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”テレビ離れ世代の作るテレビ”から漂う違和感の正体

てれびのスキマライター。テレビっ子
『ドキュメント20min.』「ニッポンおもひで探訪 」のNHKプラスのサムネイル

番組表をチェックしているととある番組の概要文にそこはかとない違和感があった。

11月19日に放送された「ニッポンおもひで探訪 〜北信濃 神々が集う里で〜」と題されたドキュメンタリーの内容だ。

実りの秋。北信濃の集落を俳優・宍戸開が旅する。郷土料理に舌鼓。伝統の獅子舞にかける人々の思いにふれる。おそらく、この番組は伝統的な紀行ドキュメンタリー。

豪雪地帯として有名な長野県飯山市、厳しい冬を前に実りの秋がやってきます。宍戸開さんが訪れたのは山間にある小さな集落。山暮らしの知恵が詰まったごちそうでおもてなし。ある天ぷらに宍戸さんも驚がく。神々が集うというこの場所で行われる秋祭りにも参加します。伝統の獅子舞にこめられた熱き思い。変わりゆく時の中にあっても、ふるさとを愛する人たちの生き様に耳を傾けます。どうか旅の最後までおつきあいください。

「この番組は伝統的な紀行ドキュメンタリー」の前に添えられた「おそらく」という言葉。

「どうか旅の最後までおつきあいください」とわざわざ謳われているのも気になる。

何しろ、このドキュメンタリーが放送される枠は『ドキュメント20min.』(NHK)。番組ホームページの「この番組について」という項目にはこう掲げられている。

「見たいテレビなどない」という若い世代に向けて、「こんなテレビ見たことない!」といってもらうための20分間。これまでの演出・文法・テーマから自由な若手制作者たちが、新しいテレビの形を模索します。

そんな枠で果たして「伝統的な紀行ドキュメンタリー」が放送されるだろうか。

今年1月に発売された『GALAC』2023年2月号。編集委員として参加している筆者が企画を担当した「よみがえれ!深夜」特集で同番組のチーフプロデューサーを務める城秀樹氏に『ドキュメント20min.』について寄稿していただいた。

それによると、この番組は他のNHKの番組とシステムが根本的に違うのだという。

特徴は、制作の主役を次世代が担うことです。企画の実質的な採択プロデュースを行うのは主に30代の「プレプロデューサー」 (この番組ではこう呼びます)。タッグを組むのは、主に20代のディレクターたちです。筆者を含め番組事務局には、4~5人のベテランプロデューサーがおりますが、 あくまでバックアップです。このシステムの主眼は、若い世代が創作の主役になることで、 同年代の者にNHKのドキュメントに親しんでほしいという思いがあります。 また、深夜という時間で新しいドキュメントの形を探る、自由なトライアルの枠でもあります。そのため、各回の制作者同士が切磋琢磨し合い、毎週世界観の違う、 多機性のある内容を、日々研鑽しています。

(『GALAC』2023年2月号)

番組が立ち上がるとディレクターはもちろん、アナウンサーや撮影などの制作部門から、営業や総務部門など部署を問わず企画が寄せられ、入局したての新人から「気持ちが若い」54歳の局員まで手を挙げたという。その結果、番組初回は、初テレビ演出となる入局1年経ったばかりの新人ディレクターが担った。

実際、この番組は、あっと驚くような挑戦的な企画が多い。

伝統的な紀行ドキュメンタリー?

「ニッポンおもひで探訪 〜北信濃 神々が集う里で〜」のディレクターとしてクレジットされているのは木村優希。木村は2020年にNHK長野局が制作した泉澤祐希主演ドラマ『ピンぼけの家族』の演出も担当していた。

舞台は同じく長野。

『ニッポン探訪 〜北信濃 神々が集う里で〜』というタイトルが画面にあらわれ、「旅人」の宍戸開が「長野県は飯山市に来ました。実り多きどんな出会いが待ってるでしょうか。楽しみです」とレポートを始める。確かに「伝統的な紀行ドキュメンタリー」風だ。

宍戸が訪れたのは、豪雪地帯にあるという集落「沓津」。

まず小川で釣りをしている老人に出会う。

杉がたくさん生えているこの地域。「この集落で花粉症はいなかった」と老人は言うが、近くにいる子供は鼻をすすっている。

天ぷらをごちそうしてくれた女性は「すぐそこに家があったんだけど、みんな潰れちゃって」とつぶやく。

神社では、住民が一丸となっておこなっているという秋祭りの準備が進められている。

のどかな風景…なのだが、どこか違和感がある。なんだか不穏な気さえしてくる。

天狗による悪魔祓いや獅子舞が「おんべ舞」と呼ばれる舞を見せる祭りが終わると、宍戸が「代々続いていくといいんじゃないですかね」と感想を述べて番組が締められる。

あれ? これで終わり?

エンドロールが流れ始めるが、20分あるはずの番組なのにまだ約10分しか経っていない。

その時。宍戸があるものを見つけ、番組の”本編”が始まるのだ。

思えば番組冒頭に表示されたタイトルも事前にアナウンスされていたものと微妙に違っていた。

ここから予想とはまったく違う方向に番組が進む。

それはテレビだからこそできる、素敵な挑戦だった。

ぜひ、これ以上の前情報を入れずに見てほしい。番組は22日にBS1で放送される他、NHKプラスTVerで27日の午前0:19 まで配信されている。

「わかりやすさ」への拒否感

前出の城CPは『ドキュメント20min.』の企画に共通する点をこう綴っている。

テレビが時に過度に追求する「わかりやすさ」への拒否感です。複雑なことを複雑なまま伝えたい、視聴者に委ねたいという思いを強く感じます。

(『GALAC』2023年2月号)

「ニッポンおもひで探訪」から漂った違和感も、その仕掛けだけが理由ではなく、そうした通常のテレビ番組とは違う意思から来るものだったに違いない。

そして城CPはこう締めくくっている。

この番組は深夜が生んだ、テレビ離れ世代の作るテレビです。このなかに近未来のテレビの姿があるかもしれませんし、あるいは、まったくないかもしれません。 しかし、かつて大陸から遠く離れ、多様性に満ちた生物の棲む島で、驚くべき大発見がなされたように。

日曜深夜の20分。テレビの端っこの端っこに生まれた多様性から、 なんらかの発見が生まれるように、今後も試行錯誤を見守りたいと思います。

(『GALAC』2023年2月号)

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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