カンヌで「しまじろう」の世界展開を仕掛けるセールスマン
世界にも市場を開拓することは今に始まった話ではない。フランス・カンヌで毎年開かれる国際テレビ見本市MIPでは50年以上前から日本のTVアニメやドラマなどが取引されている。けれども、10年ほど通い続けるなかで時代の変化も感じる。実際にその場に足を運ぶ価値は何か、と改めて思うこともある。ここ数年、会場で顔を合わすことが多い、幼児教育教材「こどもちゃれんじ」のキャラクター「しまじろう」の世界展開を仕掛ける方に答えを求めて、話を聞いた。
なぜ、「しまじろう」の世界ミッション?
かつて勉学の助けになったこともある人も多いはず。通信教育「進研ゼミ」の末っ子的存在として30年前に始まった幼児教育教材「こどもちゃれんじ」にはトラの子どもをモチーフにした「しまじろう」というキャラクターがある。
これらを手掛けるベネッセグループは海外にも事業を広げ、中国では2006年から「楽智小天地」の名称で「こどもちゃれんじ」を展開。「しまじろう」は巧虎(チャオフー)という名で知られている。そんななか、「しまじろう」のTV番組「しまじろうのわお!」の海外展開を目的に、カンヌで開催される国際テレビ見本市MIPに2015年から参加するようになった。
初参加した翌年には「しまじろうのわお!」が国際エミー賞キッズアワード(INTERNATIONAL EMMY KIDS AWARDS)にノミネートされ、MIP開催中のカンヌで行われた授賞式にも参加し、注目されている現場を目のあたりにもした。だから、日本の通信教育市場シェアナンバーワンのベネッセの海外展開の試みは、キッズエミーノミネートも味方につけて、優勢で行われているはず。けれども、取材に応じたベネッセコーポレーションの田中雄一郎氏から意外な回答が返ってきた。「新参者が狙うヨーロッパの壁は厚い」というものだった。
ヨーロッパの北部と南部地域の反応の差
では、カンヌで田中氏はどのようにして商談を進めているのだろうか。「ブースは持たずに、事前にアポイントを取った先と会場内で会い、人脈を広げることができるパーティーなどにも積極的に顔を出しています。前回のMIPでは期間中、6日間に32人と商談を行うことができました」と教えてくれた。
実際に会場で参加者にスケジュール表を見せてもらう機会もあり、なかには、おおよそ30分刻みに商談などの予定が組まれたその表が全面にわたり色で塗りつぶされていたものもあった。朝から晩まで予定がぎっしり詰まっているということだ。田中氏の場合は6日間で32人。集中してさまざまな国の商談相手と会っている。
さらに、商談相手の中身も聞いてみた。「主なところは公共放送局やキャラクタービジネスを取り扱うヨーロッパの会社などです。ヨーロッパの国々は幼児教育に歴史があり、熱心です。そして、ターゲットとなる子どもの出生数も安定してきています。何より、コンテンツビジネスが成熟しています。こうした3つの理由から我々のコンテンツや事業を受け入れてくれる可能性があるのではと考えています。」
「しまじろうのわお!」のターゲットは、男児も女児も性別に関係なく幼児向けに制作され、売りは何と言っても教育が基礎にあること。ここのところ、「エデュテイメント」がプリスクールコンテンツの流通トレンドでもあることから、ニーズもある。国内で年間50万人もの動員実績がある着ぐるみのライブショーに対しても″プロモーションではなく、事業イベントとして展開できること”に商談先から関心を持たれるという。また配信を含めてキッズチャンネルを積極的に展開している英BBCなどはオープンに企画を募集しているため、チャンスは十分にあるようにみえるが、なぜ、「ヨーロッパの壁は厚い」と感じるのだろうか。
「世界的に子ども向けのアニメは主流の3Dアニメです。仕上がりが2Dルックの『しまじろう』に興味を示してくれることも多いのですが、具体的な話になかなか進みません。例えば、ある国の国営放送からは『キャラクター化が定まっているものよりも、今はビッグアイデアが欲しい。新しいアイデアから新番組を一緒に作り上げるキッズ向けの展開を進めています』と言われました。そもそも商談の約束さえも取りつけることができないことも多いのです。傾向として、ヨーロッパの北部地域は商談のアポイントが比較的、取りつけやすく、南部の地域では電話やメールをしてもはぐらかされ、会うことさえも辿り着きません。」
田中氏はその原因を探るなかで、「あることに気づいた」という。
「しまじろうに対する評価は総じて『カラフルでクラシック』というもの。『ヨーロッパ南部地域と親和性が高いのでは』とアドバイスを受けることも多い。だから、ますます、その先に進まない理由は必ずあり、それがわかれば、開拓することができるのではないかと思ったのです。その答えはディストリビューターと出会うことで明確になり、兆しがみえてきました。」
顔で繋ぐ古典的なビジネス慣習のあり方
つまり、田中氏が4回続けてカンヌに参加し、わかったことは「しまじろう」のセールス手法には攻める先を繋げるキーパーソンが必要だったということ。「ヨーロッパの南部地域と強力なネットワークを持つディストリビューターに出会うことが『しまじろう』の欧州展開に欠かせないことだと気づいたのです。さっそく、条件に合う独立系のディストリビューターと話を進めることができ、商談を継続しています。」
特にヨーロッパの南部地域は今でも顔で繋ぐ古典的なビジネス慣習が根強いことは確か。現地で取材中、そうした食事の場に同席することもあり、さまざまな国籍の参加者が集って、家族の話など他愛無い会話をしながら、信頼関係を築き、明日の商談へと繋げているのだ。もちろん、こうした見本市の活用の仕方に正解はなく、はじめからブースを構えて顔を売るやり方、まずは知ってもらおうと派手にPRを仕掛けるなどさまざまにある。いずれにしろ、見本市に行くたびに顔繋ぎをし、組み先との関係性を丁寧に深めていくことが、世界で成功する近道になる。
「しまじろう」のアニメ制作やイベント事業にも携わってきたという田中氏はこんな思いも話してくれた。「入社当初から携わってきた『しまじろう』をゆくゆくはヨーロッパでも多角的な展開で愛されるキャラクターに育てることができれば嬉しいです。」
商談は続く。どこでも誰でも繋がることができる今の時代でも、最終的には膝を突き合わすことで得ることができる情報があるのかもしれない。影響力を持つ映像コンテンツビジネスはことさら、根っこの部分では古典的な手法を捨てるべきではないのかも。カンヌで出会った参加者のひとりの日本人から話を聞いてそんなことを感じた。
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