女子少年院でプログラミング講座 将来の選択肢を広げられるか
室内は緊張感で包まれていた。スクール形式で着席した女子少年たちの前にはラップトップ型のパソコンが設置してある。東京都狛江市にある愛光女子学園で開かれたプログラミング講座には、10代の女子少年8名が参加した。
今回のプログラミング講座は日本マイクロソフト社と認定NPO法人育て上げネットが協働し、無業の若者にコンピューターサイエンスに触れる機会を提供する「若者TECHプロジェクト」の一環で行われた。
制約とチャレンジ
開催にあたり、関係者間でかなりの時間を準備に割いた。愛光女子学園としても、講師陣としても、プログラミング講座の実施は初めてであったからだ。
まず少年院でのインターネットの使用は慎重に検討される必要があるため、オフラインで実施できるコンテンツが求められた。そのため、選択できるコンテンツは限られる。また、女子少年たちのコンピューターに関する基礎知識のレベルもそろえる必要があった。
実際には、タッチタイプがスムーズな女子少年から、日常生活のなかではほとんどPCに触れていなかったのだろうという女子少年までがいた。しかし、ミッションとして提示される内容を把握し、実際に手を動かすにあたってのフォローは必要がなく、難しい漢字やコンテンツ特有の言い回しもスクリーンに投影はしたが、女子少年たちはあまりそれを見ることなく、やってみてダメなら他のやり方をする。それでもわからなければ講師に質問することでミッションをクリアしていった。
学校などでは、プログラミングが得意な生徒が手の進まない生徒に教える、学び合いの環境があるかもしれないが、少年院では教え合うことを前提とするのは容易ではない。
また、今回はトライアルの意味合いもあるため、活用できる時間は2時間というものであった。限られた時間のなかで女子少年が「やってみる」と「やれた」の間を試行錯誤で行き来しながら、達成感や自己肯定感を得られる内容を強く意識した。
そのような制約のなか、担当者が準備したのは、Hour of CodeのMinecraft(マインクラフト)とスター・ウォーズのオフライン版の二種類。どちらも初心者が入りやすく、興味があれば発展的に学びやすいものを選んだ。在院中であればネットには接続できないが少なからずテキストがあり、出院後であれば自学自習でも十分勉強できるものだ。
将来の選択肢に
プロフェッショナルの方々から見れば、このコンテンツをもってプログラミングの習得や仕事につながるかどうかを判断するのは簡単だろう。しかし、これまでの成育のなかで、家庭や学校でプログラミング、それだけでなくパソコンに触った経験が少ない女子少年ばかりであったことは事実だ。
技術的、職業的な視点を短期で持つのではなく、楽しみながらプログラミングのドアを開けてみること、そして、プログラミングそのものよりも、プログラミングを通じて論理的思考を身に付けたり、何度もチャレンジと失敗を繰り返しながらもやりきれる自分を感じていただきたかった。
そのため、講師が講座の冒頭で、「考えること」と「あきらめずにやってみること」をメッセージとしてお伝えした。
実際、受講した女子少年のなかには、過去にExcelと向き合って苦戦した経験や、プログラミングを複雑で高度なもの、つまり、自分たちにはできないものだという認識があったようだ。しかし、ゲームのような形で進められ、それぞれのミッションをクリアできたことで、「自分でもできるかもしれない」と感じていただけた。
講座終了後、プログラミングを仕事にしてほしいわけではないが、楽しいことやもっとやってみたいことがあれば、その道を選ぶこと、可能性は全員に開かれていることを伝えた。そのためか、将来の視野にプログラミングを使った仕事を考えてみたことや、楽しく学ぶことができたこと、そして、ゲームやアプリを使う方法を想像してみたという感想もあった。
たくさんのひとで支えていく
今回、8名の女子少年に対して、講師は3名だったが、日本マイクロソフトの担当者や法務教官なども傍で見守り、ほぼマンツーマンでフォローすることが実現した。それも女子少年がわからないことをフォローするだけでなく、ともに悩み、ときに女子少年の発想に驚き、ともに学び合う教室がそこにはあった。
育て上げネットでは、現在、4つの少年院の在院者へのご支援を通じて、勉強ができないのではなく、わからなくなったとき傍でわかるまで教えてもらえる環境に乏しかった在院者が多いことを実感している。それは少年院に限らず、家庭の状況によって学びの環境に大きなばらつきが生まれる、少なからず日本社会にいる子どもたちと同じである。
わからないことを教室で手を挙げて質問したり、自宅や塾でフォローされ得ない環境で成長してきた女子少年たちにとって、マンツーマンで大人がつき、その大人が入れ替わりながら傍に寄り添う環境は、聞きやすいひとには聞けて、うまくいったことは多くの大人からほめてもらえる。普段から少年院ではそのような矯正教育が行われているなかで、今回のように外部の大人も参画することに、矯正教育の効果がより大きくなる可能性を感じた。
マンツーマンや少人数制で支えていくには大きな労力、ときにコストがかかってくるが、私自身、今回それを目の当たりにし、また、困難や課題を持つ若者や子どもたちへの支援を実践するなかで、それだけのコストをかけてでも若者、子どもたちを支えていく、社会的投資をかけていくことは、日本社会の未来を創ることにつながっていることを実感せざるを得ない。
一方で、ここが少年院という場であることも実感する。楽しい雰囲気で講座が終わった後、女子少年たちは教室を出て、法務教官とともに整列して去っていく際、表情を一気に引き締め、廊下を歩いて行った。
今回のプログラミング講座を終えて、法務省矯正局少年矯正課担当者の鶴旨紀彦氏は以下のように振り返る。
「少年院では,在院者の再非行防止のために就労支援や修学支援等の社会復帰支援に力を入れています。今回のプログラミング講座は、学習指導要領の改訂によるプログラミング教育導入や人材不足が指摘されるIT人材育成に向けた職業指導の強化等への対応という側面から、認定NPO法人育て上げネットに相談させていただき、実現しました。
実際に愛光女子学園でプログラミング講座を実施していただき、在院者が主体的に学ぼうとする姿を見て、この講座が、在院者の積極的に問題解決に向けて努力する姿勢を養うことにつながるのではないかという可能性を感じるとともに、IT関係の職業に興味を持つ在院者の掘り起こしにもつながると感じました。
変化の激しいIT関係の教育について、少年院のみの力で最新の内容を提供し続けることは簡単ではありませんので、今後も、外部との連携を強化しながらプログラミング講座を継続的に実施し、効果的な取組について検討を重ねていきたいと考えています。」
また、日本マイクロソフト社社会貢献担当部長の龍治玲奈氏は、実際にプログラミング講座を通じて女子少年たちの様子を以下のように感じたという。
「初めての経験にもかかわらず、"こういうやり方もあるかな"、"出来るだけ短い行数でたどり着く方法はあるかしら"と試行錯誤されるお嬢さんたちの様子にとても感動致しました。通常自己表現が限られる環境の中で、自らがIn control(かじ取りになる)であることに対して喜びを感じて頂けたのではないかと思います。AI・IoTというSociety 5.0の社会の進む中で、『人間が舵を取る』、人間中心であることを自ら体感頂けたらと思います。又、彼女たち自身も今後、自分のこれからの人生に対してIn controlであって頂きたいと願っています。」
女子少年たちは、それぞれの収容期間を終えた後、社会に出て更生自立を目指していく。そのとき、復学にせよ、就職にせよ、簡単ではない道が待っている。少年院を出院した女子少年に限らず、10代で自立した生活を続けていくのは簡単ではない。そのとき、簡単ではないが、傍で支えてくれるひとがどれだけいるのかによって、彼女らの更生自立の可能性は大きくなるだろう。
参考:女子が女子少年院に入る理由と、出た後のこと-矯正施設スタディツアー見学レポート- BIG ISSUE ONLINE