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「1933年8月22日」はドイツでユダヤ人がプール利用禁止になった日「小さな偏見から恐ろしい悲劇に」

佐藤仁学術研究員・著述家
(アウシュビッツ博物館提供)

第二次世界大戦時にナチスドイツが支配下の地域でユダヤ人を差別、迫害して約600万人のユダヤ人、ロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。そのホロコーストの象徴的な存在の1つがアウシュビッツ絶滅収容所。アウシュビッツ絶滅収容所では欧州からのユダヤ人やロマ、政治犯ら110万人以上が殺害された。

アウシュビッツ絶滅収容所は現在でも世界中からの観光客や欧米、イスラエルの学生らが社会科見学で訪問しており、2019年には過去最高の230万人以上がアウシュビッツ絶滅収容所を訪問していたが、2020年は世界規模でのパンデミックの影響で、アウシュビッツ絶滅収容所博物館も一時閉鎖しており、昨年の訪問者数は52万人程度だった。それでも現在でもアウシュビッツ絶滅収容所は世界的な観光名所の1つである。

そして、アウシュビッツ博物館ではツイッターでも世界中に向けて、様々な情報発信を行っている。世界的に根強い反ユダヤ主義に対しても警鐘を鳴らすツイートも多い。

ウィーゼンタール氏「小さな偏見が、最終的に恐ろしい悲劇を生み出す恐れがある」

そして1933年8月22日は、ヒトラー率いるナチスが政権をとったドイツで、ユダヤ人が公共のプールを利用禁止にされた日である。ナチスドイツは政策としてユダヤ人差別を行っており、プールだけでなく、劇場や映画館、公園、博物館へのユダヤ人の立ち入り禁止、病院や鉄道車両でのユダヤ人の分離、個人所有の車やラジオを没収、公務員などへの就業禁止、アーリア人の学校への通学禁止など日常生活に関わるユダヤ人差別の政策を出していった。

このような差別の政策が積み重なって、最終的にナチスのユダヤ人政策は「労働を通じた絶滅」となり、ユダヤ人は強制収容所でナチスドイツのために死ぬまで働かされた。そしてナチスドイツのために働くことができない老人や子供は、収容所に到着したら「選別」されてガス室で抹殺されてしまった。

2021年7月に開催された東京五輪で関係者が過去にユダヤ人ホロコーストを揶揄していたことから、サイモン・ウィーゼンタールセンターが怒りの抗議文を表明して、即解任されていた。ウィーゼンタール氏はホロコーストの生存者で、自身がナチスに差別され、収容所を転々とさせられて生き延びることができた。

そのウィーゼンタール氏は「ホロコーストは、ある日突然やってきたのではない。ナチスは何百年も続いてきた人々のユダヤ人への偏見を利用して、段階的にユダヤ人の権利を奪っていった。そしてプロパガンダを使って、ユダヤ人は人間以下の生き物だという考えを人々に植え付けていった。最初の頃ユダヤ人は、文明国であるドイツの国民が、ヒトラーのような狂信的な人物に惑わされることなど、まさかないだろうと思っていた。でも気が付いた時には、もう遅かった。ナチスは最初からユダヤ人虐殺計画をガス室と焼却炉を使ってスタートしたのではない。小さな偏見が、最終的に恐ろしい悲劇を生み出す恐れがある」と語っており、日常の小さな差別やいじめが最終的には大量殺戮に繋がる危険性があることを危惧していた。

障碍者差別といじめ問題にも言及していたウィーゼンタールセンター

最後に余談だが、日本ではウィーゼンタールセンターが東京五輪の関係者でホロコーストを揶揄していた人だけに抗議文を出していたように報じられていた。だが同センターでは、過去に障碍者をいじめていた人のことも非難していた。「“Any person, no matter how creative, does not have the right to mock the victims of the Nazi genocide. The Nazi regime also gassed Germans with disabilities. Any association of this person to the Tokyo Olympics would insult the memory of six million Jews and make a cruel mockery of the Paralympics,”」とラビのアブラハム・クーパー氏は「ナチスはドイツ人の障碍者もガス室で殺していました」と訴えていた。

ナチスドイツは働くことができないドイツ人の障碍者もドイツのガス室で殺害していた。ウィーゼンタールセンターはユダヤ人迫害だけでなく、人種や民族を問わずに障碍者への差別といじめも絶対に許さないという強い姿勢を見せていた。ウィーゼンタールセンターのリリースなので世界中のメディアが報じていたが、日本での報道では過去のホロコーストを揶揄した人が解雇されたことばかりに集中していた。だが海外のメディアでは、ナチスがドイツ人の障碍者をガス殺していたこと、そして東京五輪では障碍者をいじめていた関係者も解雇されていたことを伝えて、ホロコースト揶揄だけではなく、いかなる障碍者差別もいじめも絶対に許さないという強い論調で報じていた。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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