Yahoo!ニュース

英国の猛スピードのワクチン接種はコロナ危機の出口戦略となるか(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
2月8日現在の1日感染者数と死者数、累計死者数、ワクチン接種数=英スカイニュース

英国政府は新型コロナの新規感染者数と死者数の拡大を阻止し、ロックダウン(都市封鎖)の延長を避けるため、ロックダウン規制違反者に800ポンド(約11万円)の罰金導入や、死亡率を引き下げるため、現在、70歳以上の高齢者と基礎疾患者へのワクチン接種の急拡大に躍起となっている。ロックダウンの延長はボリス・ジョンソン英首相にとって命取りとなるだけでなく、景気支援のための財政支出が急増し、財政赤字問題が深刻化する恐れがあるからだ。また、英国は1月18日からエンジンを全開し、世界でも例を見ないほどの猛スピードでワクチン接種を拡大しているが、今後、首相は2月22日から議会でコロナ危機回避のロックダウンからの出口(脱却)戦略について議論を活発化させる。

昨年12月のクリスマス休暇明けの1月4日、ジョンソン首相は新型コロナ感染による英国の累計死者数が約8万人に達したことを受け、緊急のテレビ演説で同日夜から2月21日までイングランドで、昨年の5月と11月に続く3度目の全国ロックダウンに入ると宣言した。これは55万件の飲食店などの事業所が臨時休業となり、1日1回だけ健康維持のための運動が許されるだけという厳しいものだが、首相は国民に向かって、「何もしなければ1月末までに累計死者数は10万人を突破する」と事態の緊急性を強調した。

ロックダウン開始(1月5日)時点での英国全体の死者数は1日1000人超だったが、1週間後の1月13日には1500人超に急増した。このため、大都市ロンドンでは遺体処理に追い付かず、政府は1月14日、急きょ、マンチェスターに近いノースウィッチ北東部の軍事施設に1300人収容可能な仮設の遺体安置所をオープンさせると発表したほどだ。

ただ、ロックダウンから1カ月以上経過し、昨年12月8日から80歳以上の高齢者へのワクチン接種が始まり、2月8日現在で累計1230万人(成人全体の23%)が1回目の接種を終えるほど、ワクチン接種が急速に進んだことで、死者数は減少傾向にある。政府のクリス・ホイッティ主席医務官は2月3日の会見で、「現在の第2波感染拡大がピークを過ぎた」と宣言した。

過去1週間の死者数(感染後28日以内の死者数)は2月8日時点で前週比22%減の6234人(瞬間風速で1日373人)、また、感染者数も同25%減の12万4001人(同1万4104人)、入院患者数も同22%減の1万6994人(同2107人)と、直近の1週間で2割以上も減少した。しかし、累計死者数は11万2798人(2月8日時点)と、11万人を突破(1月22日に10万人を突破)している。死者数は感染者数ほど減っていないため、ジョンソン首相は1月27日の議会答弁で、イングランドのロックダウンは当初予定の2月21日で終了せず、3月まで続く可能性を示唆している。

英紙デイリー・テレグラフは2月7日付で、「今月22日に議会に対し、ロックダウンからの出口戦略を説明する方針を固めた」と報じた。ただ、同紙はロックダウンがいつまで続くかについて、「英国は4月4日のイースター(復活祭)のあと、3カ月間のロックダウンの全面解除に向けた準備期間に入る」と予想している。その根拠について、「コロナ感染による死者全体の99%も占める50歳以上の成人のすべてが2回目のワクチン接種を完了するまで、完全に規制を緩和できない」と見ている。ただ、政府はその前に3月8日に学校を再開、4月にはパブやレストランもアルコール販売を除くことを条件に営業を再開させるなど部分的な規制緩和を実施するとしている。

ロックダウンの延長による経済損失の拡大に対処するため、リシ・スナク財務相は、「ロックダウンの延長がない場合でも4月末に期限を迎える一時帰休者支援措置を7月末まで延長する方向で検討している」(1月21日付テレグラフ紙)。この背景には、英国商工会議所(BCC)のスレン・ティル主席エコノミストが指摘しているように、「ロックダウン解除後も消費需要が回復するには時間がかかるため、一時帰休支援措置の延長が必要」と見ていることがある。これは1カ月で30億ポンド(約4300億円)、7月末までで計90億ポンド(約1.3兆円)の財政出動となる。もしロックダウンが延長されれば、国の財政負担はそれ以上となる。政府はこれまでに一時帰休支援措置で約3000億ポンド(約43兆円)を支出し、政府の債務残高は初めて2兆ポンド(約290兆円)を超えている。

一方、ロックダウンに批判的な与党・保守党の重鎮、スティーブ・ベーカー議員は同僚議員に宛てた書簡で、ジョンソン首相がロックダウン規制からの出口戦略を3月8日までに示すことができなければ、首相の解任を求めていく考えを明らかにしており、ジョンソン首相への政治圧力が高まってきている。

イングランドでロックダウンが開始された当初は、感染者や死者のペースがなかなか低下せず、英国内では閉塞的な空気が漂っていた。英ニュース専門局スカイニュースのサム・コーテス記者は1月13日、「NHS(国民保険サービス)イングランドのスティーブン・パウイス教授が新型コロナ感染による入院患者は2月にかけて増えていく予想したが、政府の科学顧問はこれらの大半は感染リスクの高いグループ(高齢者や基礎疾患者)に該当し、しかもまだワクチン接種を受けていない人たちとなる可能性があると指摘している。これはNHSの医療崩壊ギリギリの状況が3月まで続くことを意味している」と伝えた。また、政府の科学顧問も会見で、1月中に新規感染者数が1日当たり25万人になるとの見通しや、ワクチン効果は1回目の接種から3週間後の2回目の接種後になるため、ワクチン接種が死亡率を2月末までに低下させる可能性は低いと政府に助言していたほどだ。

しかし、最近では死者数が依然増加しているものの、新規感染者数はロックダウン効果によって減少し、感染拡大は抑制され始めたという明るい見方が出始めてきた。政府の新型コロナに関する公式サイトによると、新規感染者数は1月5日時点で1日当たり6万0916人と、初めて6万人を突破したあと、2月7日時点では1万5845人と、かなりペースダウンしている。

ロックダウン当初、感染者数や死者数がなかなか減少しなかったことについて、スカイニュースのアデレ・ロビンソン記者は1月19日、「ロックダウンで感染者は減少し始めているが、1月8日終了週の死者数(イングランドとウェールズ)が1週間で6057人と、6000人を超えたのはクリスマスや新年の休暇中の一時的な規制緩和が行われなかったという特別な事情があったことを考慮し、控えめに見る必要がある」と指摘する。しかも、現在、英国でまん延している変異種ウイルスは感染力が従来より50-70%高く、致死率も30-40%高いことも死者数増加の背景にある。しかし、それでも死者数の数字は4月の第1波の感染ピーク時を下回っている。こうした英国の教訓を考えれば、日本ではワクチン接種の開始が英国に比べ2カ月遅れる事情を考えれば、今夏の観客を入れて東京五輪を開催すれば、感染者が急増するリスクはかなり高まると言えそうだ。

ジョンソン首相は1月13日の下院本会議で、今後、ワクチン接種を驚異的なスピードで進める考えを示し、脱コロナ危機の戦略に転換した。具体的には週7日、1日24時間体制でワクチン接種を行うというものだ。現在、233カ所の病院や82カ所のワクチンセンター、1000人の医師を動員し、また、200カ所の薬局を通じ、ワクチン接種を急いでいる。政府は2月中旬までに1500万人分(2000万回分)のワクチンの接種を目標としているが、すべての成人に1回目のワクチン接種が終わるのは7月12日(約1億回分)となる見通しだ。昨年12月8日から始まったワクチン接種は2月8日現在で1230万人と、1200万人を突破。1月23-24日の2日間で計約100万人分、2月7日も1日だけで54万9000人を達成し、世界的に見ても例がないほど驚異的なペースとなっている。(「中」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事