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「非正規先生」の解雇 生徒の約9割が撤回求める署名を学校に提出

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 今年の1月11日、東京都内文京区にある私立学校「京華商業高校」の非正規教員二人が私学教員ユニオンに加盟し、ストライキを行った。

参考:「私立「非正規教員」もストライキ! 背景に教育の崩壊」

 今年度いっぱいでの雇止めに反対してのことだ。

 

 同校の非正規の教師たちは、「有期専任」という1年更新の非正規教員として働いている。もともとは、専任教員(正規教員)への登用を前提とされていたという。

 また、クラス担任や部活顧問など専任教員と全く同じ業務を行っていた(学校側も団体交渉で正教員と同じ労働をしていたことを認めている)。

 しかし、学校は、二人へ明確な理由も言わずに今年3月末での雇い止めを一方的に伝えられたという。

 そのような中、今回の問題を筆者のヤフー!ニュースの記事で知ったと思われる、京華商業高校の生徒たちが、署名活動に乗り出したことがわかった。

 雇い止めを通知されている先生に来年度もいてほしいという想いを理事長・校長宛の「署名」という形にして、組合員の教員へ提出したのである。

 この署名には、二人が昨年と今年担任を務めた学年の「86%」、約9割もの生徒が署名している

 本記事では、私立学校に蔓延する非正規雇用の実情を踏まえ、今回の生徒の署名提出やそれへの反応について紹介したい。

私学全体に広がる非正規雇用の問題

 まず、私立学校に広がる非正規雇用の実情を確認しておこう。現在、私立高校で働く非正規雇用の割合は、全教員の約4割にまで拡大している。

 2011年の文部省の調査によると、非正規教員の比率は、公立高(19.7%)より17ポイント以上高い、36.8%に上る。

 01年と比べると、私立高の教員数は9万数千人でほとんど変化がないが、正規教員は、退職者補充などが抑制された結果、約4千人減少。逆に非正規教員は2,800人増えて約9%の増加となったという(朝日新聞 2012年10月13日)。

 教育という社会の極めて重要な基盤が、低賃金・細切れ雇用の非正規教員の使い捨てにより支えられているというのは、看過し得ない事態であろう。

 実際に、非正規雇用の蔓延により、多くの弊害が生じている。

 例えば、教員が短期で入れ替わることで、生徒や保護者との信頼関係を構築できず、授業や部活、クラス運営を安定的に行うことが難しくなっている。

 また、不安定雇用の非正規教員は、将来的な見通しもたたず、生活苦からダブルワークをしたり就職活動に奔走し、教育に専念することが困難になっている。

 非正規教員に基幹的業務をさせつつ、低賃金・細切れ雇用で使い捨てることの弊害は、生徒や保護者に多大な不利益を生じさせるのである。

強硬な姿勢の学校側

 さて、今回署名が提出された京華商業高校のケースに戻ろう。

 私学教員ユニオンによると、現在、団体交渉で学校側は、今回の二人を雇い止めするにあたり、「そもそも合理的理由を説明する必要さえない」と主張しているという。

 つまり、「非正規雇用労働者はわざわざ理由など説明せずとも好き勝手に解雇しても良いだろう」というスタンスなのだ。

 その根拠として主張しているのは、学校側が二人には「契約更新や正規化の期待を持たせる言動をしていない」ということだ。

 確かに、労働契約法19条の「雇止め法理」には、「契約更新に合理的な期待が生じているような場合」には雇い止めは無効になると定められており、「期待」が与えられていない場合の法律上の保護は弱いことは事実である。

 しかし、ユニオンによると、学校側から二人へは、更新(専任化)の期待を持たせるような言動が多々あったという。

 だからこそ、二人も一方的な雇い止めに納得ができないのだ。

 まず、最近まで学校のホームページに出ていた求人票には、「2年目以降、専任教諭への登用を前提とする」と明確に書かれている。

 二人が見た求人票も、これと同じものだった。

 また、雇用継続に不安を抱いていた二人は、労使交渉前に、校長との面談のやり取りを録音していたという。

 その音声の記録では、次のようなやり取りが残されている。

組合員:採用の際の書類を見直しても、専任になることを前提とするという記載があるのですが、これは専任になれることを匂わせているということになりますよね?

校長:はい。それは本当にそういう意味合いで書いていると思います。

組合員:そうですよね。そのあと働き始めてから校長先生以外にも様々な先生からも「専任になれるよ」ということをたくさん聞いてきました。そのような事実を校長先生もお認めになりますか?

校長:はい。色々と(専任化に向けた)相談も受けていましたから。

 さらに、今年1月の組合の申し入れの際には、理事長も以下のように有期専任について発言をしていることが記録されている。

 

 「有期専任は専任を期待している人たちです」

 「有期専任には、雇い止めを大前提としていないというのは明確に言っています」

 このような言動からは、二人が「専任になれる」という期待の下に、正規教員と同じように担任や部活の指導に従事していたことがわかる。

 それにもかかわらず、雇い止め理由の議論さえ進まず、団体交渉が膠着状態に陥っている。生徒が署名活動を行ったのはそのような状況下であった。

生徒署名の内容

 生徒が集めた署名の内容は以下のようなものだ。

 高校生が作るものとしては「整ったもの」であり、以下で学校側が言うように(後述)組合員の教員が指南をしたと感じる方もいるかと思う。

 しかし、繰り返しになるが、この署名は生徒たちが独力で作成したものだという。おそらく、ネットなどで様々な署名のフォーマットを調べて作ったのだろうか。

 この署名にほとんどの生徒が署名している。生徒たちが先生の状況を思いやり、自主的に行動した事実には、感嘆せざるを得ない。

「有期雇用の先生に対する不当解雇の解消を求める請願」

京華学園理事長殿

京華商業高等学校校長殿

【請願趣旨】

・有期専任の教職員に対し、専任への登用を前提として働いてもらっていると有るにもかかわらず、一方的に雇い止めをした件

・残業代未払いや過労死基準に極めて近い長時間労働を強いられ、専任化の期待を告げられていたため耐えて働いていたのにもかかわらず具体的な説明をせず、雇い止めをした件

その趣旨から以下のことを請願します。

【請願事項】

・雇い止めをした教員に対して雇い止めを中止し、これまで通り働いてもらうこと

・雇い止めをする場合は正当な理由を提示し了承を得ること

署名に対する学校の反応

 しかし、この署名を生徒から託された非正規教員二人が、団体交渉で学校側へ渡したところ、学校側は署名の受け取りそのものを拒否したという。

 そのうえ、次のような暴言を投げかけたというのだ。

「全く何も感じない。返す。」

「生徒が書いているかわからない。」

「生徒を巻き込んだ。」

「こんな難しい書面を生徒が作れるはずがない。」

「自主的に作ったと見えない。」

「この場に出すのは失礼。」

「署名に対する評価はゼロ。」

「雇い止めの結論は変わらない」

「署名を集めた生徒へは学校の判断だからとだけ伝えたらいい」

 ユニオンによれば、今回の署名は、組合員の教員が生徒たちに頼んで署名を集めさせたのでは決してないという。

 生徒を巻き込むことはできない、生徒だけは守る、これが組合員の教員たちの想いだからだ。

 自分たちが働き続けたいのも、非正規雇用の教師が次々に入れ替えられる職場環境では、生徒たちの指導が保障されない。その状況を改善したいと決意したからなのである。

組合員の想い

 当事者の教員二人は、想いを次のように語っている。

Aさん

「子供たちの頑張りを踏みにじるかの様な態度への怒り」、今回の団体交渉の私の感想は、これに尽きます。

本校の生徒が、この様な書面を作成し、署名を集めてくれたことに、どれほど彼等の努力があったかは現場で見ている教員なら、直ぐに理解できるはずです。それに対して、教育機関である学校が、この様な態度、暴言を発してきたことに強い憤りを禁じ得ません。

生徒がかき集めてくれた署名を見ると、今でも私は涙が止まりません。そんな生徒たちに、あの様な言葉、態度を取った学園を許しません。

Bさん

雇い止めのことを知った生徒から「先生ー。来年も担当して欲しいです」、「先生がいなくなったら折角成績伸びたのにまた戻っちゃいますよ。」、「先生の話を色々聞いて勉強頑張ろうと思ったんですよ」と言われました。

保護者の方からも「先生が一生懸命やっているのは子供達にスゴく伝わっていますよ」、「先生のことをうちの子凄く信用しているみたいなんで、宜しくお願いします」、「先生がいなくなることを聞いて、どうすれば阻止できるか家族会議しましたよ。お通夜のような空気でした」とも言われました。

沢山の言葉を頂いて、それを学校に聞いてもらいたいと思っていましたが、生徒を巻き込むことは躊躇していました。

そんなとき生徒が「署名を集めたんですけど‥‥」と持って来たときは鳥肌がたち、涙が出そうになりました。

この思い何とか伝えようと思って団体交渉で学校側へ提出しましたが、予想外すぎる反応に怒りで手が震えました。何があっても生徒を一番に考えるのが教師だと私は思っています。生徒の行動を無下にするこのような学校の対応を、沢山の方に知っていただきたいです。

「消費者」に波及し始めた「労働問題」

 実は、最近では保育や介護の分野で、サービスを提供する労働者の「労働問題」に対し、消費者(利用者)が共感し、支援するというケースが現れ始めている。

 例えば、名取市のある保育園では、パワーハラスメントを告発した保育士たちに保護者たちが共感し、保護者説明会で園に改善を求めたり、署名も集められている。

 サービスを提供する労働者の労働環境が悪ければ、結局は利用者へのサービスに影響する。だからこそ、労働問題は「消費者にとっての問題」へとつながっているのである。

 こうした事態は、今回の私立学校の非正規教員問題も含め、ますます社会全体に拡大していくのではないだろうか。

おわりに

 私学業界では、長時間労働、残業代不払い等はもちろん、京華商業高校の二人に対するような、非正規労働者を低賃金・細切れ雇用で使って、都合よく使い捨てるという雇い方をしている学校が少なくない。

 生徒のためを思う、不当な待遇に耐えている先生は、全国に相当な数いるに違いない。下記に、今回の二人が加入している私学教員ユニオンや、その他の労働相談窓口を記して置いた。

 ぜひ、不当な環境に泣き寝入りをするのではなく、一度相談をしてみてほしい。

無料労働相談窓口

私学教員ユニオン

03-6804-7650

soudan@shigaku-u.jp

*私立学校で働く教員で作っている労働組合です。多数の学校に組合員がいます。正規・非正規にかかわらず、一人からの相談にも対応します。

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。労災を専門とした無料相談窓口

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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