羽生結弦選手にあらためて学ぶ、国境を越えるアスリートへのリスペクトの力
週末に北京パラリンピックが開幕しました。
ただ、今回ほどオリンピックとパラリンピックの位置づけを考えさせられる大会もない気がしています。
北京オリンピックの最中にも、ロシアのドーピング問題の扱いが物議を醸し、IOCとロシアの関係値が取り沙汰されましたが、北京パラリンピック開幕前にはロシアがウクライナ侵攻を開始。
非常に残念なことにロシアとベラルーシの選手は、北京パラリンピックに出場が禁止される結果になってしまいました。
当初は国際パラリンピック委員会(IPC)は、ロシアとベラルーシの選手の北京パラリンピック参加を容認する姿勢を見せていましたが、各国のパラリンピック委員会からロシアとベラルーシが参加するならボイコットをするという表明をされたことが、禁止の決断に至った背景にあるようです。
参考:ロシアとベラルーシの北京パラリンピック出場認めず IPC一転発表
仮に両国の選手が出場した場合、会場でウクライナ侵攻についての議論が沸騰して暴力沙汰などの事件に発展するリスクもありますから、難しい判断だったとは言えるでしょう。
ただ、これにより政治的中立をうたってきたオリンピックとパラリンピックが、現実として中立であることが難しいことが明らかになってしまったとも言えます。
変わりはじめるアスリートの姿
実際、ウクライナで展開されている戦闘を目の当たりにすると、スポーツが平和のためにできることなんてほとんどないという絶望に近いことを感じる現実もあります。
これまでのオリンピックが、国威発揚の場として使われてきたことを考えると、オリンピックが「平和の祭典」と呼ばれていることに対して、異論がある方も少なくないでしょう。
実際に、東京オリンピック後には、国別のメダル順位掲載が国別対抗を煽っているのではないかという議論もありました。
参考:「オリンピックは国別対抗戦ではない」IOCと組織委のメダル順位掲載を問題視
一方、昨年の東京オリンピック頃から、徐々に「国の威信を背負って戦う」という従来の姿とはことなる、純粋にアスリート個人個人のプレイをリスペクトするシーンが多く見られるようになってきたように感じます。
特に東京オリンピックの女子スケートボードにおいて、大技に挑戦した岡本碧優選手を海外の選手達がたたえる姿は、非常に象徴的なシーンだったと言えるでしょう。
参考:スケートボード女子・岡本碧優選手を海外選手がたたえる写真に反響。「彼女こそがグッドルーザー」
今回の北京オリンピックにおいても、同様に女子初の大技に挑戦した岩渕麗楽選手に海外の選手達が駆け寄る姿が、大きな話題になりました。
参考:スノーボード女子・岩渕麗楽選手が女子初の大技に挑戦。その勇姿を海外選手がたたえる光景が胸を打つ
他にも平野歩夢選手の人類史上最高難度の演技の採点に対して、各国の選手やメディアが問題提起をしたりと、こうした国境を越えたアスリートへのリスペクトは、多くの競技でも見ることができるようになってきていると感じます。
その中でも、今回の北京オリンピックで、いろんな意味でやはり主役だったのはフィギュアスケートの羽生結弦選手でしょう。
中国でも愛される羽生結弦選手
羽生選手も、今回の北京五輪では、四回転半ジャンプに挑んだことで、多くの人たちから賞賛の声を集めていたのが印象的でした。
北京五輪ではメダルこそ獲得できなかったものの、メディアでの露出量もダントツトップだったようで、北京五輪の第1週では「世界的に話題を集めたアスリートトップ5」の1位にも選ばれていました。
参考:羽生結弦がトップに!北京五輪の第1週で「世界的に話題を集めたアスリートトップ5」を発表
特に日本人の視点からすると興味深いのは、中国においても圧倒的な人気を誇っている点でしょう。
中国のSNS上でも、連日のように羽生結弦選手の一挙手一投足が話題になり、日本のメディアもその様子を頻繁に取り上げていたのが印象的でした。
なにしろ、「羽生結弦の4Aが国際スケート連盟に認められた」という投稿は閲読数が10億回を超えたと言うから圧倒されます。
参考:中国でも愛された羽生結弦選手 ネットの閲読数は10億回 「愛のはがき」は2万枚
「反日」や「嫌中」を超える存在に
中国と日本と言えば、政治面では尖閣諸島をめぐる問題や過去の歴史認識をめぐる問題など、さまざまな衝突要素を抱えており、お互いに「反日」や「嫌中」という言葉もあるほど。
現在のロシアによるウクライナ侵攻が、日本にとっては他人事ではないという文脈で語られる際に、中国がその仮想の相手の1つとして浮かぶ方は少なくないと思います。
当然、オリンピックのような国威発揚の面のある大会で、日本人が中国の選手を応援することが少ないように、中国人が日本の選手を応援するということも少なかったように思います。
今回、あれほど大勢の中国の人々が、日本の選手である羽生選手を心の底から応援するのに驚いた方も少なくないのではないでしょうか。
それには、羽生選手が中国代表のワン選手と仲が良かったりと、過去のいろいろな積み重ねがあるそうです。
そのおかげで多くの日本人が、中国にも日本のアスリートを国境を越えて愛してくれる人がたくさんいることを目の当たりにすることができたわけです。
もちろん、こうした国を超えて多くのファンに愛されるケースは、オリンピック連覇を果たし、世界的に人気のある羽生選手の特殊な現象なのかもしれません。
ただ、だからこそ羽生選手をはじめとする多くのアスリートが見せてくれているこの姿こそが、本来の「平和の祭典」をめざすオリンピックとパラリンピックの理想のあるべき姿のように感じてしまうのです。
スポーツやアスリートは戦争を減らせるはず
残念ながら現在のところ、オリンピックとパラリンピックにはロシアのウクライナ侵攻を止める力はありませんでしたし、スポーツが世界を平和にすると言うのは理想論に過ぎないことを痛感させられる日々が続いています。
ただ、一方でこうした羽生選手のような国境を越えて愛されるアスリートの存在が、国境を越えたお互いの存在への理解や尊敬を積み上げることで、将来の紛争を減らすことに貢献しているのでないかとも感じます。
特にエキシビションの羽生選手の「春よ、来い」の素晴らしい演技からは、競技や言葉を超えたアスリートの演技の凄みを感じた人が少なくないのではないでしょうか。
実際に、過去にはサッカーのドログバ選手の発言がきっかけになり、内戦が停戦となって和平合意につながった事例もあるそうですし、対立関係にあった国の選手がオリンピックでお互いを認め合う姿は過去にも多数見ることができました。
参考:ウクライナ問題、アスリートも「NO WAR!」…”スポーツの力”は戦争を止められる?
従来のアスリートはあくまで、自らの競技をしている姿しかなかなか見せることができませんでしたが、ネットやSNSの拡がりによりアスリートの発言や、競技以外の姿が見えるようになったことも、アスリートの影響力の高まりに貢献しているのでしょう。
今回のウクライナ侵攻に対しては、ロシアのアスリートにもリスクを取ってSNS上で反戦の声をあげている選手がいるのです。
参考:「戦争は答えではない」「このばかげたことを止めて」…平和願うSNS、著名人が相次ぎ発信
今回の北京パラリンピックでは、残念ながらロシアとウクライナの選手が共に平和を祈る姿を見ることはできません。
まずは一刻も早く戦争が終わることを祈るばかりですが、いつか再び両国のアスリートが握手をし、正々堂々と競技をする日が来るのを祈りたいと思います。