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「狂犬」マティス国防長官のキャラよりも、注目すべきは「トランプ政権の黒幕」バノン首席戦略官!!

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
安倍首相と会談するマティス国防長官(photo/DoD)

ジェームズ・マティス国防長官が来日し、そのキャラクターまでが注目されています。あだ名が「マッドドッグ」(狂犬)ということで、いかにも狂犬的キャラなトランプ大統領のイメージとシンクロし、どれだけクレイジーなキャラかと思ったら、以外に読書家の頭脳派らしいと好感度が上がっているようです。

しかも、水責め(拷問の手法)復活をトランプ大統領が示唆した際、マティス国防長官がそれに反対したことで、大統領が取り下げたというニュースも伝わっています。あの「誰の言うことも聞かなさそうなトランプの暴走を止めた男」として、一部にはなんだかヒーロー的なイメージさえ広がっています。

しかし、マティス国防長官はあくまでトランプ大統領の「部下」です。大統領の決定に従わなければ、職を解任されるだけです。大統領がこうだと決めたことには、黙って従うしかありません。ただし、大統領は苦手な安全保障分野では、自分の構想に反しないかぎり、国防長官にかなり「お任せ」しているようです。

海兵隊の退役大将で、中央軍司令官まで務めたマティス国防長官は、いってみればエリート軍人です。安全保障問題には精通しており、自分に任された職域では、現実的な政策を進めていくでしょう。

彼には過去、たしかに好戦的な言動もありましたが、もともと「マッドドッグ」程度は、「クレイジー」などもそうですが、軍人の世界ではそれほど蔑称でもありません。勇猛さを表すスラングのようなものです。また、読書家・勉強家というのも、米軍の指揮官には珍しくありません。つまり、それほど突出したキャラというわけでもないのです。

マティス国防長官訪日で注目すべきは駐留経費負担問題だけ

それでも、これから何をやってくるかわからない弾けっぷりのトランプ新政権の国防長官の来日ですから、注目するのは当然です。ただし、注目すべきはただ1点。トランプ大統領が言及していた「防衛費負担」問題です。

そもそも日米同盟アピールなどは当然の儀式であり、注目に値しません。それに、日本のメディアは「尖閣への安保条約第5条適用」をさも重大ニュースのように報じていますが、米側はあくまで「過去の立場と変わらない」としているだけです。

ちなみにこの安保条約第5条は、「日本の施政下にある領域の共同防衛」を義務付けています。米側は現在、尖閣が日本の施政下にあることを認めており、この状況で中国軍が侵略してきたら防衛対象になりますが、今、中国は盛んに尖閣海域で公船の活動を活発化させており、そのうち両国の施政が混在する状況になれば、第5条適用の条件から外れたとの解釈も可能になります。

そのときにどう判断するかはアメリカ政府次第です。アメリカは他国の領土問題の係争そのものには介入しないとしています。日本政府は伝統的に「自らに都合よく考える」癖があるようですが(「北方領土は最低でも2島返還」もそうです)、そこは冷徹に考えるべきでしょう。

いずれにせよ、そういうわけで、トランプ新政権の国防長官訪日で注目すべきは「米軍駐留経費の日本側負担増の要求がどうなるか」でした。しかし、結果的にはいきなり初来日では議題に上らなかったようなので、つまりはただの儀式的な訪日だったということになります。

ただし、この問題はトランプ大統領自身が言及した案件なので、今後、持ち出されてくる可能性があります。日本にとっては、駐留経費負担増要求は大きな問題です。トランプ大統領が選挙戦中に語ったように、「支払わないなら撤退」ということは、米側の不利益も過大なので、アメリカが合理的に判断するなら、そうはならないでしょう。ただし、金銭面での交渉は、今後もいろいろと持ち出されてくるかもしれません。

(それと、今後もしもアメリカが海外での何らかの軍事介入に乗り出すことがあった場合、トランプ大統領の考え方であれば、日本にも厳しく負担分担、つまり軍事行動参加を求めてくる可能性があります。現時点ではそうした状況にないので、議題に上がっていませんが)

日本にも大きな影響があるトランプ政権の対露方針

それよりも、安全保障面での問題ということでは、日本にとっても、また世界にとってもたいへん注目される案件が、トランプ新政権にはあります。トランプ政権はロシアとどう付き合うのか?という問題です。

これがどうなるかによっては、米中関係も大きく変わってくる可能性があります。米中関係が変われば、日本の安全保障環境も大きく影響を受けます。

現時点でいえば、トランプ大統領は選挙期間中から一貫して、ロシアとの関係改善を主張しています。オバマ前政権の要人が政権離脱にあたって盛んに「ロシアを警戒せよ」と、まるで説教するように諭したため、トランプ大統領本人がツイッターで感情的に反発するという局面もありました。大統領がそのままのノリで政策を決めていってしまう恐れもあります。

ただし、オバマ前政権を批判したツイートの中には、ロシアのウクライナやシリアでの行動を非難する視線のものもありました。ロシアの行動をすべて受け入れているわけでもありません。防衛政策的には、ロシアに対抗する米軍の大規模な軍拡も命じています。

トランプ政権内の「親ロシア派VS反ロシア派」

トランプ大統領は、苦手な外交・安全保障分野では側近のアドバイスに頼る部分も大きいと推測されますが、注目されるのは、トランプ政権内部でも、対ロシア政策が分かれていることです。

ロシア警戒派としては、マティス国防長官、ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長、ダン・コーツ国家情報長官(前上院議員)、ジョン・ケリー国土安全保障長官(退役海兵隊大将)、マイク・ポンぺオCIA長官(前下院議員)、ニッキー・ヘイリー国連大使(元サウスカロライナ州知事)などがおり、とくにヘイリー国連大使などは2月2日に国連安保理会合で「ロシアがクリミアから撤退するまで制裁解除はあり得ない」とまで発言しています。

対して、ロシア融和派には、ホワイトハウスの安全保障政策を統括するマイケル・フリン国家安全保障問題担当大統領補佐官(退役陸軍中将)、キャサリン・マクファーランド国家安全保障担当副補佐官、キース・ケロッグ国家安全保障会議(NSC)事務局長(退役陸軍中将)などがいます。

エクソン・モービル社元最高経営責任者(CEO)のレックス・ティラーソン国務長官は、ロシア側との関係が深い人物ですが、議会公聴会では「NATOがロシアを警戒するのは当然」と発言するなど、ロシアとの癒着が批判されることを警戒した言動をしています。

こうした状況で、ロシア融和派はフリン補佐官を中心にNSC主導で臨み、それにマティス国防長官やダンフォード統参議長、コーツ国家情報長官などのホワイトハウス外の実務セクション統括者のロシア脅威論が対抗する図式になっています。

最も影響力があるのは安全保障に精通していない「異能の黒幕」

ただ、実際には現状では、トランプ大統領はこうした面々よりも、ホワイトハウス内の数少ない側近のアドバイスに大きく頼っています。ところがその側近たちに、安全保障や国際関係に精通している人物がいないのです。

なかでも大きな影響力を持っているのが、今やホワイトハウスの「黒幕」となっているスティーブ・バノン首席戦略官兼上級顧問です。バノン首席戦略官はいわゆるオルタナ右翼(オルト・ライト)の有力者で、移民排斥やイスラム敵視政策の推進者です。世界中に混乱を引き起こした「中東7か国の国籍保持者の入国禁止」も主導しています。

彼はオルタナ右翼系ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の元会長なのですが、懸念すべきは、こうしたオルタナ右翼系の言説に、オバマ=クリントン陣営を攻撃する共通目標があったロシア情報機関の宣伝工作がかなり浸透していることです。

トランプ大統領の突飛な政策は、いずれもバノン首席戦略官のアイデアとシンクロしたものです。彼は閣僚でもないのに大統領によってNSC常任メンバーに任命され、安全保障分野でも今や国務長官や国防長官以上の発言力を手にしていますが、彼が偏向した視野で対露政策の主導権を握ると、トランプ政権の対露政策を誤らせる可能性があります。

バノン首席戦略官は現在、メディアや反トランプ陣営から集中砲火の状況ですが、彼の動向はやはりトランプ政権の政策を最も左右することは確かであり、注目すべきでしょう。

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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