知っておきたい「親の相続」その1~「高齢者の死亡事故」と「遺言トラブル」の認知症という共通点
高齢者の自動車事故について、衝撃的な数字が報道されました。
警視庁は2月15日、75歳以上になって運転免許更新時などに認知機能検査を受けた高齢者の中で、昨年1年間に交通死亡事故を起こしたのは385人。そのうち49%となる189人が認知症の恐れがある「第一分類」か、認知機能低下の恐れがある「第二分類」と判定されていたと発表しました(注)。
2015~17年に認知機能検査を受けた75歳以上の約525万人全体の分析では、第一分類と第二分類は32%。小此木八郎国家公安委員長は15日の記者会見で「(高齢運転者の車に)家族が一緒に乗り、危ないなと感じる場合があると思う。控えた方がいいのではないかと、家族がそういう指摘をすることが非常に大切」と述べ、免許の自主返納を呼び掛けました。
(注)75歳以上のドライバーは免許更新時に認知機能検査を受ける必要がある(改正道路交通法101条の4第2項他)。検査の結果は、「認知症の恐れ(第1分類)」「認知機能低下の恐れ(第2分類)」「低下の恐れなし(第3分類)」の3段階で判定される。
以上の通り、去年、死亡事故を起こした75歳以上のドライバーのうち、半数近くが運転免許証の更新の際に受ける認知機能検査で「認知症のおそれ」または「認知機能低下のおそれ」と判定されていたことがわかりました。
ある程度予想された結果とは言え、目の当たりにすると驚くべき数字です。
そして、実は、認知症に関しては、遺言も無関係ではないのです。
●遺言を残すには「遺言能力」があることが絶対条件
たとえ遺言を民法が定めるとおりに残したとしても、「遺言能力」が低下もしくは無い時に残すと、相続人の間で遺言の有効・無効を争う「争族」になるおそれがあります。
(遺言能力)
民法963条
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
遺言能力とは、遺言の結果を弁識しうるに足りる意思能力のことをいいます。つまり、遺言が法的に有効になるためには、遺言者は遺言を残す時に、自分が残す遺言が、自分の死後にどのような結果をもたらすかハッキリ見極めることができる状態であることが条件に課せられているのです。
●高齢者の遺言は「争族」危険度がグッと高まる
実は、裁判で遺言能力が争われる事案のほとんどが、判断能力が低下した高齢者の遺言です。
遺言のほとんどは、法定相続分を無視した内容です。
そもそも、「法定相続分のとおり遺産を分けたくない」「法定相続分のとおり分けると家族に不都合が生じる」という理由で遺言を残す方がほとんどなので当然のことと言えます。
したがって、相続人の中には、親が残した遺言のために、もらえる遺産が法定相続分よりかなり低い割合だったり、全くもらえない人も出てきます(ただし、配偶者・子・直系尊属には遺留分が保障されています)。
このような人が、「この遺言を残した時には、親父は認知症が始まっていた時だ。きっと(遺言によって財産を多くもらう)兄貴が親父をそそのかして書かせたに違いない。こんな遺言は無効だ!」という一声で、一気に「争族」に突入してしまうこともあるのです。
●遺言能力があっても「病気の時」はキケン
たとえ頭がハッキリしていても、病気の時は要注意です。
病気になると手のしびれが症状に出ることがままあります。そのような時に遺言を残すと、元気な時と比べてかなり違う筆跡になってしまいます。
このような遺言も「親父はこんな字ではない。きっと(遺言によって財産を多くもらう)兄貴が書いたに違いない」などとクレームを付ける相続人が出てきて、遺言能力低下時に作成したものと同様、「遺言の真贋」を争う「争族」に突入することがあります(遺言の真贋争いを題材にした小説に池井戸潤さんの『かばん屋の相続』があります)。
なお、このような時には、自筆証書遺言(自分で書く遺言)ではなく、公正証書遺言がお勧めです。公正証書遺言であれば、署名と押印さえできれば成立するからです(もちろん、遺言能力が備わっていることが条件です)。
●親に遺言を残してもらうには心身共に健康な時がベスト
高齢者の死亡事故に認知症が大きく関与しているのと同様に、遺言トラブルの原因も認知症の影響を受けることがお分かりいただけたと思います。
特に、「親に遺言を残してもらわないと相続が相当に厄介になる」という方は待ったなし。親が心身共に元気な内に残してもらいましょう。
私の経験上、このような事情を抱えている場合は、親は理解を示して残してくれることが多いようです。
「案ずるより産むが易し」です。この記事を親に見せてきっかけを作るのもよいかもしれません。ぜひタイミングを見計らって親に誠意をもってアプローチしてみてください。