菅首相、山田真貴子広報官を「厳重注意」しても、全く”無意味”
菅義偉首相の長男・正剛氏が勤める放送事業会社「東北新社」による接待問題で、総務省は24日、利害関係者からの違法接待であったことを認め、次官級の谷脇康彦、吉田真人両総務審議官を減給とするなど、計11人を“懲戒処分”した。
山田真貴子内閣広報官についても、2019年7月から20年7月まで務めた総務審議官時代、正剛氏らから7万4000円を超える最も高額な接待を受けていたことが問題になっていたが、菅首相が24日、「山田内閣広報官に対し、官房長官に指示して厳重に注意した」と述べた。また、山田氏は、給与を自主返納するとのことだ。
この「厳重注意」というのは、一体どういう意味なのだろうか。
一般職国家公務員には、国家公務員法96条の、「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」との服務(業務上守らなければならない最低限のルール)の根本基準や、99条の「信用失墜行為の禁止」など、根本的に守らなければならない規程が適用される。総務省の職員は、一般職国家公務員であり、違反すれば82条以下の懲戒処分の対象となる。
そして、1990年代後半、「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」に代表される、大蔵省・厚生省・通産省等の幹部公務員が、豪華な飲食や贈り物・旅行・ゴルフなど、規制対象の事業者から過剰接待を受けていた問題が多発し、社会問題化したことを受け、抽象的な服務基準・服務規程に加えて、飲食・贈答等に関する公務員倫理を立法化すべきであるとの声が高まり、「国家公務員倫理法」が制定された。
同法に基づいて制定された「国家公務員倫理規程」では「利害関係者から供応接待を受けること」などが明確に禁止されている。谷脇氏らの行為は、公務員倫理規程に違反するとして、国家公務員法による“懲戒処分”を受けたのである。
谷脇氏らが「懲戒処分」を受けたのに、7万円もの高額接待を受けていた山田氏が懲戒処分もされず、「自主返納」にとどまるのはなぜか。それは、山田氏が総務省を退職して、一般職公務員の身分ではなくなっているからだ。
退職後であっても、業務密接関連法人に任用されることを前提に退職する「退職出向」の場合には、退職前の行為について懲戒処分ができるという例外規定がある(国家公務員法82条2項)が、山田内閣広報官の場合、これには当たらない。
そのため、総務省が、山田氏を、退職前の倫理法違反の行為について懲戒処分することはできないのである。そして、内閣広報官の身分は現在「特別職の国家公務員」であり、懲戒処分の対象とはならない。
「特別職」とは、試験任用を前提とする「一般職」とは異なる公務員であり、選挙によって選出される国会議員や、政治的に自由に選出される大臣、行政でなく司法に関わる裁判官及びその他の裁判所職員、選任が一般職と異なる自衛官など、多岐にわたる。そして、「国家公務員法」はあくまで「一般職」を対象とした法律であり、「特別職」には適用されない。
そのため、「特別職」は、それぞれ個別に、職務に応じた規制を受けることになる。内閣広報官は、服務について内閣法に規定があり、国家公務員法の根本的な服務基準・服務規程が準用されている。しかし、「国家公務員倫理法」や「国家公務員倫理規程」による規制は受けないし、あくまで内閣法が準用するのは「服務」の部分だけであり、懲戒について、独自の規定も、準用の規定もない。「特別職」には対しては、倫理に違反しても、罰則が適用されない。まるで“特別待遇”である。内閣広報官に対しては、本人の“倫理観”による公正・適切な行為を期待するしかないのである。
つまり、菅首相が山田氏を「厳重注意」した、と言っても、何らの権限にも基づかないものであり、仮に“注意”が「無視」されても、内閣広報官の地位には何も影響ない。内閣広報官を継続させるのであれば、不問に付していることと変わらない。成人して堂々と飲酒できるようになった人間に対して、未成年時の飲酒が発覚して「厳重注意」しているようなものなのである。
「特別職」といっても、自衛官にも、国会議員にも、裁判官にも「懲戒規定」は存在する。懲戒規定がないのは、大臣や、大臣補佐官、大臣秘書官など、昔から政治的に自由任用が許されてきた国家公務員と、公使などの特権的な公務員などである。
内閣広報官に懲戒処分の規定がないのは、政治的に自由任用できる国家公務員なので、不適切な行為をする者がいた場合には、任命権者が政治的責任を問われることになり、その者の解任や交代が期待できるからである。
以前、同じく「特別職」で懲戒規定がない「副大臣」が、中国への情報漏洩を疑われた際、こうした特別職国家公務員に対して、懲戒処分を含めた罰則規定を設けるべきではないかとの議論があったが、政府は、そうした規定を設けることは「検討していない」と回答している。当時は二大政党制の確立が期待されていた時代であり、与野党均衡の下、政治的責任の意味合いも重いものであったため、政治的な任用を自由に円滑に行うことに比重をおくことにも合理性があったのかもしれない。
しかし、その後の安倍長期政権の中で、政府の政治的責任は軽くなり、自由任用が「濫用」され、言うことを聞く人を登用し、また、お気に入りに不適切な言動があっても放任する、といったような、「情実任用」が目立つようになってきた。こうした状況下では、政治的に自由任用する一部の「特別職」について懲戒処分の規定がないことは、合理性がなくなってきているのではないだろうか。
現在のような厳格な公務員試験による一般職公務員制度は、自由任用を原則としていた明治政府において、藩閥の情実任用が横行し、薩長による政府の私物化が批判されて、試験任用の制度に転換したことに端を発する。試験制度の例外で、なおかつ重要な権限を有する「特別職公務員」のポストが私物化されている現状は、「藩閥の情実任用」のようなものなのである。
特別職に「大甘」な制度を変えるか、国民の信頼が失墜している「政権」を変えるか、そういう時期に来ているように思う。