Yahoo!ニュース

結婚について知っておきたい法知識 その8~遺言は「子のない夫婦のパートナーを守る盾」になります。

竹内豊行政書士
別れは突然襲ってくることがあります。「子のない夫婦」の相続は要注意です。(ペイレスイメージズ/アフロ)

縁起が悪い話で恐縮ですが、結婚して不慮の事故などで突然配偶者(夫または妻)がこの世を去ってしまうということが実際あります。

新婚の間は、子どもが生まれていないカップル(「子のない夫婦」)がほとんどだと思います。実は、子どもが生まれるまでの間が「相続のキケン期間」です。

「子のない夫婦」の相続は、概して「争族」になりがちです。争族にはならなくても、手続が面倒になります。その理由は、「意外な人」が相続人に入ってくるからです。

では、どのような人が相続人になるのかを、「子のない夫婦」の夫が死亡したケースで見て見ましょう。

1.「亡夫の親」が健在な場合

以前は夫が早世してしまった場合によく起こるケースでした。しかし、超高齢化社会に突入して、子どもが親より先に死亡することも珍しくなくなりました。今後このケースは増えてくると推測されます。

さて、この場合、妻と亡夫の親(妻から見ると「義理の親」)が相続人になります。

法定相続分は、妻が3分の2、義理の親が3分の1です(義理の親が両親とも健在の場合は、1人当りの相続分の割合は3分の1を均等に割った6分の1)。

その結果、亡夫の遺産は、死亡と同時に妻に3分の2、義理の親に3分の1の割合で移転してしまいます。

そして、法定相続分で移転した亡父の遺産を「具体的」に分け合うために妻と義理の親の間で協議を行うことになります。

妻と義理の母親(姑)との関係がよくないと争族になる危険が高くなります。また、義理の親が認知症で判断能力に欠けていると厄介です。この場合、遺産分割協議を行う前に、家庭裁判所に後見の申立てを行う必要があります。

2.亡夫の両親が死亡している場合

この場合、亡夫に兄弟姉妹がいれば、妻と亡夫の兄弟姉妹(妻から見ると「義理の兄弟姉妹」)が相続人になります。

そして、法定相続分は妻が4分の3、義理の兄弟姉妹が4分の1になります(1人当たりの相続分は人数で割った割合になります)。

その結果、亡夫の遺産は、死亡と同時に妻に4分の3、義理の兄弟姉妹に4分の1の割合で移転してしまいます。

そして、法定相続分で移転した亡父の遺産を具体的に分け合うために相続人同士(妻と義理の兄弟姉妹)で協議を行うことになります。

なお、義理の兄弟姉妹の中で、亡夫より先に死亡した者がいる場合、その者に子ども(つまり、亡夫の甥姪)がいれば、その者が亡夫の相続人になります。そして、このような相続人を「代襲相続人」といいます。

代襲相続人のことを、棚ぼたでお金が入って笑いが止まらないということを例えて「笑う相続人」ということがあります。

結局、子のない夫婦で夫が死亡した場合、妻にすべての財産が入るのは、夫が一人っ子で、なおかつ夫の両親が死亡している場合になります。

3.妻が妊娠中の場合

では、第1子を妊娠中に夫が死亡してしまったらどうなるのでしょうか。相続人は相続開始時、つまり夫が死亡したときに、生存していなければなりません。

民法は、胎児をすでに生れていたものとみなして相続権を保障します(民法886条1項)。その理由は、「出生の可能性が高いのに相続権がないのは不公平だ」と考えるからです。したがって、父の死亡時に胎児であった者が、後に出生すれば相続人になります。その結果、相続人は妻と生れてきた子どもの二人になります。

(相続に関する胎児の権利能力)

民法886条1項

胎児は、相続については、既に生れたものとみなす。

ただし、死産の場合には、初めから相続人にならなかったものとして扱います(民法886条2項)。

(相続に関する胎児の権利能力)

民法886条2項

前項の規定(886条1項「胎児は、相続については、既に生れたものとみなす」)は、胎児が死体で生まれてきたときは、適用しない。

◎結婚したら万一に備えて遺言を

ご覧いただいたように、結婚して子どもが生まれる前に夫が死亡してしまうと、残された妻は義理の親や兄弟姉妹、時には亡夫の甥姪と遺産分割協議を行わなければならなくなります。

遺産分割協議は相続人全員が参加して全員が合意しなければ成立しません。義理の親や兄弟姉妹、ましてや亡夫の甥姪と遺産分けは困難を伴うことが想像に難くありません。

このような困難を予防するには「遺言」が有効です。遺言があれば遺言者が死亡した場合、死亡した者の財産は遺言のとおり移転します。

もし、夫が「妻にすべての財産を相続させる」という内容の遺言を残しておけば、万一の場合、夫が死亡時に有していたすべての財産は妻に移転します。

なお、たとえ「すべての財産を妻に相続させる」という遺言を残しても、義理の親には「遺留分」という権利があり、法定相続分の2分の1(つまり3分の1の半分の6分の1)の遺産を得る権利が保障されています(兄弟姉妹と甥姪には遺留分の権利はありません)。

しかし、妻は夫が残してくれた遺言に基づいて遺言執行(不動産や預金の名義を妻に変更するなど)ができるので相当なメリットがあります。

「子のない夫婦」の相続が争族になる危険が高く、しかも手続が面倒になることがお分かりいただけたと思います。

 遺言は「パートナーを守る盾」になります。いつかは訪れる死。その時はいつ起きるか自分では決めることができません。その時にパートナーを相続で一層悲しませることが無いように、遺言について本気で考えてみてはいかがでしょうか。

最後に、遺言の成立要件は遺言者に遺言能力があることが成立要件です。高齢者の遺言は争族につながる場合があります。お気を付けください。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

竹内豊の最近の記事