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元乃木坂46の伊藤万理華が主演映画で見つけた自分の強み 「表情のうるささがこんなに活きるとは」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
『サマーフィルムにのって』に主演した伊藤万理華(撮影/松下茜)

青春映画に時代劇とSFをシンクロさせて、東京国際映画祭で評判を呼んだ『サマーフィルムにのって』が公開される。勝新を敬愛し自ら時代劇を撮影する主人公の女子高生監督を演じたのが伊藤万理華。乃木坂46時代から女優としての資質をうかがわせ、卒業から3年半を経ての主演映画となる。コロコロと表情が変わるのが観ていて楽しいが、「好きなものへの情熱が役と重なった」というこの作品について、特別な想いを語ってもらった。

PVでの初演技から「これをやっていく」と直感

 15歳だった2011年に、乃木坂46の1期生オーディションに合格した伊藤万理華。アイドル活動を始めるより前に、映像クリエイターとメンバーが1対1でコラボする個人PVの撮影で初めて演技をして、「私はこういうお仕事をやっていくんだろうな」と感じたという。

「現場の空気感、スタッフさんが機材を動かす音、照明の明るさ……。初めて体験した環境にすごく興奮して、全部鮮明に覚えています」

 父親がグラフィックデザイナー、母親が元ファッションデザイナーという家庭でアートに触れて育ち、のちに自らがアーティストとして個展を開いたりもしているだけに、クリエイティブな感性から映像表現に惹かれたようだ。

 その後、乃木坂46では「個人PVの女王」と呼ばれるようになり、いくつもの名作を残す。2017年12月でグループを卒業し、女優に転じた。放送中のドラマ『お耳に合いましたら。』(テレビ東京系)でも主演している。

『座頭市』を観て勝新さんの生きざまも調べました

――『サマーフィルムにのって』で演じたハダシは時代劇マニア。万理華さんは自分ではどんな映画を観ますか?

伊藤 時代劇はこの作品に携わるまで、あまり触れてなかったんですけど、いろいろなジャンルを観ています。韓国映画の『母なる証明』や『新感染』が好きで、ゾンビ映画も観ます(笑)。

――ハダシは『座頭市』の1作目を“人生ベスト”と言ってました。万理華さんの人生ベストというと?

伊藤 これも韓国の映画ですけど『スウィング・キッズ』! 最近で一番面白かったです。

――朝鮮戦争の捕虜収容所でできたダンスチームが公演に挑む話で、寄せ集めの仲間で映画作りに奮闘する『サマーフィルムにのって』と共通点もありますね。ハダシが反旗を翻していたキラキラしたラブコメは観ますか?

伊藤 観てないかもしれないです。昔はそういう少女マンガはすごく好きでしたけど。今はマンガもいろいろなジャンルを読んでいます。

――時代劇は、『サマーフィルにのって』の主演が決まってから観るように?

伊藤 監督に“観ておくべきリスト”をいただいてからですね。『座頭市』から始まって、いろいろ観ました。ハダシが勝新オタクなので、勝新太郎さんの生きざまみたいなものもたくさん調べました。

情熱には替えが利きません

――映画を観ただけに留まらなかったんですね。

伊藤 そうですね。ハダシがどれだけ惹かれているのかを知らないと、始められない気がしました。自分でも時代劇の魅力はわかりました。何10年も前に撮ったのに、今でもこんなに楽しめるエンタメになっていて、感動と驚きがあって。きっと勝新さんが企画を考えて、自分で監督もするようになって、「こうして、ああして、これをやろう」と作っていたんだと思うと、すごく素敵だなと。

――だからこそ、時代を越える名作が生まれたんでしょうね。

伊藤 大人たちが全力を懸けていたのがわかります。でも、年齢は関係なくて、ハダシには勝新さんの映画が初期衝動でしたけど、いつだって誰だって“最初”があるはずなんです。「好きだから始めよう」という気持ちを、この映画によって取り戻せるというか、すごく特別な作品です。

――万理華さんも取り戻したんですね。

伊藤 はい。映像作品が好きなんだと改めて思えたし、モノ作りをするうえで一番大事なことは、やっぱり好きという気持ちなんだなと。情熱は替えが利かないんです。あとは、人と関わること。どんなに便利な時代になって、対話しなくてもモノを作れるようになっても、人と人が感情を共有して特別なものが生まれていくので。その気持ちが流れ作業にならないことが、今後の私の課題です。

アイドル時代はかわいく見られたい意識があって

『サマーフィルムにのって』で伊藤が演じるのは、時代劇オタクの高校3年生、ハダシ。放課後に親友のビート板(河合優実)、ブルーハワイ(祷キララ)と河川敷の秘密基地で時代劇談義に花を咲かせながら、映画部ではキラキラしたラブコメばかりが撮られて、くすぶっていた。だが、名画座で自身が脚本を書いた時代劇『武士の青春』の主役にピッタリな凛太郎(金子大地)と出会うと、仲間を集めて撮影に乗り出し、文化祭でのゲリラ上映を目指す。ひと夏を映画作りに懸けて、ハダシは凛太郎への恋心が芽生えるが、彼は未来からやってきたタイムトラベラーだった。

――ハダシは観ていて猪突猛進ぶりが面白い役でしたが、演じるうえでも楽しさはありました?

伊藤 楽しかったですね。気持ち的には役作りはしていません。素ではないですけど、三浦(直之)さんの書かれた台詞を言ったら、自然とこうなった感じ。誰かに指示されたわけでもなく、監督も「伊藤さんの好きにしてください」ということだったので、勢いがより加速したんでしょうか。

――まさにスクリーンからハミ出す勢いでした。

伊藤 好き勝手にやってる感じがハダシだなと思ったので。

――ビート板やブルーハワイとの掛け合いや、コロコロ変わる表情も自然に出たもの?

伊藤 勝手にやってました。意識して「こうしなきゃ」というのはなかったんですけど、私は人より表情がすごく動くほうだなと思いました。

――この映画を観たら、誰もがそう思うかと(笑)。

伊藤 前はいちいち表情と動きがうるさい自分がイヤだったんです。好きなものをワーッとしゃべるときにうるさくなっちゃうところとか、本当にハダシそのままで、そこがイヤなところでしたけど、この映画を通して世に出てしまったので、受け入れるしかないと思いました(笑)。でも、そこが魅力だと言ってもらえて、私の強みだと知りました。

――その通りだと思いますが、何で昔はイヤだったんですか?

伊藤 かわいくないから(笑)。アイドルをやっていたので、「かわいく見られたい」という意識があったんでしょうね。表情がうるさいと、何がいいのかわからなくて。でも、卒業して3年経って、役者モードになって、自分の素の動く表情がこんなに活きるとは思いませんでした。

――映画を通じて強みとして自覚できたんですね。

伊藤 そうですね。私は写真を撮られるのも好きですけど、たぶん動いているほうがいいんだろうなと思ったりもします。そこが他の人にないところみたいです。表情でも、手グセとか体の動きでも、良く出るときと悪く出るときがありますけど、今はプラスに働いて良いと言ってくれる方がいて、やっと自分で受け入れられるようになりました。

一生ない特別な作品だから思い出を残そうと

――クライマックスなどで見せる殺陣は、だいぶ練習したんですか?

伊藤 2週間くらい、いろいろやったんですけど、コロナがあって。自粛期間に家で自主練してました。クイックルワイパーの棒の部分だけ取って(笑)、1人で振り回して、忘れないようにしておきました。

――凛太郎にクイズを出す形で、『椿三十郎』の三船や『眠狂四郎』の円月殺法を披露するところは、完コピを目指して?

伊藤 そこは動きをマネして練習しました。体を動かすのは好きだから、殺陣はいつかやってみたいと思っていたんです。でも、最初にやる殺陣が『座頭市』の勝新のあの(仕込み杖の)持ち方だったから、普通の刀の殺陣ができないんです(笑)。いつかオーソドックスなのもやりたいです。

――ハダシのキャラクターにリアリティは感じました?

伊藤 すごく共感はできましたけど、ハダシ、ビート板、ブルーハワイというのはあだ名で、見た目がキッチュな感じだから、余計にリアリティを持たせないといけないと思いました。言ってることも普段の自分からは出ない言葉だったりする中で、この役名でリアルな感情が伝わるかは課題でした。でも、そこは意識しながらも、みんなと仲良くなることが一番大事で、「とにかくしゃべろう!」という。みんなもずっとそういう気持ちでいてくれて、空き時間もUNOをやっていたり。あと、私はチェキを持ってきました。こんなに特別な作品に出会うことはたぶんもう一生ないだろうと、勝手に思っていたんです。自分が主演で、愛する人たちに恵まれて。だから思い出を残そうと、写真をいっぱい撮って、そこで距離を縮めたりもしました。

――劇中での掛け合いもそういう空気の中から生まれたもの?

伊藤 そうですね。あれは作ってはできないと思います。

――凛太郎を主役に口説くときのたたみ掛けも面白かったです。「出ません」と言われているのに、「出ます! これ決定事項!」とか。

伊藤 そこもテンポ感は考えましたけど、何か乗ってましたね。仲良くなって空気ができていたから、つまづくことはありませんでした。特に、みんなで映画の撮影をしているシーンとか、ワンカットで撮ったところもたくさんありましたけど、役者のほうで止まることはまったくなかったです。ワチャワチャしていたら、それが正解。そこを撮ってもらえばいいだけ、という感じでした。

プライベートでも映画のことしか考えませんでした

――ハダシに共感したところというのは、好きなものへのめり込み方ですか?

伊藤 その情熱が一番ですね。そういうものが自分になくて演じていたら、違っていたかもしれません。もともと自分の中に近い部分があって共感できたから、私はハダシになれたのかなと思います。

――役作りはしなかったとのことでしたが、作品によってはかなり練ることも?

伊藤 過去には練ることはいっぱいありました。時間が足りなくて、完成したものを観て「うまくいかなかった」と反省したり。最近は『お耳に合いましたら。』とか、自分と近い役が多いから、肩の力を抜いてやれています。『サマーフィルムにのって』と同じ松本(壮史)監督で、私のことをわかってくれていて、信頼できる方とご縁がある時期ですね。

――『サマーフィルムにのって』を撮っていたときは、万理華さん的には新しいアプローチだったと?

伊藤 とにかくみんなと仲良くなって、お話の中では『武士の青春』を撮り切る。役者の私は『サマーフィルム』を撮り切る。その気持ちしかありませんでした。プライベートでもみんなと映画のことしか考えてなかったので、ずっとハダシでした。

――映像作品での表現が好きという万理華さんですが、自分で撮りたいとも思いますか?

伊藤 今回監督役をやらせていただいて、本物の監督を観察したり、今までも身近で見てきた中で、いつかきっと「自分で作りたい」と思う気はしました。まだ脚本を書いたり、物語の構成を練ることはできないので、同世代の信頼できるクリエイターと出会って、一緒にモノ作りをしたいと思っています。

――漠然とでも、どんな作品を撮りたいか、構想はありますか?

伊藤 自分が経験したことでないと、表現できない気がします。過去にあったことを自分のフィルターを通して作品に変えていく。いつかそういうモノを作れる機会があれば、やりたいです。

重圧で体はSOSを出していました

――『サマーフィルムにのって』には恋愛要素もありますが、ハダシはどの時点から凛太郎を好きになったんですかね?

伊藤 最初に会ったときから、ひと目惚れだったんじゃないでしょうか。

――『武士の青春』の主役にぴったりと思っただけでなく?

伊藤 「この人でなければダメだ」という特別な感情って、恋愛なのかはわからなくても、好きになったということですよね。それが恋愛の好きになったのがどの瞬間だったかは、私にはわかりませんし、ハダシ自身もわからなかったと思います。ただ、口にしたのが海のところで、きっと遅かったんでしょうね。

――終盤の文化祭を2人で回るシーンには、恋愛モノっぽさが凝縮されていました。

伊藤 あそこは私、大好きですけど、すごく切ないですね。2人で文化祭を回って、あんなに楽しいのに、エモーショナルな音楽が流れていて。未来から来た凛太郎との別れが迫っていて辛い。でも、それがわかっているからこそ、ハダシには特別な瞬間でした。

――この映画の撮影の中で、演技的に悩むことはなかったですか?

伊藤 悩みました。自分を追い込みすぎたのか、体にいろいろ異変を来しました。食欲もなかったし、日光で肌が荒れてしまったり。そんなことは今までありませんでした。自分で気づかないところで、体がSOSを出していて、ちょっと危なかったです。

――やっぱり主役のプレッシャーがあって?

伊藤 重圧はきっとあって、みんなにも気を張っているのが伝わっていたと思います。自分の気の持ちようをどうしたらいいのかわからなくて、寝る前にずっと唸っていたり、泣いたりしてました。でも、それくらいやらないと、できなかったと思います。それに、そんなことよりも楽しくて、ハダシ的には「撮らなきゃ!」という感じでした。

自分が邪魔にならずに役と一体化できたら

――役者さんについて、“憑依型”とか“カメレオン”という形容がされますが、万理華さんもそんなふうに役に入り込む感覚はありますか?

伊藤 わかりません。でも、ちょっと不思議な感覚になったことはありました。去年やった個展『HOMESICK』の中の映像作品で、人外の役をやったんです。自分がひとつズレてるというか、この空間にいるのにいないみたいで、その状態が一瞬でも途切れたら終わってしまう。そんな難しい役でした。自分が企画して演じたんですけど、そのときはもしかしたら、違う人格になっていたのかもしれません。撮影の合間もずっとその状態が続いている感覚でした。そういう役になろうとしたら、人って自分に催眠を掛けられる。すごいなと思いました。

――というか、そういうことをできるのが役者さんなのでは?

伊藤 そうなのかな? 自分ができているかはわかりませんけど。最近の私は自分に近い役が多いので、今後そうでない役をやるときに、それができるかが勝負なのかなと思います。

――他にも、今後女優として身に付けたいことはありますか?

伊藤 自分とは全然違う役だったとしても、リアリティを出せるか。「まったく別人なのに、この人でないとできない」と思われるようになりたいです。役者さんによっては、役を演じるために自分自身を捨てる方もいますよね。もちろんそれは大事ですけど、私は自分が伊藤万理華であることが邪魔でないようになりたくて。自分を保ちながら役と一体化することが活きる瞬間があると、私は信じたいです。

撮影/松下茜

Profile

伊藤万理華(いとう・まりか)

1996年2月20日生まれ。大阪府出身。

2011年に乃木坂46の1期生オーディションに合格。2015年に映画『アイズ』で初主演。2017年12月に乃木坂46を卒業し、女優に転身。主な出演作は、ドラマ『ガールはフレンド』(TOKYO MX)、『東京デザインが生まれる日』(テレビ東京)、映画『賭ケグルイ』、舞台『DOORS』など。放送中のドラマ『お耳に合いましたら。』(テレビ東京系)に主演。8月6日に主演映画『サマーフィルムにのって』が公開。

『サマーフィルムにのって』

監督/松本壮史 脚本/三浦直之(ロロ)、松本壮史

配給/ハピネットファントム・スタジオ

8月6日より新宿武蔵野館、渋谷ホワイトシネインクほか全国公開

公式HP

(C)2021「サマーフィルムにのって」製作委員会
(C)2021「サマーフィルムにのって」製作委員会

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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