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VR(仮想現実)は5~10年かけて市場を創る:テクノロジー動向を注視せよ

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

1月3日、MITテクノロジーレビューに「VRは期待はずれ? 10年耐えられる企業が最後に勝つ」と題する記事が掲載された。大掛かりな宣伝が何年も続いたにもかかわらず、2016年にVRゴーグルを買った人は少ししかいない、という趣旨の記事である。

当然である。いわゆるハイテク市場におけるマーケティングの理論にはキャズム理論というものがあるが、2.5%の「試してみる人」と13.5%の「先行採用者」の16.0%しか、初期の製品には飛びつかない。メインストリームの市場へ移行する前には深い溝(キャズム)があり、その溝を乗り越えなければ製品は普及していかない。よって2016年の売れ行きがよろしくなかったのは、まだ「試してみる人」が飛びつく段階であるからに過ぎない。

しかし、2017年以降の各市場参入者の挙動は注目に値する。「試してみる人」よりも理知的な「先行採用者」はビジョンにおいて先行している人であり、変革を起こす手段としてVRを位置づける。初期の製品がいまだ開発途上にあり、リスキーであることを覚悟しつつも、重要なテクノロジーであるとみなすならば、それを用いて何らかのアクションを起こそうとする。よって「先行採用者」らのこれからの動きをどう見るかによって、誰がナプキンを取るのかが明らかになるのである。

多くの場合、市場を耕すのには時間がかかる。とりわけテクノロジードリブンのイノベーションにおいては、そのテクノロジーが一般層に受け入れられるまで、地道に開発を続けていかなければならない。そこまで耐えられるか、ということを問うているのが、記事のタイトル「10年耐えられる企業が最後に勝つ」の意味するところだろう。

記事にあるように「最も重要な要素はコンテンツだ。」VRゴーグルはツールに過ぎない。VRゴーグルを用いていかなる価値を顧客に与え、それをお金に変えるかを考えなければならない。その方法は千差万別である。ゆえに、これから市場は新たにつくられる。したがって、これまでの常識で考えてはならない。顧客を新たに見出すところから始めなければならない。

筆者は、これまで「人と人」を繋いできたFacebookが、これから「環境と環境」を、ひいては「経験と経験」をつなぐ動きを強化していくと考えている。もしそうなれば、各企業のマーケティングの姿そのものが変わる。うまくすれば、Facebookがネット上の「売れるしくみ」を手中に収めることになる。

言いたいことを書きすぎた。ようするに、我が国のテクノロジストはMITテクノロジーレビューを注視しなければならない。そしてもう一つ、注目しなければならないものがある。どのテクノロジーがいかに重要なのか、そしてメインストリームに至るにはあとどのくらいかを示す指標、ハイプ・サイクルである。

ガートナーのハイプ・サイクル

ガートナーは、ITに関するリサーチおよびアドバイザリーを行う世界のリーディングカンパニーである。その事業目的は「顧客が真に正しい決定を下すために必要なテクノロジー関連の洞察を提供すること」である。

ガートナーのリサーチの中には、ハイプ・サイクルという指標がある。これは、テクノロジーの現在の動向と、未来における成熟までの期間を曲線で示した指標である。切り口によってその種類は160以上にも及ぶが、最も歴史が古く、また先進的かつ主要なテクノロジーを一つにまとめたハイプ・サイクルには「先進テクノロジのハイプ・サイクル」というものがある。

ハイプとは誇張のことであり、例えば産業アナリストやメディア等々によって「誇大な宣伝」が行われていることを、山なりの曲線で示している。しかしいうまでもなく、商品のリリースの後にその誇張は、行き過ぎであることが分かる。そうするとピークを迎えた山は、下降線を辿る。

だからといって、そのテクノロジーは終わったということではない。むしろ逆であり、それはいわば、試される期間、本物と偽物が選り分けられる期間である。下降線を辿る間、開発は進められていく。市場の声が取り入れられ、新たな参入者が現れ、製品は一般向けに改良されていく。そこまでいけば、テクノロジーのもつ本来の実力をもって、改めて市場に打って出ることができる。

さらには、ハイプ・サイクルの曲線の上には、記号ごとに主流の採用に要する年数が示されている。開発の進展速度はテクノロジーによってまちまちである。注目すべきテクノロジーがどのタイミングで成熟するかを知らなければ、開発計画を立てることはできない。戦略は、練ることができない。

ゆえにハイプ・サイクルの曲線のうち、あるテクノロジーがどの位置にあって、どの記号で示されているかを知ることは、その時点で自社がいかなるアクションを起こさなければならないか、いつまでに開発を進めなければならないかを考える上で、直接的な影響を及ぼす。

先進テクノロジのハイプ・サイクル:2016」を眺めてみれば、VRはいままさに改めて市場に打って出たタイミングである。これから第2、第3世代の製品がリリースされていく。保守的ではない、市場をリードしようという意気込みのある会社が、本領を発揮していくところである。

未来は読めないが、テクノロジーの進展は「読める」

ガートナーの分析では、VR(仮想現実)が主流の採用になるまで、5~10年かかる。この期間は、まぎれもなく今回のMITテクノロジーレビューの記事のタイトルにある「10年耐えられる企業」と合致している。

どうしてそのような分析が出来るのか。テクノロジーをよく視る、知性を持ったアナリストが存在するからである。彼らは様々な視点から、複数のテクノロジーや各企業の動向を眺めている。そうであるから、どの程度の進み具合であり、どこに至るものであり、いつそうなるかが分かるのである。

しかし、市場ないし世の中の未来は読めない。いかなるアイデアが生まれるかは、生み出す人の頭の中を覗いたとて、わからないからである。読めるのはせいぜい、何が生み出されたところか、である。あるいは、それは何をもたらすことが「可能」か、いつまでに「可能」になるか、である。そうであるから、むしろアクションの起点となるのは、アイデアを生み出す人である。何かを生み出すことが「可能」なテクノロジーをもって、いかなるものを生み出すかを考える人である。

知に敬意を払わなければならない。そのとき人は、イノベーションの主体たりうる。もし我が国がハイテク市場で世界をリードしたければ (1)テクノロジーの本当の動向を (2)よく知っている人に (3)よく聞かなければならない。単にテクノロジーの生み出すものをなぞるとか、およそ知っている人に聞いてそれをまとめるというのは、知に対する冒涜である。それではイノベーションは成功しない。

一つ二つの話を聞いて、わかった気になってはならない。ありきたりな言葉のうちに埋もれてはならない。謙虚な気持ちを持って、テクノロジーを注視しなければならない。そのなかから、優れた要素を見出し、方向づけ、適切な方法によってそれを開花させなければならない。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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