ノート(63) 意外と打率が低い「割り屋」 主任として取調べ官を交代させた例
~達観編(13)
勾留22日目(続)
割り屋とは
別の検事から取調べの担当を引き継いで成功した例もあるが、陸山会事件など、実際には上手くいかなかったケースの方が圧倒的に多い。「割り屋」と呼ばれる著名な検事であっても、同様だろう。検察で使われる「割り屋」という言葉は、次のような意味だ。
(1) 取調べの中で被疑者から自白はもちろん、より重要な供述を引き出す能力に長けた検事。隠された事実を白日の下にさらすことで、捜査を大きく進展させることができる。取調べを「叩く」、自白を得ることを「叩き割る」と呼ぶところから
(用例)「今の東京特捜には『割り屋』がいないから、大阪特捜の『割り屋』を応援に呼ぼう。もし事件が伸びなかったら、全て大阪特捜の責任にすればいい」
(2) 取調べで被疑者の言い分に耳を傾けず、その泣き言に動じず、一歩も引かず、ひたすら押し込む能力に長けた検事。既に判明している事実やリークなどで確定している事実、検察が描いているストーリーを被疑者に飲ませるだけなので、必ずしも捜査を進展させるわけではないが、検察の体面保持には役立つ
(用例)「こんな無理スジの事件でも被疑者に頭を下げさせるなんて、さすがに彼は『割り屋』だな」
(3) (1)でも(2)でもないが、他人が検事を持ち上げて気分をよくさせるときに「エース」と並んで使う常套句。喜ばない異動を告げたり、無理な仕事を押し付けたりする際に使われることが多い
(用例)「君みたいな『割り屋』を失うことは、うちの部としても痛手だよ。何と言っても、君は同期の中で最強の『エース』だからな。新任地でも、その能力を発揮して是非がんばってもらいたい。まあ、一杯飲んでくれ」
(3)は論外として、実のところ「割った」と評価されるケースのほとんどが(2)のパターンだ。だからこそ、特捜事件では、いざ公判になると、いとも簡単に捜査段階の自白が翻されるわけだ。
他方、(1)が本来の「割り屋」ということになるだろうが、これも公判で供述を翻されればそれまでだ。その意味で、(1)のうち、全面否認の被疑者を自白させ、その自白も秘密の暴露があり、客観証拠と整合するなど信用性が高く、未把握の重要事実まで語らせるばかりか、公判でも供述を翻させずに判決に服させる、というのが真の「割り屋」だ。
しかし、数多くの取調べ経験の中でその境地に至ったのは、1割にも満たない。
この記事は有料です。
元特捜部主任検事の被疑者ノートのバックナンバーをお申し込みください。
元特捜部主任検事の被疑者ノートのバックナンバー 2017年9月
税込1,100円(記事3本)
2017年9月号の有料記事一覧
※すでに購入済みの方はログインしてください。