なぜ新日本プロレスはアメリカで有観客大会を開催するのか? 社長に直撃インタビュー
新日本プロレスにとって18ヶ月ぶりの有観客アメリカ大会となる『カードファイト!! ヴァンガード overDress Presents RESURGENCE』が、いよいよ今週末、8月14日(日本時間8月15日)にロサンゼルスで開催される。
コロナ禍の前には、積極的にアメリカで大会を開催して、世界進出を進めていた新日本プロレスだったが、新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックにより、アメリカでの有観客大会開催はストップしてしまった。
ワクチン接種率が高いアメリカでは、コロナ前の生活が戻ってきつつあるが、このタイミングで新日本プロレスもアメリカに戻ってきた。
新日本プロレスの大張高己社長に、今後のアメリカ展開プランを直撃した。
コロナ禍の中でベストな形の大会
――今週末に開催されるロサンゼルス(LA)大会のチケットは売れ行きが好調で、ほぼ完売状態のようですね。
大張社長(以下、大張):まず、お客様に、ながらくお待たせ致しました。有観客では1年半ぶりですが、「STRONG」として無観客の大会はやっていました。試合こそ行われていましたが、お客様がいなかった。今回は、ライオンたちがついに檻から解き放たれる瞬間です。今回は単なる興行というよりも、その瞬間を世界中のファンと共に祝うような、特別なイベントだと思います。
大会が行われるのは、1984年のロサンゼルス五輪のメイン会場となったコロシアム前の特設広場「The Torch at LA Coliseum」。Torch(聖火)の名の通り、会場からはコロシアムの聖火台が見える作りになっている。チケットはほぼ完売になっており、アメリカのファンが新日本プロレスの大会を待ち望んでいたことが伝わってくる。
新型コロナウイルスによるパンデミックで、レスラーが海を渡るのが難しかったこの1年半は、新日本プロレスの有料動画配信サービス「新日本プロレスワールド」(ワールド)の新コンテンツとして、アメリカ在住の選手を中心とした「NJPW STRONG」(STRONG)という無観客大会を毎週配信してきた。
――コロナ前のアメリカ大会では日本人選手が多数参戦して、日本で行われている新日本プロレスの興行をそのままアメリカに持ってきた形でした。今回のLA大会はアメリカを拠点とする日本人以外の選手が中心となった大会となりますね。
大張:これはコロナ禍の影響があります。新日本プロレスは2019年にアメリカ法人を立ち上げまして、私はアメリカの代表も兼務しています。日本もアメリカもどちらも同じく「本物の新日本プロレス」ではありますが、今回の大会はアメリカの選手を中心にしています。アメリカの選手が日本に来ても、2週間の隔離がありますし、その間はトレーニングもままならない状況ですから、パフォーマンス面でも、試合の機会の面でも非常に制限が多い。そこを逆手に取って、アメリカ在住の選手を中心にアメリカで大会をやる。このコロナ禍だからこその新しい形になります。その一方で、この「STRONG」を続けていく中で、いろいろな選手が他団体へ出て行ったり、他の団体から新日本プロレスへ選手がやってきて戦いを挑んだりといったことがありました。その成果で、今回の「RESURGENCE」は新日本プロレスのアメリカにいる多くの選手、そして新日本プロレスの日本にいる選手も数人参加します。プラス、アメリカで戦っている他団体の選手も参戦してきます。この形は現在の外部環境の中で「ベストなもの」だと考えています。
「RESURGENCE」には日本から棚橋弘至、石井智宏の2選手、そして海外武者修行に出る上村優也、LA道場で修行中の成田蓮と日本人選手は4人しか参戦しない。
日本人レスラー以外の選手を中心とした興行ができるのも、現地に道場を持ち、自前で選手を育て上げてきた新日本プロレスならでは。
――アメリカ法人を設立される1年半前には、ロサンゼルスに新日本プロレスの道場を作られましたが、今回のLA大会にもLA道場の選手が多数参戦されます。2018年にLA道場を作ったからこそ、世界的なパンデミックの中でも世界進出プランを継続できているのではないでしょうか?
大張:道場も含めたアメリカ法人そのものの存在が大きいですね。アメリカに会社があり、道場があり、道場生がいる。そして、その道場生を支える柴田(勝頼)選手や社員もいます。それら全ての力が合わさって、「STRONG」ができ、この1年半をとてつもなく大きな意味のある時間にできたと思います。
2、3ヶ月後の日本のプロレス観戦スタイルを見せる
ーー大会名の「RESURGENCE」は「復活」や「再起」という意味がありますが、今回のLA大会はコロナ禍からの再起を飾る大会になると思われます。大会が行われるロサンゼルスでは、メジャーリーグの試合に5万人以上の観客が集まり、ほとんどのファンがマスクをしないで、大声で声援を送り、コロナ前のスポーツ観戦スタイルが戻ってきています。
大張:私は昔、アメリカにも住んでいたことがありますが、アメリカの仲間からの情報を聞くと、アメリカは日本より2、3ヶ月先を行っていると感じます。日本のファンの方には、新日本プロレスワールドで「RESURGENCE」を観ながら、2、3ヶ月後の日本の観戦はこんな感じになるんだと思ってもらいたい。懐かしいようで、新しく夢のある世界。まさに「復活」という名前に相応しい大会です。
コロナがなければ2020年夏に2度目のMSG大会が!?
ーーコロナ前は新日本プロレスのアメリカ大会がすごく盛況でした。もしも、コロナがなかったら、どのような展開を考えていましたか?
大張:間違いなく、2020年夏にはマディソン・スクエア・ガーデンで大会を開催していました。日本では「WRESTLE KINGDOM」という王国という意味の大会を開催していますが、それに双璧をなすような「WRESTLE DYNASTY」というものを立ち上げて、アメリカでも「WRESTLE KINGDOM」と同じクラスの大会を定期的にやっていく。そのために年間20興行、月に1.5から2興行の頻度で、各エリアを回る。そんなプランを遂行していく予定でした。
2019年4月には「プロレスの聖地」と呼ばれ、世界一のプロレス団体と呼ばれるWWEのお膝元でもあるニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでの大会を大成功させた新日本プロレス。1万6,534人の満員のファンを魅了して、WWEに追いつくような勢いを感じさせた。
新日の選手層の厚みと選手の能力は世界一
ーーコロナ前には「世界一のプロレス団体」に追いつきそうな勢いをみせていましたが、コロナ前とコロナ後で「世界一のプロレス団体」との距離感はどうなったと感じられますか?
大張:距離感を何で比べるかですよね……。他の団体と比べるのではなく、新日本の中での相対的な話として、「無観客でやるのは、選手にとって非常に有意義だ」と棚橋選手がよく言っています。「STRONG」は無観客で行ってきましたが、日本でも観客を制限しています。ブーイングや歓声が届かない拍手だけの中、その中で選手たちは一段、二段と成長できたと思いますし、アメリカを含めた選手層の厚みは世界一だとも思います。
一方で、ビジネスの多様性という意味では、まだ道半ばの部分もあります。アメリカでは今、テレビ放送がありません。その代わり配信サービスの「Roku」で無料配信を始めています。テレビ放送がない中で裾野を広げていく活動と、会場に来て頂く活動の両輪で回そうとしたのですが、無観客となった分、そこはスピードが緩まってしまった。総じて近づいたか遠のいたかは……回答が難しいところです(苦笑)。選手層の厚み、選手の能力に関しては、世界一をぶっちぎっていると思います。
ーー「ワールド」の海外からの会員数は、コロナ前と後でどう変化していますか?
大張:会員数はあまり変わっていません。「STRONG」の開催場所は公表しておりませんが、アメリカです。アメリカでやっている、アメリカ人選手中心で、アメリカ人アナウンサーが実況している「STRONG」は海外のファンにもとても好評でして、多くの海外のファンが解約せずに留まってくれています。
ーーアメリカ国内ではテレビ放送がありませんが、今後はまたアメリカのテレビでも新日本プロレスの試合を観られるようになりますでしょうか?
2022年にはアメリカでのテレビ放送も再開
大張:テレビに変わる配信プラットフォームとして「Roku」は非常に頼もしいパートナーです。欧米でテレビ離れが進む中で、特に若い人が新しく新日本プロレスに触れていただくための非常に有力なツールです。
一方で、「Roku」以外のユーザーに認知していただくためには、テレビも必要です。複数のテレビ局からオファーはいただいておりまして、来年には再開できるようにはしたいです。
2014年からアメリカのAXSというテレビ局で新日本プロレスの試合が放映されていたが、2019年の年末でAXSでの放送が終了。ここ1年半はアメリカのテレビで新日本プロレスの試合は放送されていない。今年2月からは大手配信サービスの「Roku」でアメリカ、カナダ、イギリスのファン向けに毎週1回、1時間の番組を配信している。アメリカだけで5000万人近い会員数を誇る「Roku」で無料配信を通して、ライトなプロレス・ファンにアプローチをしている。
選手が戦いたい相手と戦える舞台を準備をするのが背広組の役目
ーー今年に入ってから新日本プロレス所属の選手がAEWやインパクトのリングに上がったり、AEWで新日本プロレスのタイトルマッチが行われたりしていますが、AEWとインパクトの関係性を教えてもらえますか?
大張:ファンの方々やメディアの方々は、「提携するのか?」とそこが気になると思うのですが、会社のロゴが示す通り、新日本プロレスのレスラーはライオンであり、野獣です。彼らがどこで、誰と戦いたいというのが最初にきます。「俺はあいつと戦いたい。だから、あのリングに行かせてくれ」、また「永田(裕志)選手と戦いたい」と挑戦してきた(ジョン・)モクスリー選手のように、他団体の選手が新日本プロレスの選手に喧嘩を売ってくるという逆のパターンもあります。それが大前提にあります。我々は夢を叶える商売をしていると思っています。ファンの方々の夢を叶えるために、私ども背広を着ている人間はレスラーの夢を叶えることがまず大事だと思います。新日本プロレスの選手が戦いたい相手が他の団体にいるのであれば、そこと戦えるような準備を整えるようにします。
今年2月にはIWGP USヘビー級王者挑戦権を持っていたKENTAがAEWに登場して、王者(当時)のジョン・モクスリーを襲撃。5月にはモクスリーに挑発された永田裕志がAEWのリングに上がって試合をするなど、新日本プロレスとAEWは今年に入ってから急接近している。
ーーコロナ前に新日本プロレスがアメリカ進出をされたときにはROHと提携されていましたが、今後、新日本プロレスがさらにアメリカ市場に進出していく中で、AEWやインパクトと提携することは考えていらっしゃいますか?
大張:どこかとべったりと言うのは、あまり考えてはいません。もちろんROHさんもメキシコのCMLLさんも信頼できるパートナーです。さきほども言いましたように、選手が戦いたい相手がAEWやインパクトにいるのであれば、そことやることになるでしょうが、どこか(特定の団体)だけと、やることではないですね。機運が高まって、複数の選手同士が戦いたいと言うのであれば、一緒にやることもあるかもしれませんが、そこは選手次第です。
ーーLA大会では棚橋選手がIWGP USヘビー級のベルトに挑戦しますが、USヘビー級のベルトは、アメリカでの興行に向けて設立されたものでした。このベルトの存在意義は、どう考えていらっしゃいますか?
大張:アメリカのエリアで誰が一番強いのかを決めるベルトだと思います。これはコロナの前、後で変わらないと思います。選手が(日本とアメリカのリングを)行ったり来たりする中で轍のような形で、各団体との橋渡しができたとして、USヘビーを作った当初よりも、今まで以上にいろんな団体の選手が狙ってくるベルトになると思います。それを見て、黙っていない日本の選手も出てくるでしょう。戦いなので、勝った人が本拠地とするところにベルトは行ってしまいます。ここしばらくは、AEWにベルトが行ってしまっていました。今回、棚橋選手が勝ったら、もともとの思想はアメリカにベルトがあるものだったかもしれませんが、今度はアメリカの選手が日本に来て戦いを挑むようになるかもしれません。
2017年に作られたUSヘビー級のベルトは、ロサンゼルス郊外のロングビーチにて2日間に渡って開催された大会で初代王者決定トーナメントが行われ、ケニー・オメガが初代王者に輝いた。現王者のランス・アーチャーは9代目王者だが、これまでにUSヘビー級のベルトを腰に巻いた日本人選手はいない。
ーーアメリカでは、STRONG無差別級王者というベルトも新設されましたが、USヘビーとSTRONG無差別は、どう差別化していきますか?
大張:「STRONG」という大会の中でのナンバー1を決めたのが、STRONG無差別級王者です。それまでは「STRONG」の中で、上位下位の概念がなく、そこに出ている選手たちが何を目指して戦っていけば良いのかが見えなかった部分もありました。
USヘビーとSTRONG無差別の王者のどちらが上なのかという論点が出てくるのであれば、その王者同士が戦って決める以外にはないでしょう。STRONGのベルトは、「STRONG」の中でのナンバー1の証ですが、STRONGの外から敵が来たなら、チャンピオンとしてのプライドを持って迎え撃てばいいと思います。
新日本プロレスのベルトの中で最も新しいSTRONG無差別級のベルトは、今年4月に初代王者決定トーナメントが開催され、元UFC戦士のトム・ローラーが初代王者に輝いている。
STRONG大会の逆輸入も?!
ーー有観客で初めて行われる「STRONG」大会には、棚橋弘至選手と石井智宏選手の参戦が発表されました。9月にはテキサス州で、10月はフィラデルフィアで開催される「STRONG」に日本人選手が参戦する可能性もありますが、今後は日本人選手がSTRONG無差別のベルトを奪い、日本のリングで防衛戦を行うこともあるかもしれないということですね。
大張:ありえますね。日本の選手でSTRONGのベルトが欲しいという選手がいれば、アメリカに渡航して、挑戦できるような手配は整えます。STRONGという大会はアメリカでやっていますが、いつかは日本に逆上陸してくるかもしれませんよ。無観客で始まり、次のステップとしてここからは有観客になりますが、そこでも収まらなくなってきたら、あるとき日本でお客さんを入れてやるかもしれませんし、STRONGの選手たちが日本の選手に喧嘩を売ってくるかもしれない。そのときのベルトの位置づけは非常に興味深いですね。
ーー海外武者修行に出た上村優也選手もLA大会に参戦しますが、その後はどこのリングで戦うのでしょうか?
大張:どこで戦うんですかね?(笑)。昔から、海外遠征に出ていく選手は、自分で戦っていかないといけないんですよね。彼がどうしたいかだと思います。アメリカに渡ったけど、これからアメリカでやっていくのか、それともアメリカを経由して、別の国に行くのか。彼がどういうメッセージを発信していくのか、注目してみてもらいたいですね。
日米同時進行を目指す新日本プロレス
ーー今後のアメリカ市場での計画は?
大張:2年前の話にさかのぼりますけど、アメリカ法人を立ち上げた理由は、日本から新日本プロレスを奪ってしまうのではなく、アメリカでの新しい選手の発掘や、アメリカに住みながら新日本プロレスに参戦したいレスラーの受け皿、そして日本に住みながらアメリカでも活躍できる手段の提供といったものでした。つまり、これまで見られなかった対戦を実現するということです。
その道はコロナ禍の中でも進んでいます。私はよく「陸・海・空」という言い方をしますが、「陸」は現地での興行、「海」はEC等の物販、そして「空」は国境を越えていける動画配信やアプリなどのコンテンツです。「陸」は団体のエンジンとなる部分なので、毎月の頻度で興行は続けて行きます。「海」と「空」はコロナの影響を追い風に変える戦略で、この1年半で急成長を遂げることができました。アメリカではこれまで大きなエンジン部分がギアやシャフトに繋がっていませんでしたが、有観客でこれからようやく本格始動していきます。もちろん、興行収入や会場での物販も増えていきますが、リモートで視聴していく人たちの数や、通販でグッズを購入してくださる人の数も増えていくはずです。アメリカで根付いた新日本プロレスがしっかりと芽を出して、大木になっていくプロセスがここから始まります。今は1000人、2000人規模の大会を計画していきますが、今後はビッグマッチも計画していきます。日本でもやっているスタイルをアメリカでも実現していき、新日本プロレスはアメリカでも定期的に大会を開催している団体になっていきます。
プロレス以外のスポーツ団体を見ても、野球の楽天(東北楽天ゴールデンイーグルスと台湾の楽天モンキーズ)やサッカーのアルビレックス(アルビレックス新潟とアルビレックス新潟シンガポール)のように日本国内とアジアにチームを持つ例はあるが、日本とアメリカにチームや団体を持っている組織は新日本プロレスだけである。
アメリカにも拠点を持つことで、日本を今以上に盛り上げることができ、選手とファンの両方が壮大な夢を見ることができる。
アメリカのメジャーリーグでは日本人の大谷翔平が本物のスーパースターとしてアメリカのファンから認められているが、新日本プロレスのレスラーにも大谷に続く世界規模のスーパースターになれるチャンスが待っている。
世界で通用する技術は持っている新日本プロレスのレスラーが、世界で羽ばたくために必要なのは世界のファンの前で戦う機会だけ。
新日本プロレスが世界一のプロレス団体になるための「復活」の一歩を踏み出す大会となる「RESURGENCE」は見逃せない。
RESURGENCE 大会情報&視聴方法
大会名:「カードファイト!! ヴァンガード overDress Presents RESURGENCE」
日時:現地時間・8月14日(土)20時~
日本時間・8月15日(日)12時~
会場:The Torch at LA Coliseum
視聴方法:動画配信サービス「新日本プロレスワールド」で生中継