「カズキやんな」勘違いした女性と暗闇で… なぜ性犯罪の成立が否定された?
未明に面識のない女性宅に忍び込み、暗闇で知人だと勘違いした女性と性交に及んだ男の裁判で、大阪地裁は準強制性交罪の成立を否定し、住居侵入罪で懲役8ヶ月とするにとどめた。なぜか――。
どのような事件だった?
次のとおり、かなり珍しい事件だ。
男は住居侵入罪と準強制性交罪で起訴されていた。前者は後者の手段に当たるから、刑法の規定により、全体で1罪として取り扱われたうえで、より重い後者の刑、すなわち5年以上20年以下の懲役で処断される。検察側の求刑も懲役5年だった。
ところが、裁判所は、事件全体の一部である準強制性交罪の成立を否定する一方で、住居侵入罪については認め、男の責任能力も肯定した。そこで、無罪とはならず、懲役8ヶ月の有罪判決が言い渡されたというわけだ。
検察側の主張は?
ところで、この準強制性交罪は、薬物や欺罔などによって被害者の心神を喪失させたり、抗拒不能にさせ、あるいは被害者がすでに心神喪失や抗拒不能の状態にあることに乗じ、性交に及んだ場合に成立する。暴行・脅迫を手段としていない点に強制性交罪との大きな違いがある。
「心神喪失」とは、熟睡や泥酔、麻酔酩酊、高度の精神病などのように、精神の障害によって正常な判断能力を失っている状態をいう。また、「抗拒不能」とは、心神喪失以外の理由、例えば恐怖や驚愕、錯誤などによって行動の自由を失い、心理的・物理的に抵抗することができなかったり、著しく困難な状態をいう。
今回、検察は、男が女性に対して自らのことを知人だと誤信させ、心理的に抗拒不能な状態にさせたうえで性交に及んだとして、準強制性交罪が成立すると主張していた。
というのも、1957年とやや古い裁判例ではあるが、深夜、夢うつつの女性が犯人の男を情夫だと誤信しているのに乗じ、その女性と性交したという事件について、仙台高裁が準強姦罪(準強制性交罪の前身)の成立を認めていたからだ。
なぜ準強制性交罪は否定された?
今回も、女性は内心では知人男性との性交に同意していただけで、見ず知らずの侵入犯との性交には同意していなかった。女性が暗闇でこの2人を勘違いしていただけだ。
ただ、準強制性交罪は故意がなければ成立しない。たとえ被害者が勘違いをしていたとしても、男においてその前提となる事実や真意を認識できていなければ、罪に問うことができない。
今回、裁判所は、女性の知人と男の名前が1文字違いで酷似しているうえ、「カズキやんな」という女性の呼びかけに対して男が「カズキだよ」と答えておらず、知人になりすましていないという点を重視した。
すなわち、統合失調症の男は、女性から自分の名前を呼ばれたことでまさしく女性が「運命の人」であり、性交にも応じたと思い込んでいた疑いがあり、自らの言葉で女性を勘違いさせたり、その状態に乗じるといった認識まではなかったのではないか、というのが裁判所の理屈だった。
よく座学で挙げられる例えだが、被害者が「いや」と言ったことに対し、これを明確に認識したうえで、「実際には『いい』という意味に違いない」と勝手に思い込んだのであればアウトだ。しかし、「いい」と聞き間違えたのであれば、故意が否定される方向に傾くとされる。
今回も、疑念が残る不可思議な事件ではあるが、男の故意を認めるに足る証拠がないことから、「疑わしきは罰せず」ということで、準強制性交罪の成立が否定された。ただ、かなり特殊なレアケースであることは間違いない。
検察・弁護双方が控訴しなかったため、すでにこの判決は確定している。(了)