開戦からのウクライナ迎撃戦闘のミサイル・ドローンの飛来数や撃墜数など合計数をシルスキー総司令官が発表
8月20日、ウクライナ軍のオレクサンドル・シルスキー総司令官は地方自治体会議での報告で、開戦日の2022年2月24日以降から現在までのロシア軍による長距離ミサイル・ドローン攻撃の合計数を発表しました。飛来数、撃墜数、目標数(軍事目標ないし民間目標)が記されています。出典:ウクライナ軍事誌「Defense Express」
ウクライナ迎撃戦闘2022年2月24日~2024年8月現在
※元資料には一部のミサイルについて「Важкоперехоплювані(迎撃困難)」という分類があるが、最も迎撃困難な筈のキンジャールが入っておらず不自然なため、筆者が独自に超音速以上を発揮できる迎撃困難な「高速ミサイル」と迎撃しやすい亜音速以下の「低速ミサイル」という分類に変更。
※なおキンジャールが111飛来28撃墜で撃墜率25%と意外にも落とされているのは、キーウに配備されたパトリオット防空システムを狙って攻撃を仕掛けて返り討ちに遭ったケースが何度かあるため。
※元資料は数字を足すと合計が若干合わない箇所があるが、元資料のまま。これは迷走したミサイルの着弾位置が不明なケースなどがある可能性。
※元資料は戦闘機用の空対地ミサイル各種(Kh-25/29/31/58/59/69)を全てまとめた集計があるが、このうちKh-31P対レーダーミサイルのみ超音速でそれ以外は亜音速。またKh-69のみ射程が特に長い。本来ならば性能が異なる何種類ものミサイルを一纏めにするのは不適切だが、元資料のまま。
※元資料ではシャヘド131/136自爆無人機(プログラム飛行型自爆ドローン)とランセット(遠隔操作型自爆ドローン)が何故か一緒に集計されている。射程も大きく異なり誘導方法も違うので本来は分けるべきだが、元資料のまま。
※北朝鮮製KN-23はロシア製イスカンデルMの模倣なので一纏めにされているが、飛来1300発のほとんどはイスカンデルM。
※S-300/S-400は地対空ミサイルの転用、Kh-22/Kh-32は空対艦ミサイルの転用、P-800オニクスは地対艦ミサイルの転用、Kh-35は地対艦ミサイル/空対艦ミサイルの転用で、本来は対地攻撃兵器ではない。
※3M22ツィルコンは最新鋭の極超音速スクラムジェット巡航ミサイルで対地対艦兼用。量産は始まったばかりで数は少なく極一部が試験投入されている。
総合計:23624飛来/11701撃墜、目標:6219軍事/5695民間
- ミサイル合計:9627飛来/2429撃墜、目標:5197軍事/1998民間
- ドローン合計:13997飛来/9272撃墜、目標:1022軍事/3697民間
目標物の分類は迎撃を突破して着弾した数の集計になるので、「狙われた数」ではなく「結果的に被害が生じた数」であることに注意してください。また民間目標は電力施設などインフラを含みます。
なお集計は全ての飛来数を正確に把握したものではありません。開戦初期の混乱していた時期では正確な集計などとても望めませんでしたし、最前線での戦術運用での弾道ミサイルなどの使用では現在でも捕捉しきれていない例もあります。
本物の弾道ミサイルと巡航ミサイル(亜音速)の比較
- 弾道ミサイル合計:1411飛来/84撃墜、目標:1048軍事/277民間
- 巡航ミサイル合計:2852飛来/1960撃墜、目標:510軍事/472民間
※弾道ミサイルはイスカンデルM/KN-23とキンジャールのみを集計して射程の短いトーチカUは除外、亜音速巡航ミサイルはKh-101とカリブル系(イスカンデルKは派生型)のみを集計。
弾道ミサイルの使い方を間違えたロシア軍
弾道ミサイルは1411飛来/84撃墜で迎撃率6%しかありませんが、これは2023年5月にパトリオット防空システムが首都キーウで稼働状態になるまで対抗手段がほぼ無かったせいになります。
また弾道ミサイルは7~8割を軍事目標に差し向けており、民間目標(電力施設など)にはあまり投入して来なかったことが分かります。おそらくですが1000発以上は開戦初期の1~2カ月間にほぼ使い切っており、開戦7カ月後に電力施設への攻撃に方針転換した頃には弾道ミサイルの在庫は枯渇しており、大きく高価な弾道ミサイルは生産が捗らず補充は追い付かず、開戦1年目の冬季電力インフラ攻撃の主役は巡航ミサイルで行う羽目になっています。
ロシア軍は侵略の際にウクライナをなるべく無傷で手に入れたかったので、戦争の初期には民間インフラへの攻撃を控えていたのでしょう。もしも最初から迎撃困難な弾道ミサイルで民間インフラを狙って全力攻撃していたら、開戦1年目の冬が来る前にウクライナの電力供給能力は崩壊していたかもしれません。
巡航ミサイル(亜音速)も足りず自爆ドローンを補助用に
巡航ミサイルは2852飛来/1960撃墜で迎撃率69%です。最近の巡航ミサイルの迎撃率は80~90%前後で推移しているのに比べると低くなっていますが、これは開戦初期は混乱の中での奇襲効果と大量投入による飽和攻撃で突破率が高かった時期があることが影響しています。
ただし巡航ミサイルを使い過ぎて一度の大量投入が難しくなり、ウクライナ軍が慣れて迎撃態勢を確立すると突破率が低下していくことになります。おそらくですが開戦最初期の巡航ミサイル突破率は7~8割近かったのではないでしょうか。それが現在では逆転しています。
そして開戦7カ月後に電力施設への攻撃に方針転換する前に、弾道ミサイルだけでなく巡航ミサイルも使い過ぎて数が足りないことにロシア軍は気付きます。そこで急きょイランから巡航ミサイル並みの射程を持つシャヘド136自爆ドローンを大量購入して補助用とすることにしました。
- ドローン合計:13997飛来/9272撃墜、目標:1022軍事/3697民間
自爆ドローンの迎撃率は66%です。最近の自爆ドローンの迎撃率は80~90%前後で推移しているのに比べると低くなっていますが、これは初期投入時に大量にやって来る自爆ドローンの飽和攻撃にウクライナ防空部隊が慣れておらず対処しきれなかったことが大きかったのではないかと思われます。しかし防空部隊が慣れて来ると巡航ミサイルよりも速力が3分の1程度しかなく遅い自爆ドローンは対空機関砲でも十分落とせることが判明します。
本格的な地対空ミサイルは巡航ミサイル相手に温存し、自爆ドローンは車載運用の対空機関砲や携行地対空ミサイルで対処する機動射撃班で迎撃する役割分担が確立すると、迎撃ミサイルが足りなくなって対処できなくなる事態も少なくなっていきました。
なお自爆ドローンの民間目標突入数3697は巡航ミサイルの民間目標突入数472よりも大幅に多く見えますが、プロペラ推進式で機体が小さな自爆ドローンは弾頭重量が巡航ミサイルの10分の1以下しかないので、投射量で見るとむしろ巡航ミサイルの方が多くなります。
冷戦期に作り過ぎて余っているS-300の対地転用
- S-300/S-400:3008飛来/19撃墜、目標:2176軍事/813民間
ロシア軍はS-300防空システムの地対空ミサイルを対地攻撃に転用していますが(準弾道飛行を行う高速ミサイルになる)、これは冷戦期に作り過ぎて使用期限切れのものが大量に余っているからです。そのため実に3000発もの投入が行われています。S-300は現在生産されていないので使い切ってしまうとそれまでですが、まだ枯渇する様子はありません。
なおS-300はほとんど迎撃できていませんが、これは本物の弾道ミサイルよりも迎撃し難いというわけではありません。S-300は弾道ミサイルとしてみると射程が短いので、パトリオット防空システムのような弾道ミサイル迎撃可能な大型防空システムを最前線に投入できず(防空システムはあまり頻繁に再移動するわけにもいかず、敵の野砲に狙われてしまう)、結果的に迎撃ができないのです。
このためS-300対地攻撃運用への対処方法は「HIMARSの誘導ロケット弾で攻撃して追い払う」という方法が有効であると判明しています。
関連:露軍S-300を宇軍HIMARSの越境攻撃で排除に成功:ウクライナ迎撃戦闘2024年6月分の傾向
空対地ミサイル各種:1547飛来/343撃墜、目標:944軍事259民間
(Kh-25/29/31/58/59/69) ※Kh-31Pのみ超音速 ※Kh-69のみ長距離
戦闘機用の空対地ミサイルは多くの種類が射程が短いため、S-300と同様の理由で防空システムが前線付近に布陣していない場合は撃墜数が少なくなる傾向がありますが、それでも空対地ミサイルは遅い亜音速のものが多いので、それなりに撃墜できています。このため迎撃率が巡航ミサイルより低く突破率が高いように見えますが、性能的に上だというわけではありません。(※Kh-31P対レーダーミサイルのみ超音速で性能的にも迎撃し難い)
長距離ミサイル攻撃の統計という観点から行くとKh-69のみを集計してもよさそうですが、ウクライナ軍は今回の報告で性能がまるで異なる6種類の空対地ミサイルを一纏めにしています。