決死の投薬テスト、奇病「バク」と人々の戦い
人類の歴史は病気との戦いの歴史と言っても過言ではありません。
日本でも八丈小島ではバクと呼ばれている奇病が蔓延しており、多くの島民を苦しめてきました。
この記事ではバクとの戦いの軌跡について紹介していきます。
新発見
1950年5月、佐々は再び八丈小島を訪れ、前回の調査で採血した村人たちのフィラリア感染状況を確認し、新たに持参した薬品DEC(スパトニン)の効果を試すための治験を行いました。
同行した加納や若手研究員たちとともに、全島民の採血を行ったのです。血液中のミクロフィラリアの有無を顕微鏡で調べたところ、驚くべき発見がありました。
佐々が観察したミクロフィラリアは、従来の日本で確認されていたバンクロフト種ではなく、マレー種のものであったのです。
マレー種は象皮病を引き起こすものの、陰嚢水腫や乳糜尿といったバンクロフト種に特有の症状は伴いません。
佐々は以前の調査で、八丈小島の島民に陰嚢水腫や乳糜尿が見られなかった理由が、マレー種であったことに由来することを理解したのです。
日本国内でマレー糸状虫が発見されたのはこれが初めてであり、その後も八丈小島以外では確認されていません。
この珍しい寄生虫の発見に佐々は大きな興奮を覚えました。
彼は、八丈小島の住民が遠く東南アジアから漂流してきた祖先の影響で、このマレー糸状虫が土着化した可能性を示唆したものの、その正確な起源は未だ解明されていません。
寄生虫学者の森下薫は、八丈小島の住民が遠方の南方地域で感染しそれを持ち帰った可能性を指摘したものの、マレー糸状虫がこの島で土着化したことは非常に珍しいと強調しました。
もしこの寄生虫が動物であったなら、特別天然記念物に指定されていたかもしれないと、佐々はその発見の重要性を噛み締めたのです。
こうして、八丈小島のフィラリア研究は新たな展開を迎えました。
投薬テスト
1950年5月、佐々はスパトニンを用いたフィラリア駆除薬のテストを目的に再び八丈小島を訪れました。
しかし、そこで偶然にもマレー糸状虫の存在を発見したことで、今回の試験に不安が生じたのです。
スパトニンはバンクロフト糸状虫に対して効果が確認されていたが、マレー糸状虫に対しても同様に有効かどうかは未知数だったのです。
それでも、佐々はリンパ系フィラリア虫という共通点から効果を期待し、投薬を決行することにしました。
5月12日、ミクロフィラリア保虫者たちに対し、スパトニンが分配され、世界初のDECを使った集団投与が開始されたのです。
しかし、投薬後5時間ほどで島民たちが高熱や吐き気に襲われ、パニック状態に陥りました。
これが投薬による副作用であることは知られておらず、佐々はテストを中止しようとしたのです。
しかし研究員たちの説得により、一部の患者に投薬を継続することに決めました。
結果、スパトニンはマレー糸状虫にも有効であることが確認されました。3日間の投薬でミクロフィラリアの数が半減し、10日間継続した患者からは完全に消滅したのです。
最初の発熱を除けば、その後の体調に大きな変化は見られず、スパトニンが効果を発揮したことが証明されました。
この成功により、佐々は後年、研究員の説得がなければ、日本のフィラリア症対策の歴史は変わっていたかもしれないと振り返っています。
この調査は約2か月にわたり行われ、スパトニンがマレー糸状虫に対しても有効であるという世界初の成果をもたらしました。