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久保建英は「運」を持っているか?

小宮良之スポーツライター・小説家
バレンシア戦でスペインデビューを飾った久保建英(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

―レアル・マドリーから期限付き移籍をした久保建英(18歳、マジョルカ)は、本当に戻って活躍できるだろうか?

 最近は週刊誌などの取材で、しばしばコメントを求められる。質問の趣旨としては、問題点を聞き出したいのだろう。しかし正直、肯定的な言葉しか思い浮かばない。

久保はマドリーに戻って活躍できるか?

 無論、問題点などいくらでも挙げられる。

 そもそも、簡単な確率の話をするなら、可能性は相当に低い。世界王者マドリーのトップチームに戦力として復帰する。そうなるケースは、マドリーからレンタルで移籍した選手の内で10分の1に満たないのだ。

 例えば昨シーズン、スペイン1部ラージョ・バジェカーノに期限付き移籍でプレーしたスペイン人FWラウール・デ・トマスは、スペイン人で3番目に多い14得点を荒稼ぎしている。20チーム中20位の弱小チームで、立派な結果を残した。しかし、復帰は許されなかった。結局、2000万ユーロ(約24億円)でポルトガルの強豪、ベンフィカに完全移籍しているのだ。

 そして一昨シーズン、フランスのリヨンで得点ランク10位以内の18得点を記録したFWマリアーノ・ディアスは、マドリーに戻ることはできた。しかし昨シーズンは満足な出場機会を与えられず、リーグ戦の先発は3試合のみだった。それでも3得点したことは、実力を示したと言えるが、今シーズンも定位置は取れないままだ。

 久保がマドリーに戻って活躍する可能性を数字にするなら、せいぜい10%だろう。

 にもかかわらず、筆者は楽観的な意見を口にしてしまう。それは理屈抜きに、久保が星を持っているように見えるからだ。天運に恵まれているというのか。スター性と置き換えてもいい。

10%を超える確率

「選手の成熟するスピードはそれぞれ違う。マドリーやバルサのようなクラブでは、(若くして)一気にジャンプアップするのは簡単ではない。運にも恵まれないとね」

 レアル・マドリーで選手、監督としてリーグ制覇を経験したホルヘ・バルダーノは、「運」についての意見を述べている。

「私は必要性から(当時17歳だった)ラウールを抜擢した。次のシーズン、ミヤトビッチとスーケルがやってきた。(世界レベルのFWが来たことで)もしラウールが1年目にプレー経験を積み重ねることができていなかったら、チャンスの道は閉ざされていたかもしれない。いきなり(世界の一流FWと)ポジション争いをするのは厳しかっただろうからね。若手は試合経験を積めるかどうかなんだ」

 鶏が先か、卵が先か、ということか。

久保は、ラウールにはなれなかった。しかし、マジョルカという場所を選択することで、試合経験を積もうとしている。

 実際、彼はそうやって力をつけてきた。

 象徴的なのが、昨年、出場機会に恵まれなかったFC東京から横浜F・マリノスに期限付き移籍し、いきなり得点を決めた試合だろうか。「持っている」と言われる目覚ましいゴールだった。しかし実は得点シーン以外、なにもできていない。

 そこで、久保は「持っている」ことにすがらなかった。出場機会を減らしたこともあって、体を作り直している。守備もできるように気持ちも切り替え、前向きに取り組んだ。

 その結果、今年戻った東京で、定位置をつかんでいる。試合に出始めると、ポジションにしがみつくなどしていない。試合の中で、決定的な仕事をし、それを続けた。

「全く変わっていた」

 東京のチームメイトがそう洩らすほど、久保は大人の選手になっていたという。

 久保は自分という選手をアップデートすることができる。それをチームに還元し、勝たせられる。事実、東京は首位に立った。その姿に、人は眩しさを覚える。しかし、本人は少しも飽き足らない。

 この点、久保の最大の才能と言える。

「我々はチャンピオンしか求めない。そのチームをリーダーとして勝たせられるか。そういう人材だ」

 マドリー、バルサとビッグクラブの人材理念である。

気運を味方に、目の前の戦いに集中できる

 大げさに言えば、久保は時代の流れを味方にしている。

 2020年に東京でオリンピックが開催されることによって、「東京五輪世代」の選手たちが頭角を現しつつある。活気が後押しになっているのか。冨安健洋、堂安律の二人はすでに代表で定位置をつかみつつあり、他にも上田綺世、安部裕葵、三好康児、板倉滉、岩田智輝、田中碧、相馬勇紀らが著しい台頭を見せる。2002年日韓ワールドカップの時もそうだったが、自国開催のビッグイベントは世代丸ごとに影響を与えるのだろう。

 東京五輪世代でも年少の18歳の久保は、日本代表でもすでに主力を争う立場にいる。9月5日のパラグアイ戦は、スペインデビュー後の凱旋試合となるか。与えられた背番号は17だ。

「選ばれた理由を見せるだけ」

 そう語る久保は、目の前の戦いに集中している。サッカーに対して、とことん真摯な姿勢。それが運を引き寄せるのかもしれない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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