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「99%詐欺被害の返金は難しい」の言葉を覆し、海外からお金を取り戻した女性が、1%にかけた行動とは?

多田文明詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

「あなたが初めてです。よくそこまでやりましね」

今年4月、ナイジェリアの日本大使館員が帰国した際、このように話し、被害金の一部37万円が女性の手に戻されました。

海外に送金された国際ロマンス詐欺の被害金が戻されたケースを初めて耳にしました。私が知る限り、日本初です。

当時、彼女が被害を訴えた警察からも「99%返金は難しい」とまで言われていましたが、残りの1%に懸け可能に変えたのです。

ここに至るまでには、様々な紆余曲折がありました。

どのようにして彼女のもとに、お金が戻ってきたのでしょうか?

被害のきっかけは、国連の医師からのメッセージ

まずは、被害経過です。

2018年の3月のことです。彼女は料理教室を行っていたこともあり、創作料理の写真をSNSにアップしていました。当時、マスコミなどからも取材依頼があったとのことです。そうしたなかに、詐欺のメッセージが紛れ込んできました。

相手はロンドン在住の45歳男性を名乗ります。

メッセージのやりとりをしていると、次のような内容が届きます。

「現在、私は国連の医師としての活動をしていて、近くアフリカに行きます。その時、あなたの素敵な料理をアフリカの貧困層の子供たちに振る舞いたい」

この時は、料理のレシピを教えればよいのかという軽い気持ちで「わかりました」と返事をしました。

5月になると、急に男から「注文した料理の機材を運ぶ船賃代として、1万ドル(約100万円)が必要になったので、立て替えてもらえないか」と言われます。

彼女が支払いを拒むと「あなたは現地(ケニア)に来て、料理をしてくれると言ったではないか。そのためのお金だ」と言います。彼女はそのような返事をしたつもりはありませんでしたが、慣れない英語のやり取りで相手にそう受け止められてしまったのかもしれない、そう感じました。

男は「お金はあなたが、現地のケニアにきたら、国連から支払う」と約束します。立て替えとはいえ、100万円は高額です。「とても無理です」と答えると「では30万円(約3000ドル)ではどうか」と値を下げてきます。その位の金額ならと、彼女は海外送金をすることにします。

ナイジェリアの銀行に送金

指定されたのが。ナイジェリアの銀行口座でした。

「なぜ、ナイジェリアなのですか?」と尋ねると、「ナイジェリアに立ち寄ってから、ケニアに向かう」とのことでした。彼女は3回にわけて10万円を送り、さらに7万円が必要と言われて、合計で37万円を送金します。

8月、男はケニアに移動したと言います。すると突然「盗難事件が起きた!」とのメッセージが届きます。さらに「あなたを呼ぶための資金がなくなった。至急50万円を送金してもらえないか」と言います。この時、指定してきたのトルコの銀行口座でした。

急な事態に彼女も心配になり、50万円を送金します。

しかし男からは「お金がこちらに届いていない」と言われます。しかし彼女は確かに郵便局から送金しています。「何かのトラブルが起きているのかもしれない」と思い、さらに60万円を要求されて、送ります。

しかし男の執拗な無心が止まりません。さらに「30万円を送れ」と言います。

彼女が断り続けると「お金を払わなければ、偽造した、あなたの卑猥な写真をばらまくぞ!」と、脅し始めます。さらに、脅迫する内容はエスカレートしていき、最終的には「日本にいる友人に頼めば、あなたやあなたの息子を殺害できるぞ」とまで脅してきたのです。

地元の警察に被害相談

このように言われて、2018年10月に、地元の警察に被害の相談をしました。

当時の警察からは「この手口の詐欺ですと、99%お金は戻ってきません」と言われます。しかし、それでも彼女は「被害届を出させてください」と懇願して、何とか受け取ってもらえました。

実は、これが後に、とても重要になります。

しかしその後、警察から何の連絡もありません。

「自分で行動を起こすしかない!」と彼女は立ち上がります。

まず、トルコの領事館へ詐欺に遭ったことを連絡しました。現地の銀行に送金されるまでにタイムラグがあり、今なら、送金を止められるかもしれないと思ったからです。しかし、理由はわかりませんが、怒った口調で一方的に電話を切られてしまいました。

次にトルコの日本大使館にメールを入れました。

翌日、連絡があり「もしトルコに知人がいれば、その方を通じて銀行に連絡をすれば、止められるかもしれない」と言われます。しかし、彼女はトルコに知り合いなどいません。結局、それもできませんでした。

途方に暮れる彼女でしたが、それでも諦めません。

経済金融犯罪委員会(EFCC)にアクションを起こす

必死に調べると、経済金融犯罪委員会(EFCC)があることを知ります。以前から、ナイジェリアを起点にした詐欺事件は世界各地で起きており、そうしたなかで、ナイジェリアにおける金融犯罪などを調査し、取り締まる機関です。

EFCC(Economic and Financial Crimes Commission)には、SNSがあり、日々、詐欺における犯人逮捕の情報が流れていました。そのたびに、彼女は慣れない英語で書き込みました。

「私もナイジェリアの銀行に送金して、詐欺被害に遭いました」「他の外国人の方で、だまされてお金を取られて、亡くなっている方もいると聞いています。その被害者の気持ちがわかりますか!」

その書き込みを続けて、数か月たった頃、EFCCからメッセージが届きます。

「請願書を出してください」

被害経過を書いて、メールで送ってくれと言うのです。日本でいうところの被害届のようなものでしょう。

必死に英語で書いて送りますが、1回目は「内容がよくわからない」と戻されます。そこで2回目は被害経過を箇条書きにして送ると、ようやく受け取ってもらえました。2019年1月のことです。

それから1年後

1年間経っても、何の連絡もありません。彼女の心に諦めの気持ちが起きかけていた時のことです。2020年1月「議長の承認が通りましたので、これから捜査を開始します」とのメールが送られてきました。

さらに1年が経過した、2021年1月「犯人らが逮捕された」の一報が入ります。そして「あなたが被害に遭った37万円を、日本大使館を通じて返金する」と言うのです。

しかし彼女は詐欺に遭った経験から、「マネーミュール?」の言葉が頭をよぎります。「これ自体が本人に気づかせないまま資金洗浄を行わせる手口では、ないか」と。

そこで、まずナイジェリアの日本大使館にEFCCから連絡がきたことを説明して「お金を受け取って大丈夫だろうか?」という連絡をしました。

しかし1か月たっても、何の連絡もありませんでした。

新手のマネーミュールか?と思っていると

やはり「新手なマネーミュールだったのかもしれない」と思っているところに、日本大使館から連絡がありました。連絡をくれた方は、警視庁から現地に赴いていた大使館員でした。

「お待たせしました。これだけの期間を要したのは、本当に日本でそのような被害が発生していたのかを調べる必要があったためです」と説明します。「実際に、あなたは地元の警察署に被害届を提出しており、被害の事実確認もとれたので、返金します」とのことでした。

いかに警察に被害届を受理してもらっているかが、大事なのかがわかります。

しかしながら現状は「犯人が国外にいるから、捜査はできない」などと言われて、被害届を受け取ってもらえないケースは多いのです。

もし彼女があの時、被害届の受理を強い口調でお願いしていなかったら、お金が戻ってこなかったこともあったかもしれません。

事件発生から3年経って、被害金の一部が彼女のもとに返されました。

いつ、どういう形で、お金が戻るかわかりませんので、諦めず被害届を受け取ってもらえるように、お願いし続けることをお勧めします。

被害に遭った後の対応と注意点

彼女は大使館員の方に、国際ロマンス詐欺の被害に遭った人たちは、今後、どうすれば良いのかを尋ねました。

「詐欺被害がナイジェリア国内の疑いがある場合、ナイジェリア大使館にメールなどで連絡を取ってみてください」また「EFCCはしっかりした機関なので、こちらにメールを送ってみるのも良いでしょう」とも話してくれました。

今回は、ナイジェリアへの海外送金でしたので、犯人が国内にいる可能性は高く、対応してもらえましたが、最近は、様々な国を起点とした詐欺もあり、国をまたいでの暗号資産での送金も多くあり、詐欺犯の実情をつかむのが難しくなってきています。

ですが、今回のケースを見ても、被害金が返還される道がまったくないわけではないことがわかります。諦めず、自分で何かしら方策を切り開いていけば、必ずどこかに道は見えてくるということを、彼女の事例は教えてくれているように思います。

彼女は言います。

「最近、SNS上には、EFCCをかたっていると思われるアカウントもよく見かけます。連絡を取る場合には、気をつけてください」

被害に遭った人をさらに罠にはめようと狙う人たちもいることも充分に考えられますので、もし連絡を取った時に、お金を要求されて渡したり、不要なクレジット情報などの個人情報を教えないように気をつけてください。

詐欺事件の捜査には時間がかかる

ここでぜひとも知っておいてほしいことは、詐欺事件の捜査というものは時間がかるということです。彼女自身もEFCCに嘆願書を送って、1年も連絡がなかったように、こうした調査・捜査においては、事件の真偽も確かめなければならず、時間がかかります。

日本における詐欺事件でも、何年も経ってから立件されることもあります。ましてや、海外の事案ですから、連絡したものの、その後、まったく返事がないこともあるかもしれません。

くれぐれも「すぐに連絡がないから」と、憤ることだけはしないようにしてください。

世界中でナイジェリア関連の詐欺事件は、相当数、起きています。そのなかで、今回、被害金が戻されたことは奇跡的なことといえるかもしれません。

ですが、希望の道は開かれました。

戻ってきた金額は37万円と小さいかもしれませんが、被害者にとって、非常に大きな一歩といえるのです。

詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト

2001年~02年まで、誘われたらついていく雑誌連載を担当。潜入は100ヶ所以上。20年の取材経験から、あらゆる詐欺・悪質商法の実態に精通。「ついていったらこうなった」(彩図社)は番組化し、特番で第8弾まで放送。多数のテレビ番組に出演している。 旧統一教会の元信者だった経験をもとに、教団の問題だけでなく世の中で行われる騙しの手口をいち早く見抜き、被害防止のための講演、講座も行う。2017年~2018年に消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」の委員を務める。近著に『信じる者は、ダマされる。~元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)

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