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あなたは「セックスロボット」と暮らせますか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 人間関係の煩わしさもあるだろうが、人間そっくりの存在を人工的に作りたいというのは古くからある人間の願望の一つだ。人間は必ずしも生殖を目的にセックスしないが、やがて人間によく似た相手とセックスする未来が来る。

竹夫人とは何か

 有性生殖の方法は生物によって戦術や戦略が多種多様だが、人間は多くの場合、男性が女性に対して性的なデモンストレーションやアピールをし、それが受け入れられてセックスにいたる。基本的に、男性器が勃起しなければスムーズにセックスしにくいという生理的な理由もあり、人間の男女では生殖器の構造からもセックスに対し、男性が能動的で女性が受動的になりがちだ。

 こうした事情から遠洋航海の船乗りなど、女性のいない環境に長く置かれるような男性は、擬似的なセックスの相手として女性を模した人形を用意することがあるなどとまことしやかにいわれてきた。いわゆる「ダッチワイフ(Dutch Wife、オランダ人の妻)」だが、17世紀半ばから1824年の英蘭協約まで続いた英蘭戦争(Anglo-Dutch Wars)のせいで英語表現にはオランダ人を蔑視するものが多い。

 この言葉もそこから来ていると想像されるが、オランダの名誉のためにいえばもちろんオランダ人とは関係ない。そもそもこの言葉は中国の竹夫人(Bamboo Wife)という一種の抱き枕からきている。熱帯や亜熱帯の蒸し暑く寝苦しい夜、竹で編んだ等身大の筒に抱きついて寝ると涼しいというわけだが(※1)、アジアへ進出したオランダと現地の習慣が合体し、その姿を揶揄した英国人によってこの言葉ができたと考えられる。

 アニメやゲームなどの登場人物をフィギュアにし、アトムやエヴァンゲリオンなどに慣れ親しんだ日本人と、神ならぬ人間が人間を作り出すことに対する恐れ(フランケンシュタイン・コンプレックス)を潜在的に抱いているとされる欧米人とでは、ヒューマノイド(人型)ロボットに対する感じ方が違うとよくいわれる。だが、人間によく似た人間もどきを作りたいという願望は洋の東西を問わない。

 ピグマリオン(Pygmalion)はギリシャ神話に出てくるキプロスの王だが、人工的に作った理想の女性像に恋をする。得てして現実は残酷で理想はかなわないからこそ理想なのだが、絵姿や人型に理想を描き刻み込み、そうした人形などに感情移入するというフィクションも多く創作されてきた。

 抱き枕と人工的に再現した人型を合体させれば、人間そっくりの竹夫人を作れるのではないかと考えつくことは容易に想像できる。それが遠洋航海に出た男性が使う特殊な用途の人形があるのではないかという一種の「都市伝説」につながっていった。

 もちろん、人を相手にしないセックスの道具には張り型というように女性用もあるが、男性用は多種多様だ。人形タイプでは製造業者も多く、空気で膨らませる単純で安価(数千円)なものから、技術の許す限り実際の人間に近づけようとするシリコン製の高価(数十万円)なドール型のものまで作っていて、ほとんど無規制で誰でも購入可能だ。

英国で起きているセックスロボット論争

 パートナーに先立たれた人や障害者を持つ人にとって、こうした人形が役立っているのではないかという意見もあるが、英国の医学雑誌『BMJ』で2017年あたりから「セックスロボット」論争(※2)が起きている。

 もちろん、自律的に動いたり会話したりするヒューマノイド型のセックスロボットはまだないが、工学的な技術が進歩し、AIが人間との親和性をより発揮するようになれば、SFのような人間そっくりのセックスロボットが出現する可能性は高い。

 この論争に火を付けたのは、2007年に出されたロボットをセックスワーカーとして扱うことの是非を論じた論文(※3)だ。

 セックス用のドールを乱暴に扱うことがレイプになったり、子どもを模したドールが児童への性的虐待(Sexual Abuse)など、実際の犯罪につながりかねないという論文もある(※4)。その後、現状のセックス用ドールやセックスロボットについて研究者から同様の危惧(※5)が示され、基本的な倫理道徳問題やジェンダー問題も絡んで議論が交わされてきた。

 今回、こうした議論に新たな論考が加わった。英国のセント・ジョージズ大学病院やキングス・カレッジ・ロンドンの研究者が同じ『BMJ』上に発表した論考(※6)によれば、セックスロボットはすでにSFの世界の話ではなく、英国では4つの企業が製品を販売し、その1社は「Paedobots」という子ども型の商品も作っており、男性器を備えた女性用のセックスロボットも2018年中には出てくるだろうという。

 研究者は、ネット上で「robot」「sex」「sex toys」「doll」「child sex abuse」「sex therapy」といった言葉で論文検索を行い、セックスロボット使用による安全なセックス、治療のポテンシャル、小児性愛者や性犯罪者の治療の可能性、社会の倫理や道徳観への影響といった4つのテーマから分析した。研究者が探した範囲で、セックスロボットを使うことによる健康への影響についての研究や報告はこれまでないという。

 その結果、セックス用ドールやセックスロボットを使用した結果生じた健康への被害について責任の所在が明らかでなく、性感染症の予防についても確証があるわけではないということがわかった。非衛生的な使用状況によっては、むしろ健康に害が出る可能性もあるとする。

 高齢者や障害者、性的な機能不全の人に対する治療効果も臨床的に明らかではなく、対人関係が希薄になる可能性があるため、社会的な疎外を助長するのではないかという。小児性愛や性的暴力の心理治療の効果の可能性も示唆されているが、セックスロボットなどを使用することでそうした性的衝動を逆に高める危険性も排除しきれない。

 セックス用ドールやセックスロボットは概して女性を模しているので、女性差別や女性蔑視につながり、社会的な倫理観に悪影響を及ぼす可能性もある。

 ドールやロボットは痛みを感じない(ように見える)。プライベート空間でなら私有物に何をしても許される。人間をモノとして扱うフェティッシュな性的倒錯にもつながりかねないというわけだが、研究者はこうした女性や少女を模したセックス用ドールがレイプや児童への性的虐待や性犯罪を防ぐという科学的な証拠はないと警告する。

 スマートスピーカーのように日常の生活に「人と会話する機械」をよく見かけるようになった。検索エンジンや自動音声認識(ASR)といったAI技術が進化したこともあるだろうが、我々人間の側もこうした環境に慣れてきたことも大きい。

 ビデオデッキにせよインターネットにせよ、セックス関連の需要が市場やユーザーを広げたことはよく知られている。セックスという極めて身近な行動の相手が機械に置き換わるとき、我々はそれに慣れることができるのだろうか。

※1:北宋の文人、張耒(ちょうらい、1054-1114)の『詩説』の中に竹夫人の記述がある:H Franke, "Literary Parody in Traditional Chinese Literature: Descriptive Pseudo-Biographies." Oriens Extremus, 1974

※2-1:Ingrid Torjesen, "Sixty seconds on . . . sex with robots." the BMJ, Vol.358, j3353, 2017

※2-2:Federica Facchin, et al., "Sex robots: the irreplaceable value of humanity." the BMJ, Vol.358, j3790, 2017

※3:David Levy, "Robot Prostitutes as Alternatives to Human Sex Workers." International Conference on Robotics, 2007

※4:John Danaher, "Robotic Rape and Robotic Child Sexual Abuse: Should they be criminalised?” Criminal Law and Philosophy, Vol.11, Issue1, 71-95, 2017

※5:Robert Sparrow, "Robots, rape, and representation." The International Journal of Social Robotics, Doi:10.1007/s12369-017-0413-z, 2017

※6:Chantal Cox-George, et al., "I, Sex Robot: the health implications of the sex robot industry." BMJ Sexual & Reproductive Health, doi:10.1136/bmjsrh-2017-200012, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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