方には、中国ではなく私立大学歯学部周辺の疫学調査をお勧めします。何しろ、国家試験を出願したにもかかわらず受験できない学生は私立大学に集中しているのですから。これは日本の私立大学歯学部周辺で試験直前になって、何か、特殊なウイルスが広まり、受験できなくなっているに違いありません(9割イヤミ)。
もちろん、これは悪意あるイヤミ、かつ、冗談です。
種を明かすと、これも新卒合格率を引き上げるための手法によるものです。
つまり、歯科医師国家試験の出願後に、何らかの方法で学生が受験できなくなるようにするのです。
具体的には、国家試験に近い内容の科目を必修扱いにして、成績不良者を落とします。単位が足りなければ卒業できませんし、国家試験も受験できません。
こうした手法を私立大学の相当数が取っているからこそ、出願者数と受験者数に大きな差が出るのでしょう。
もちろん、国家試験の当日になって、風邪を引いた、などの理由で受験できなかった、という学生もいるでしょう。
しかし、そうした学生がごく少数しかいないことは国公立大学データを見れば明らかです。
私立大学の大半で受験者数が大幅に減る、しかもそれが単年ではなく長期間、続いているのは、病気欠席や事故、で片付く話ではありません。
何らかの作為が働いて受験できなかった、と見る方が自然です。
◆「留年商法」は鶴見大学だけではなかった
以上、「根も葉もある」文部科学省と厚生労働省の公開データを元に、合格率・留年率と出願者・受験者の差についてまとめました。
このデータから、鶴見大学だけでなく私立大学歯学部の多くで「留年商法」の展開が明らかとなりました。
鶴見大学含め、私立大学歯学部関係者の方にお伝えすると、筆者のタイプ・表記ミス以外の苦情は受け付けません。
文部科学省・厚生労働省の公開データによるものであり、苦情等はそちらへどうぞ。
そもそも、合格率の見た目をよくするために留年させる、国家試験を受験させない、という現状が異常と言わざるを得ません。
その異常な状態が鶴見大学歯学部だけでなく、他の私立大学でもあります。もっと言えば、医学部や薬学部、医療系学部でも見受けられます。
こうした異常な状態によって、留年を余儀なくされる学生が存在します。
それは大学教育の在り方として、不適当ではないでしょうか。
仮にですが、留年をしなければならないほど試験が難しいということであれば、その試験対策を各大学はさらに強化するべきでしょう。
あるいは、国として、医師・歯科医師などは6年制ではなく、7年制・8年制に変える、などのシステム変更が適切かもしれません。
そこまで大掛かりにしないまでも、成績不良の学生に対して、より支援を強化するとか、留年した場合の学費を減免する、などのフォロー策を国・文部科学省は検討するべきではないでしょうか。
いずれにせよ、「留年商法」の異常さについては解消するべきであり、本稿とそのデータが解消の一助となることを願う次第です。
◆追記(2023年3月11日午前9時20分・加筆修正)
表のオレンジ・ブルー表記が分かりづらいとのご指摘を受け、それぞれの表の下に注釈を加筆しました。
ご指摘いただいたaki様、ありがとうございました。