北欧流の話し方が誤解を生んだ?デンマーク首相は正直すぎたのか
北欧デンマーク領グリーンランドの買収に、デンマーク首相が関心がないことを受けて、トランプ大統領は約2週間後に控えていた訪問の延期を突如発表した。
21日、デンマークのフレデリクセン首相は記者会見し、「驚いた」が、両国の良い関係は変わらないと強調。
トランプ大統領は、デンマーク首相のそもそもの発言はアメリカに対して失礼であり、ほかの言い方ができただろうと発言している。
大統領が気分を害したという首相の発言だが、元は「デンマーク語」でされていて、「大統領ではなく、現地の記者に向けられていた」ことに注目したい。
北欧流の話し方が英語翻訳されて、大統領の耳に入ってしまった
デンマークだけではなく、ノルウェーやスウェーデンもそうなのだが、北欧各国では「平等」精神が重んじられているため、カジュアルでストレートな言い方をする傾向がある。
アジアでは上下関係や伝統を重んじる競争社会の傾向が強ければ、北欧ではオープンで対等な関係がより重要となる(アカデミックな理論では、前者をマスキュリン、後者をフェミニンという言い方をする)。
それは言動、服装やライフスタイルにも反映される。
私が住んでいるノルウェーの人々は、国際的にはこう笑いのネタにされることがある。「国際ビジネスの場で、ネクタイをせずに、スニーカーやリュックサックで登場する」と。
権力や影響力のある人が、「偉そうにせずに、普通の人らしくいる」のは現地ではプラスに映るのだが、他国ではカジュアルすぎて「失礼」と誤解されることがある。
率直でカジュアルな話し方をする政治家
週末には国民と同じような過ごし方、同じような食べ物、ざっくばらんな話し方など、「普通の人らしい」、「国民的」だと、政治家は人気が出る。各国の首相や政治家が、SNSのインスタグラムに、庶民的な写真を投稿する傾向の背景だ。
記者との距離も近い。記者は批判的な質問を自由にすることが許され、政治家は答えたくなければうまく交わして答えない。北欧の記者と政治家の距離感は独特であり、より人口が多く上下関係を重んじるカルチャーがある国では驚かれるだろう。
この場合、北欧各国の政治家たちの発言が、「現地の記者に対し、母国語でされていたのか」、「国際メディアに対し、英語でされていた」のかは大きな違いを生む。
だから、私はできる限り、両方の言語で記者会見や報道がされていれば、両方チェックする。発言内容やニュアンスが微妙に異なるからだ。
ノルウェー語が分かるので、スウェーデン語とデンマーク語はなんとなくわかるが、例えばフィンランド語は全然違う。今後はフィンランド政治ももっと報じていきたいので、今はフィンランド語を勉強中。北欧の人々は英語は確かに得意。だが政治となると、何語での発言かで、入ってくる情報量や見えてくる光景が圧倒的に違うのだ。
自分たちの発言がまさか国外で報じられると、あまり想定していない
北欧言語はそもそも国際的にはほとんど使用されていない。各国の政治家が母国語で話すときは、現地メディアを通して、国民に向けて発せられている。
「こんな小さな国のことは、国際ニュースにはならないだろう」という思いが強いので、北欧以外の国で翻訳されて報じられる可能性を念頭に置いていない。だから、市民に向けた、ストレートでカジュアルな話し方をする。
一方で、国際メディア向けの英語でされた発言の場合、ちょっと内容が異なってくる。現地記者には言わないであろう発言がポロリとでてくることもあれば、「国際的に良いイメージを持たれたい・大国に住む多くの人々に届くかもしれない」という責任感とストレスで、建て前、綺麗事しか口にしないこともある。
政治家たちにとって、どちらが精神的に楽かというと、国際メディアだ。国際メディアは現地記者より批判的な質問をばんばんしてこないから。「国際メディア対応のほうが楽だ」とほっとする政治家や秘書たちの発言を、私はとても頻繁にノルウェーで耳にする。
大統領の耳に入るという認識があれば、言い方を変えていた?
だから、今回のデンマークのフレデリクセン首相のデンマーク語での発言がそのまま英語に翻訳されて大統領の耳に入ったのは、アンラッキーだったかもしれない。そのまま届くと意識していれば、もっと丁寧な言い方をしていただろう。
確かに、首相はデンマーク語で「グリーンランドは売り物ではありません(セール中ではありません)。幸運なことに、他国や国民を買収するという時代は終わっています」、「ばかげた議論です」とは言っている(ABCニュース、TIME、Reuters)。
もし、相手が英語圏のメディアであれば、もうちょっと遠回しで、柔らかい言い方をしていただろうとは思う。
「一国の首相なら、国際メディアで報じられる可能性も考えるべき」と思う方もいるかもしれない。
しかし、北欧各国の人々は、自分たちが「小国」であるという認識が本当に、異常に強い。自分たちの言葉が英語などに翻訳されて他国でニュースになる可能性を、常に頭に入れろというのにも、多少の無理があるのだ。
若い首相の経験値も問われる
また、フレデリクセン首相がまだ若いということにも、注目はある程度集まっている。
デンマークでは今年に国政選挙が行われ、中道左派・社会民主党のフレデリクセン首相が首相に就任した。国際メディアでは、「現地では史上最年少の41歳女性の首相」ということがニュースの見出しとして踊る。デンマークで2人目の女性首相で、その統率力はこれから評価されることになるが、まだ国のリーダーとしての経験は浅い。
発言が原因でトランプ大統領が訪問を延期するという異例の事態は、首相となったばかりの彼女にどれほどの影響を与えるかにも、ノルウェーのメディアでは指摘されている。
前述したように、北欧各国は小国であるという認識が強い。米国の大統領が自分たちの国を訪れてくれる、自分たちの首相が米国の大統領と直接コミュニケーションするということは、一大事で重要なことだった。
国民の心を、そのまま口にしてしまった
「私たちは2019年に生きている。このような形で、人を買収したりはしないものだ」、「大統領は子どもっぽい」というデンマーク現地の人々の声は、北欧他国ノルウェーなどでも紹介されている。
一方で、「大統領が感情的になりやすい人だとは分かっていることで、彼の提案をばかげているかのように対応すれば、悪い状況にいく可能性はあっただろう」という専門家の指摘もある(ノルウェー国営局NRK)。
デンマーク首相のストレートな意見は、国民の意思をそのまま反映したもので、国民には受け入れられるだろう。
だが、前回の記事でも書いたように、現地の国民やメディアの本音をそのまま首相が表現してしまったら、外交にはヒビが入りやすい。ただでさえ、北欧の人々はストレートに、上下関係を考えずに話す傾向があるから。
デンマーク語での記者と首相のやり取りが、英語に翻訳されて、都合の悪い部分だけが大統領の耳に入ってしまったのは、首相の想定外だったのではないだろうか。
21日の記者会見で、フレデリクセン首相は大統領が来ないことを、「残念に思う」とコメント。主にデンマーク語で、一部は英語で話していたことから、国際的な注目が高かったことも予想される。
用意された紙を何度も見ながら、発言に注意していたことも印象に残った。正直すぎる発言で、これ以上大統領の気分を害さないようにとの配慮だろうか。
「バランスを取ろうと、首相は必死でしたね」。デンマーク首相の会見の生放送を見ていたノルウェーの政治記者は番組でコメントした。私もそう感じた。
言いすぎた?
大統領の提案を「ばかげている」とは言い過ぎだったのではと、現地メディアも指摘し始めた。
首相は、「デンマーク側として、とても丁寧に回答したと、私は思っている。グリーンランドがセール中ではないことは、国民の間でも広く共有されている認識」と答えている。
一方で、両国の関係が良いことには変わりにはないと、首相は強調。
「トランプ大統領と口喧嘩をする必要はない」と、騒動が沈静化することを願う首相の見解をデンマーク国営局は報じている。
Text: Asaki Abumi