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シリア:トルキスタン・イスラーム党はサマーキャンプを楽しむ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
2024年6月10日付トルキスタン・イスラーム党

 シリア紛争(2011年~)に伴う戦闘が小康状態になっているとはいえ、シリアとシリア人民に平和や安寧がもたらされたわけでは決してないとはかねてからの筆者の主張である。しかし、その一方で外部から潤沢に供給される資源に依拠し、紛争や震災(2022年)、イスラエルによる日常的な空爆、各国が科す経済制裁に起因するシリア人民の困窮とは無縁の暮らしを楽しんでいる者たちがいることもまぎれもない事実だ。そのような暮らしをしている者たちのなかには、本来は「悪の独裁政権」による「腐敗した統治」を打倒して「シリア人民を助けてやる」と称してやってきたイスラーム過激派の外国人構成員が含まれる。「イスラーム国」や「シャーム解放機構(旧称:ヌスラ戦線。シリアのアル=カーイダ)」、「シャーム自由人運動」は外国からヒト・モノ・カネなどの資源を受け取った大口のイスラーム過激派勢力なので、その構成員はたとえシリア出身でも一般のシリア人民の困窮とはかけ離れた生活をしていることだろう。また、本当に組織ぐるみで外国から入植してきた(派遣されてきた)「アンサール・イスラーム団」の運営状況や構成員の暮らしぶりは、同派の広報を見ている限りかなり恵まれたものだ

 最近、シリアに入植して恵まれた生活を送る、あるいは「楽ちんな」ジハードを満喫する外国のイスラーム過激派の代表格である「トルキスタン・イスラーム党」がその恵まれたジハード生活を誇示するかのような動画を公開した。動画は、「夏の訓練、トルキスタンの勇者たちが加入に殺到する」と題する2分半程度のものだが、この作品が興味深いのは、単に(おそらく世界各地から同派の占拠地に来たであろう)未経験者の訓練と思われる動画のようだという点ではない。長年イスラーム過激派の訓練基地やら、教練やらについての広報作品群を眺める生活を強制されてきた筆者としても、こんな素敵な軍事教練を見たことないという程度に厳しく熱意に満ちた教練だという点が興味深いのだ。これはもはや、訓練というよりはサマーキャンプと呼んだ方がいいくらいだ。普通、ジハード戦士(ムジャーヒドゥーン)の基礎体力訓練と言えば野外でやるものだが、写真1は多様な近代的な危機を並べ、扇風機まで備えたきれいで快適なトレーニング室で営まれる。

写真1:2024年6月10日付トルキスタン・イスラーム党
写真1:2024年6月10日付トルキスタン・イスラーム党

 ムジャーヒドゥーンの勇敢さを称揚するのもこの種の訓練動画の定番だが、そこでの「お約束」ともいえる乗馬のデモンストレーション(写真2)も当然のように盛り込まれる。幼児も見物に来ているようなので、訓練(キャンプ)がとてもアットホームで地域の住民にも親しみやすいものであることがうかがえる。水泳もムジャーヒドゥーンの暮らしを紹介する動画や画像で取り上げられる頻度が比較的高い題材だ。しかし、水泳は軍事的訓練というよりは娯楽と認識されている場合が多く、今般の作品でも写真3の通りシリア北西部のどこかにある娯楽施設を占拠したところのプールでの快適なお遊びとして取り上げられている。

写真2:2024年6月10日付トルキスタン・イスラーム党
写真2:2024年6月10日付トルキスタン・イスラーム党

写真3:2024年6月10日付トルキスタン・イスラーム党
写真3:2024年6月10日付トルキスタン・イスラーム党

 シリアで暮らす外国起源のイスラーム過激派が自分たちの恵まれた暮らしぶりを発信するのには、当然訳がある。これらの作品を見てシリア人民をないがしろにするイスラーム過激派の傲慢に怒りの炎を燃やすのは筆者くらいだろう。大抵の人々にとって、これらの作品は、人員勧誘や寄付の要請のための広報素材として認識されるのではないだろうか。今般の作品のような「楽しい」ジハード訓練は、生活水準の高い地域に住む若者を休暇期間を使って「訓練」に誘致する事業が行われていることすらうかがわせる。彼らを誘致することで、組織の広報、トルキスタン・イスラーム党の場合は世界中のウイグル人との仲間づくりなどを図ることができるし、参加費用を徴収すれば営利事業にすらなる。また、参加する側にしても、新疆ウイグル地区やシリアで抑圧されている仲間を救うためのジハードに参加しているという「体験」や「アリバイ」づくりになる。このような営みは、1990年代にはアフガニスタンで活動していたアラブのイスラーム過激派、2012年~14年頃はイラクやシリアで広域を占拠した「イスラーム国」の活動と類似しており、その時分は「観光ジハード」と呼ばれていたものだった。

 つまり、トルキスタン・イスラーム党による「観光ジハード」事業には、同派にとっては資源の調達の役に立つし、参加者にもまさに「観光気分で」ジハードに参加できるという利点があるのだ。さらに、「観光ジハード」をただの戦争ごっことバカにして眺めてはいけないのは、それがアフガニスタンのアラブのイスラーム過激派の「観光ジハード」が、後日アル=カーイダや「イスラーム国」に発展するネットワークづくりの一環だったからだ。「観光ジハード」の参加者勧誘や旅程の世話をする機能は、先進国を含む各地に広く分布していることだろう。また、参加者たちが(ほぼ間違いなくトルコの空港と同国の領土を利用して)イスラーム過激派が占拠するシリア領へと密航するのも、ちょっとした思い出作りくらいにしかならない程度の「スリルに満ちた」営みになっているのだろう。結局のところ、この種のサマーキャンプが公然と行われることは、世界規模でイスラーム過激派に対する監視や取り締まりが弛緩していることを意味するとともに、イスラーム過激派が将来ネットワークを拡大・活性化させる危険性を関係当局が放置していることを示すに他ならない。もちろん、こうした行為は住処も資源も社会基盤も外国起源のイスラーム過激派と「観光ジハード」のに参加する「お客さん」に取り上げられたシリア人にとって、有害無益なものである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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