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911テロ現場に一番近いモスク 街、人の変化見続けた半世紀

南龍太記者
世界貿易センタービルの跡地「グラウンド・ゼロ」
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 米同時多発テロから11日で18年、その後のイスラム教徒への偏見や差別、監視といった苦難と向き合いながら、イスラムの教義、理念を伝え続けてきたモスク(礼拝所)がある。ニューヨークのテロ現場にほど近い「マスジド・マンハッタン」(Masjid Manhattan、「マスジド」はアラビア語で「モスク」の意)。半世紀にわたり、街の変化、人心の移ろいを見続けてきた。信者らは近年多発するヘイトクライム(憎悪犯罪)を憂いつつ、危険な宗教ではないと差別や誤解の解消を訴える。異教徒へも積極的に情報を発信し、今日も平和への祈りを捧げる。

マスジド・マンハッタンの入り口にある表示
マスジド・マンハッタンの入り口にある表示

現場から10分

 9月の平日、正午過ぎや日没など1日に5回ある礼拝の時間に合わせて続々とムスリム(イスラム教徒)が集まってくる。日によって礼拝時間は変動し、その時間はモスクのウェブサイトで日々更新され、建物の入り口にも掲示される。

1日5回の礼拝の時間を示す
1日5回の礼拝の時間を示す

 特に「ジュマ」(juma, jummah)と呼ばれる集団礼拝のある金曜は、建物の地上6階全てが1000人を超える信者で埋め尽くされる。

 モスクはマンハッタン区の南方、車両一方通行の細い路地に、人目を忍ぶようにひっそりとたたずむ。看板がなければそれがモスクと分からないような外観だ。

緑の看板を掲げるマスジド・マンハッタン
緑の看板を掲げるマスジド・マンハッタン

 ハイジャックされた航空機が突っ込み、崩れ去った世界貿易センタービルの跡地「グラウンド・ゼロ」に最も近いモスクの1つとされる。テロ現場から東に徒歩10分ほどの距離にあり、あえて目立たない造りにしているようにすら見受けられる。マンハッタンから離れたクイーンズ区のモスクが、特徴のあるドームを設けているのとは対照的だ。

クイーンズ区フラッシングにあるモスク
クイーンズ区フラッシングにあるモスク

 マンハッタンだけで10を超すモスクがあるが、中でもマスジド・マンハッタンの歴史は古い。1970年に発足し、約半世紀にわたり、イスラム教徒の信仰と交流の場を提供してきた。

 今の建物へは、通りをいくつか隔てた別の場所から12年前に移った。平板な外観とは異なり、内装はよく設(しつら)えられている。礼拝前に体を清める「ウドゥ」(Wudu)を行える場所も地下に完備し、壁には巡礼の舞台、聖地メッカの様子が描かれたタイルもある。

礼拝前に身を清める「ウドゥ」を行う場所
礼拝前に身を清める「ウドゥ」を行う場所

 「アッサラーム・アライクム」(こんにちは)とアラビア語であいさつを交わし、出入りする信者たち。一方、建物内の掲示や集団礼拝の説教などは英語だ。信者にとってモスクは礼拝所であると同時に、情報交換をしたり、互いの健康を確かめ合ったりする貴重な場所となっている。

毎週テーマを変えて説教

 「このモスク、私たちの役目は異教徒間(interfaith)の理解を深めることでもある」。

 男性のイマーム(導師)はそう力を込めて説いた。約束の時間に行くと、他の信者と車座になって談義していたところ、異教徒の筆者を「まあ座りなさい」と招き入れた。

 導師は金曜、集まった1000人の信者らに向かって「団結」や「傲慢を自制すること」、「真のムスリムと偽りのムスリム」などテーマを変えながら、教えを説いている。

 導師はいろいろ語った。ニューヨークに住んで40年ということ、イスラムは「平和」を意味すること、イスラムが社会ともっと融和していた時代があったこと、このモスクは異教徒との相互理解を重んじる開かれた場所であること、中東に限らず世界各国のムスリムが訪れること、女性の信者も多いこと、そして「911」のこと。

 思わず「911の後はつらい時期でしたね?」と尋ねた。尋ねてから少し沈黙があった。そんな聞き方をすべきではなかったかもしれない。

 その後、導師の男性は向き直って言った。

イスラムとテロは関係ない

 「あの事件で悲しんでいない人がいますか。いませんね」。

 3000人近くが亡くなり、6000人超が負傷し、今も大勢の遺族や被害者が精神的、肉体的苦痛を強いられている。犠牲者の中には多くのムスリムも含まれていた、と導師は言い添えた。「イスラム教は本来テロとは関係のない宗教」と何度も強調し、一部の過激派の存在を憂えた。

 テロの後、ムスリムに対する暴力や差別が横行した。ニューヨーク市警が秘密裏にモスクを監視していたこともAP通信の報道で明るみに出た。

「差別されている」と答えたムスリムは82%と多い。出典:ピュー・リサーチ・センター
「差別されている」と答えたムスリムは82%と多い。出典:ピュー・リサーチ・センター

 その任務に当たる「監視班」は14年には解散したとされる。ただ、イスラム教への風当たりは依然厳しいと感じる信者は多い。米民間調査機関のピュー・リサーチ・センターが19年3月に米国の成人に実施した差別に関する調査によると、82%のムスリムは「『とても』あるいは『ある程度』差別されている」と感じている。ユダヤ教徒は同64%、人種別で最も高い黒人は同80%だった結果からも、ムスリムの被差別感情の高さがうかがえる。

 それを裏付けるように、米連邦捜査局(FBI)によるヘイトクライム(憎悪犯罪)の統計では、宗教に起因する犯罪のうち、ムスリムを標的としたものが14年に16.3%、15年22.2%、16年に24.8%と上昇している。17年に18.7%に低下したが、依然高水準で推移している。

増えるムスリム

 米国では、イスラム教はキリスト教、ユダヤ教に次いで3番目に信者の多い宗教だ。ピュー・リサーチ・センターの調査によると、ムスリムの人口は2017年時点で全米人口の1.1%に当たる345万人となった。

ムスリムの人口増が続いている。出典:ピュー・リサーチ・センター
ムスリムの人口増が続いている。出典:ピュー・リサーチ・センター

 さらに40年までにユダヤ教徒の人口を追い抜いて2位となり、50年までに810万人に上り、全人口に占めるシェアも約2倍になると予測される。

 ニューヨーク市ではムスリムが一層目立つ存在となっている。各種の調査や統計によると、ニューヨーク市のムスリムは16年時点で76万8767人となり、市の全人口の約9%を占めた。

 在米ムスリムの人口増に大きく寄与しているのは、出生に伴う子どもの増加だ。そうした米国生まれの世代にとっては、経典「コーラン」の言語、アラビア語の読み書きの習得が課題となっている。そのため、マスジド・マンハッタンはアラビア語の教室を子どもたちのために開くなどしている。

 また、多文化、多民族の米国で暮らす子どもたちにとって、普段目にする光景や友人の行動がイスラム教の教義に合致するかどうか、判断に迷う場合もあるようだ。そうした疑問に、このモスクはウェブサイトを通じて問答形式で答えている。例えば、「髪を矯正したり、エクステを付けたりする際のイスラム教のルールは何ですか」という問いに「普通のやり方で矯正したり、スタイリングしたりするのはよい」「黒く染める場合を除き、カラーリングはOK」「女性でも男性でもエクステンションを使うことはハラーム(haram; 禁忌事項)だ」といった具合に。 

教義に関する疑問に答える一問一答(マスジド・マンハッタンのウェブサイトより)
教義に関する疑問に答える一問一答(マスジド・マンハッタンのウェブサイトより)

 また、毎週の金曜集団礼拝での説教の様子の動画を投稿し、見られるようにもしている。

異教徒との対話

 こうしたムスリム向けの指南に加え、マスジド・マンハッタンの特徴の1つは「イスラムコミュティの外への発信」。導師が強調する異教徒間(interfaith)のコミュニケーションだ。

 一例として、各国語で翻訳したコーランを提供している。イタリア語、韓国語、ロシア語など10カ国語以上を用意し、「特定の言語をお求めの場合はご連絡ください」とメールを受け付けている。日本語版も対応可能という。

 布教だけが目的ではない。取り組みの背景には、イスラム教が絡む犯罪が誤解や偏見を招いており、誤った認識をなくしたいとの思いがある。ここ数年を見ても、関連の凶悪事件が相次いでいる。17年にはカナダ・ケベック市のモスクで銃乱射により6人が死亡、今年3月にはニュージーランド・クライストチャーチでモスク2カ所が襲撃されて51人が犠牲となり、負傷者も多数に上った。一方、米国では今年4月にロサンゼルス郊外で爆破テロ計画を企てていた容疑で、元米兵のイスラム教徒が逮捕された。

 事件が起きるたび、テロや犯罪とは無関係の信者も同列に「恐れるべき対象、脅威の存在」として扱われる。米国ではそうした「イスラム恐怖症」(Islamophobia)が同時多発テロ以降、急速に広まってきたと指摘されている。

 ムスリムは差別されていると感じ、他者から怖い存在と見られている。すれ違ったまま溝がなかなか埋まらない。

 こうした現状に対し、モスクとしてできることは何か。

 「テロとイスラムは関係がない」と繰り返す導師は、(アッラー〈神〉に)祈り続けていくことだと言った。

モスクの1フロア。金曜には全6階が信者で満杯に
モスクの1フロア。金曜には全6階が信者で満杯に

 そして、イスラム教が何であるか、少しでも知ってもらうための努力を続ける。コーランの翻訳もその一環だ。

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 筆者は、地道にムスリムと非ムスリムが向き合うしかないと感じた。対話のドアは開いている。

 導師の男性は最後に笑って言った。

 「いつでも来てください。是非(集団礼拝と説教のある)金曜にまた聞きに来てください。席を用意して待っていますから」

(表記のない写真は筆者撮影 ※希望により導師の氏名は非公表)

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記者

執筆テーマはAIやBMIのICT、移民・外国人、エネルギー。 未来を探究する学問"未来学"(Futures Studies)の国際NGO世界未来学連盟(WFSF)日本支部創設、現在電気通信大学大学院情報理工学研究科で2050年以降の世界について研究。東京外国語大学ペルシア語学科卒、元共同通信記者。 主著『生成AIの常識』(ソシム)、今年度刊行予定『未来学の世界(仮)』、『エネルギー業界大研究』、『電子部品業界大研究』、『AI・5G・IC業界大研究』(産学社)、訳書『Futures Thinking Playbook』。新潟出身。ryuta373rm[at]yahoo.co.jp

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