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ポルノ画像流出でマクロン与党公認候補がパリ市長選挙出馬を撤回 揺れるフランス政界

プラド夏樹パリ在住ライター
パリ市長選出馬を撤回したバンジャマン・グリヴォー氏(筆者撮影)

3月に地方選挙が行われるフランスだが、マクロン大統領の側近で与党公認のパリ市長候補だったバンジャマン・グリヴォー氏が発信したとされる、ある女性に宛てた性的画像2点と会話がネット上で流出、同氏は出馬を諦めるといった事態になった。同氏はマクロン大統領が創設した共和国前進党(LREM)の設立に関わり、政府のスポークスマン(2017年から2019年)も務めた43歳、現在も大統領の側近でもある人物だ。

事の始まりは、2月13日(木曜日)、政治パフォーマンスで知られるロシア人アーチスト、ピオートル・パヴレンスキー氏のブログ、「porno politique」のURLを記載したTwitterとWhatsAppがソーシャルメディア上で氾濫したことだった。そのブログには、Facebookメッセンジャーを通してグリヴォー氏がある女性に送ったとされるマスターベーション画像とInstagram上での会話が流されていた。(実際に同氏の画像と会話であるかは今のところ確認されていない)

同時に、jeuxvideo.comという、反イスラムや反女性的なメッセージが多いことで知られる反動的な傾向のサイトを通してこのURLが大量にシェアされ、あっという間にネット上で広がった。画像は2018年、グリヴォー氏が政府のスポークスマンだった時期のものらしい。

翌日、14日(金曜日)、朝、グリヴォー氏は「私を陥れるためにどんな汚い手段も使われるようになったため、パリ市長選出馬を諦める。残念だが、これ以上を家族と私を好奇の目に晒したくない。私にとってのプライオリティーはまず家族。」と出馬撤回を発表した。

porno politique 政治的リベンジポルノ?

ところで、当のパヴレンスキー氏は画像流出は反マクロン派である自分の行為、政治的パフォーマンスと認めている。リベラシオン紙のインタビューに応えて、「画像はグリヴォー氏と同意の上で性関係にあった女性から入手した。同氏はパリ市長選のミーティングで自分の家族や子どもに対する愛情を引き合いに出し、伝統的な家族感の価値を説いている一方で、不倫をしている。このような人物が市長になるのはパリ市にとって危険。私は彼の欺瞞を暴くために画像を流した。これは私のporno politique(政治ポルノ)というアートの一環」としている。

同氏はロシア人のアーチスト36歳。主に自傷行為によるロシア連邦保安庁FSBに抗議するハプニングで有名なプーチン反対派、アナーキスト。2013年にはサンクト・ペテルブルグで鉄条網の中に裸でくるまる、赤の広場で陰嚢を石畳に釘で刺す、自分の口を縫合するパフォーマンスで有名に。2017年にフランスに政治亡命するが、フランス国立銀行の入り口に火をつけるというパフォーマンスを行い禁固刑を言い渡されたことがある。

ところで、フランスの左派電子メディア、メディアパール(注)は、「バンジャマン・グリヴォー、ヴィデオ、メディアパール」という記事で、問題となっている画像がネットに流出する前の11日、パヴレンスキー氏が編集部に画像提供のために訪れたと発表した。しかし、編集部は

・ 家族の形は多様。グリヴォー氏に不倫行為があったとしても、法に反することではない。

・ 私生活における性的モラルは各人が選択するべきもので、メディアが押し付けるものではない。

・ グリヴォー氏はその女性と同意の上での性的関係にあったならば報道する理由なし。

・ 政治家といえども、そのプライバシーの尊重は絶対。

・ リベンジポルノは2016年に制定された「デジタル共和国法」により、最高2年の禁固刑と6万ユーロの罰金に相当する犯罪。シェアとリツイートも同罪とみなされる。

以上の理由で、画像提供を断ったという経緯がある。

(注)メディアパール:これまでセクハラ事件やペドフィリー事件に真剣に取り組み、独自の調査記事を発表してきた独立メディア

世論は? フランス流プライバシーの尊重はもはや終わりか?

今朝、15日(土曜日)のル・モンド紙の論説は厳しい。「地に落ちた民主主義」とタイトルし「これまで、政治とプライバシーを分けて考えるという我が国政治的信条は粉々になった」。リベラシオン紙は「卑劣な手口の裏にあるのは?」などなど。

中道右派のフィガロ紙のヴィデオニュースでは、ゲストの意見と同時に視聴者のコメントを紹介した。フランスの政治番組といえば意見が一致することはまずないのが定番。また、グリヴォー氏はそのエリート然とした容姿がたたり、あまり国民に人気がなかった人であるが、今回は、政治家、ジャーナリスト、一般人が一丸となってグリヴォー氏を擁護した。「出馬を諦めるべきではない。トランプ大統領に見習え!」、「グリヴォー氏は好きではないけど、同情に値する」、「不倫と言ったって、妻も承諾済みかもしれないし、カップル間のルールは人によって様々。他人が口を挟むことか?」、「愛人とポルノ画像を交換することも同意の上でなら構わないではないか」、「マスターベーションして何が悪い」、「とうとうフランスの政治もアメリカナイズされた」というものだった。あえて批判といえば、「要職に就いたら用心すべきだった」、「これくらいで出馬撤回とは幼稚」という意見のみ。日本とは違って、「政治家なのに不倫をするとはけしからん」という意見は皆無だった。ちなみに、不倫は民法上では過失として離婚訴訟でに不利になるが、1975年から刑法上の罪ではない。

15日付けル・モンド紙の記事のなかで、憲法学者のベルトラン・マチュー氏は「民主主義は、政治に携わる者に政治の場におけるモラルと職業倫理感を持つことを要求する。しかし、彼らの私生活において、ある特定の性的モラルを強いるのは民主主義に反する」としているが、いったいいつまでそのような正論がまかり通るだろうか? パヴレンスキー氏は「グリヴォー氏はまだ一人目でしかない。これから私のサイトでどんどん政治家のポルノ画像を発表する」と脅している。

反政府運動「黄色いべスト」との絡みは?

16日(日曜日)朝、パヴレンスキー氏は別件の暴力事件で警察に逮捕された。また、彼の現パートナーの女性、フランス人で弁護士のアレクサンドラ・ド・タデオ氏が勾留中。

16日の夜、グリヴォー氏の画像は、タデオ氏宛のものだったこと、また、グリヴォー氏とタデオ氏はFacebookで知り合い、その後、関係があったと報道された。グリヴォー氏が罠にはめられたのかどうか今のところは明らかではないが、この2人が反政府運動「黄色いベスト」運動のリーダー格である弁護士とも繋がっていることが明るみに出ている。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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