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貿易戦争中でも特別扱い。ハリウッドと中国の微妙な関係

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
L.A.プレミアに現れた「アクアマン」主要キャスト。中国ではすでに公開された(写真:Shutterstock/アフロ)

「アクアマン」が、中国で大ヒットしている。公開初週末の売り上げは予測を大きく上回る9,400万ドル(約107億円)で、12月公開作としては中国史上最高。DCコミック映画としても、新記録だ。その後も数字は伸び続け、現在までに、なんと1億3,500万ドルを売り上げている。

 そう聞いて、「あれ、あの映画、もう公開したんだっけ?」と思うかもしれない。それも当然、アメリカでの公開は今月21日で、これからなのだ。中国の観客は、映画を待ち焦がれるアメリカのコミックファンを差し置いて、2週間も先に見られるという特権を得たのである。

 ハリウッドの娯楽大作がほかの国で先に公開されるということは、ひと昔前ならありえないことだった。しかし、北米外の市場が急成長し、ハリウッドのスタジオがますます外からの興行収入をあてにするようになる中、こういった例は増えていっている。たとえば、今年は、「ジュラシック・ワールド/炎の王国」が、ワールドカップの時期にぶつからないよう、ヨーロッパで先に公開された。

 中国の場合は、違法コピー防止のねらいも大きい。ほかのどこでもまだ公開されていないのなら、違法コピーの作りようがないというもの。それに、そもそもアクションやCG満載の、いかにもハリウッドといった映画は、基本的に中国で当てやすい。1年でもっとも美味しい公開時期とされるクリスマス前の週末、本国アメリカでは、ほかに「トランスフォーマー」シリーズの新作「バンブルビー」や、「メリー・ポピンズ リターンズ」といった強力なライバルが出てくる。その前に世界第二の映画市場で大きく稼いでおけば、気持ちの上でも安心だし、話題作りもできて、はずみになる。

 そして、実は、中国のほうも、ハリウッド映画ががっつりと売り上げてくれるのは、歓迎なのだ。

本来ならば、すでに世界最大の映画市場になっているはずだった

 中国は映画製作に熱心で、自国の映画を守るために、外国映画の受け入れ本数に制限をかけてきた。近年は、年間34本。どの映画をその中に入れるかは、政府の判断だ。ハリウッドのほうは、その競争に入らなくていいように、中国資本を募って「外国映画」にならないようにするなど、工夫を凝らしたりしてきている。

 そんな折、中国で、空前の映画館建設ブームが起こった。アメリカ、ヨーロッパ、日本などの先進国ではもうそれほど大きな伸びが見込めない中、ものすごい人口がいて、まっさらのところから始まる市場が登場したのである。2014年から2015年の1年間で、中国の興行収入は49%も上昇。その後、ややスローダウンしたものの、「来年、遅くても再来年には、北米を抜いて世界最大の映画市場になる」と、業界関係者は口を揃えていた。これは、魅力でもあり、かつ、脅威でもあったのだ。

 しかし、2018年も末の現在、それはまだ起こっていない。それは、中国にしても、不本意な展開だった。それでも、成長を止めてしまってはいけないと、中国政府は、年間興行成績の目標を定めてきている。「L.A. TIMES」紙が報道するところによると、2018年の目標額は87億ドル。北米の今年の興行収入は120億ドル弱になる見込みなので、それを達成したとしても首位獲得は無理だ。そして、どうやらそこにも届かなそうだとわかった今、中国は、年内にさらに3本のハリウッド映画の公開を認めようとしているそうである。今から3本中国映画を作れと言われても無理な話だし、ハリウッドから持ってくるのが手っ取り早いというわけだ。その3本は、「グリンチ」「スパイダーマン:スパイダーバース」のアニメ2本と、「search/サーチ」になるとのことである。

ハリウッドと中国の関係は新たな段階に

 それらが実際に年内に公開されれば、今年、中国では、規定枠を超える41本の外国映画が上映されたことになる。トランプが中国と貿易戦争を展開し、お互いに関税で脅しをかけ合う中だけに、映画においてだけは双方がハッピーという今の状況は、やや異例だ。

 もちろん、中国市場に関しては、ハリウッドもまだ問題を抱えている。中国は、ほかの国よりずっと低い割合しかハリウッドに売り上げを渡さないし、会計報告が正しくない疑いも、前々から持たれている。スタジオには公開日を自由に決める権限もなく、昔ながらのセンサーシップの問題もある。

 それでも、ハリウッドと中国との関係は、少し前に比べて落ち着き、前向きになった。2、3年前にはワンダグループをはじめとする中国企業がハリウッドの制作会社やスタジオを買収しようと積極的で、業界関係者は彼らに乗っ取られてしまうと恐怖におののいたものだが、それらのディールはどれも崩壊。ワンダがコンドミニアムを兼ねた高級ホテルを建築する予定だったビバリーヒルズの敷地は、その隣でワンダに抗議をしていたウォルドルフ=アストリアがすっかり完成して5つ星まで取った今も、空き地のままだ。ワンダに肩入れし、そのホテルが建ったら自社のイベントでどんどん使うと豪語していたハーベイ・ワインスタインは、今では刑事被告人の身である。

 ハリウッドと中国の関係は、今、新しい段階へと進んだといえるだろう。「アクアマン」のように、話題作が世界に先駆けて中国で公開されるというようなことは、これからも増えると思われるし、ほかにも中国に向け、あらゆるマーケティングが考案されていくに違いない。それは、果たしてどんな形でハリウッドを未来へと導いていくことになるのだろうか。予想のつかない未来を、業界関係者は、不安と期待を込めて見守っている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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