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侍ジャパンがアメリカ行きの飛行機に積み残したモノは何か。

本郷陽一『RONSPO』編集長

あれだけチケットが高ければ、アメリカラウンド進出決定の決まった後の少し緊張感のゆるんだ試合の東京ドームが埋まらないのも当然かもしれなかった。場内で在庫セールのように生ビールを半額の400円で振舞うなら、チケットの値段も含めて、もっとファンへの対応を考えて見てはどうだったのだ。などと、ぶつくさ文句を言いながら、私は負けていようが陽気に騒ぐオランダの家族席の中に紛れて、日本が、アメリカ行きのチャーター機に積み残したものが何かを考えていた。

オランダの先発のベルクマンは、ストレートも130キロ台。恐れる変化球もない。日本にとっては極上のステーキのような美味しい投手で、この投手を相手に阿部が1イニング2発を打とうが、不振の長野がタイムリーを放とうが浮かれているわけにはいかない。

むしろ気になったのは、最後の最後まで中途半端にしかインサイドを使えなかった投手陣の問題である。1次ラウンドのキューバ戦ではインサイドをまったくと言いほど使えなかった。この日のオランダ戦でも、先発の大隣は下位打線にやっと。澤村がジョーンズに。最後、牧田もヒットを許してから目が覚めたようにジョーンズ、スミスにインサイドを使った。これはこれで、ひとつのこれまでになかった進歩であるが、ハッキリ言って物足りない。まだ、相手打線の潜在意識に植え付けるようなインサイドではない。

北京五輪代表チームのスコアラーだった三宅博さんと、書籍の編集の関係もあって、連日のように、ああだ、こうだと議論しているが、三宅さんが、ずっと訴えているのが「インサイドを使えていない」ということだ。

「キューバを含め、海外の選手に外の出し入れだけでは通用しない。手が長く、バットスイングが速いから、外は一気に潰されてしまう。日本投手陣の特徴とも言える外の変化球、低目への変化球のコントロールを生かすにはインサイドなんだ。内があると意識させておかないと、そういうボールが生きてこない。150キロなんてボールは、彼らにとっては屁みたいなもんでしょう。なのにまったく使えていない。阿部はわかっているはずなんだろうけど」

おそらくそれは、侍ジャパンのバッテリーも戦略コーチもコーチ陣も誰もがわかっていることだろう。

なのに、なぜインサイドが使えないのか。

代表の投手コーチ(ブルペン担当)、与田剛さんと少し話をした。

――なぜ、インサイドが使えないんですか? 

「正直、余裕がないんです。それまでのボールをコントロールするのに精一杯。WBCの公式球との兼ね合いもありますからね。キューバにしても、オランダにしても、インサイドをひとつ間違ったら怖い。そういう怖さに加えて、負けられない試合というプレッシャーもある。わかっていて攻めきれないというのが理由でしょう」

――プレッシャーからくるメンタル面か?

「それに尽きます」

――アメリカ行きの飛行機にインサイドの課題を積み残したのかな?

「いえいえ、向こうに行ったら、後2試合。もう一発勝負。そこはやっていきますよ。彼らは、みんなインサイドを使える一流ですよ。国内ラウンドにあった異様なプレッシャーからは、解放されますから」

――さらに気候が乾燥してボールが滑りやすくなるのでは?

「2試合、調整試合がありますからね。そこで順応してくれますよ」

与田さんは、そう言って、ジェントルマンに笑った。

つまり、そういうことなのだろう。

プレッシャーと、ただでさえ順応が難しいWBCの公式球。そして審判によってマチマチのいい加減なストライクゾーン。そういうものが、複合的に重なって1次ラウンド、2次ラウンドでは、インサイドを攻めることが中途半端になった。 

このうち、アメリカに上陸して取り除くことができるのはプレッシャーしかない。どの国が出てきても、準決勝、決勝で打ち合いを挑んでは日本に勝ち目はない。いかにディフェンス力で勝負できるか。4年前に岩隈、松坂、ダルビッシュがやってのけたピッチングを誰がやってくれるのか。マエケンなのか、マー君なのか、能見なのか、大隣なのか、牧田なのか。いずれにしろインサイドを攻めきれるメンタルを持ちえるかどうか。それがアメリカ行きの飛行機に積み残した何かの正体である。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

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