ミニマム級のW世界正規王者となった重岡兄弟の偉業達成理由を対戦相手の視線から探ってみた
プロボクシングのミニマム級のW世界戦が7日、大田区総合体育館で行われ、重岡兄弟が史上初の兄弟同日、同階級正規王者獲得という偉業を達成した。IBF世界同級王座統一戦では、暫定王者の重岡銀次朗(23、ワタナベ)が正規王者のダニエル・バラダレス(29、メキシコ)に5ラウンド2分15秒TKO勝利。WBC同級王座決定戦では、暫定王者の兄の優大(26)が正規王者のパンヤ・プラダブスリ(32、タイ)を3-0判定でシャットアウト。兄弟揃って正規王者となった。敗れた2人の正規王者は何を語ったか。対戦相手の視線から史上初の偉業達成の理由を探ってみた。
華々しく先陣を切ったのは弟の銀次朗。因縁の戦いに決着をつけた。
1ラウンド開始1分10秒過ぎに軽い右からメリハリをつけた左ストレートが炸裂。バラダレスは、たまらずヒザからダウンした。
「あれがでかかった。左ストレートがよく出て試合を支配できた。今までより進歩したところかな」とは、銀次朗の回顧。
バラダレスは、それでも臆さずに積極ファイトを仕掛けてきた。
「家族をタトゥーにして入れたという話を聞いた。前回と覚悟が違って強気で出てきた。頭だけには気をつけた」
銀次朗はしたたかだった。
前進を左のショートストレートで止め、大振りのパンチを打たせて、今度は、それを外して左ストレートを撃ち込む。下がると、そこに左のボディブロー。徐々にバラダレスの突進力が弱まっていく。5ラウンド。上下に打ち分けて左がピンポイントにヒット。ロープにつめて猛ラッシュをかけると、「ボディは効かなかったが、もうダメだった」と正規王者が戦意を喪失。右が当たったところでレフェリーが割って入って試合をストップした。
銀次朗はコーナーに駆け上ったが、その顔に笑顔はなかった。
「何が何でも勝たなくちゃいけない戦い。今までで一番プレッシャーがあった」
あの悔し涙は忘れない。
1月、大阪。世界初挑戦となる銀次朗はバラダレスを圧倒しながらも、3ラウンドに王者が、偶然のバッティングで負ったダメージでめまいと耳が聞こえなくなったと訴えて、なんとレフェリーがそれを受け入れて試合続行不能と判断。まさかの無効試合となったのだ。
銀次朗は「この悔しさをどこにぶつけていいかわからない」と言って泣いた。
4月に再戦が組まれたが、ケガが完治していないとの理由で流れ、代替に設定された暫定王座を獲得したが、8月に組み直された再戦は、今度は自らの足の負傷で延期となった。
それでも「心の火は絶やさなかった」という。
試合後、バラダレスは、こう敗戦を認めた。
「相手が強かった。よく研究されていたと思う」
だが、トレーナーはレフェリングに対してクレームをつけた。
「自分じゃない国で戦う難しさがあった。レフェリーが味方じゃなかった。最初から、こっちだけをレフェリーによく見られた。頭がぶつかって減点を取られたこともメンタルに悪影響を与えたと思う」
1ラウンドからバッティングの注意を受けて、2ランドには故意のバッティングで減点1を取られた。この際、流血まで負っている。
IBFは、前回のバッティングトラブルの再発を防ぐために、厳しいレフェリングが評判のチャーリー・フィッチ・レフェリー(米国)を送りこんできた。IBF会長、直々の指名でビデオ検証システムも導入されていた。前日のルールミーティングでも重岡陣営は、「バッティングを注意深く見て欲しい」とレフェリーに念を押した。
パンチと頭が同時に飛び込んでくるスタイルのバラダレスもトレーナーの言葉を引き継いで「レフェリーは私だけを見ていた。集中できなくて、それでKOで終わった」と話した。
前回はバッティングを言い訳に生きのびたが、2度、同じ手段は通用しなかった。集中できなかったのは自業自得。しっかりと、逃げ道を塞いだワタナベ陣営とビデオ検証の導入を訴えてきたプロモーターの亀田興毅氏の勝利だろう。
しかし銀次朗はTKO勝利した瞬間、後に控える兄の戦いが心配になった。
「自分が勝っても兄ちゃんが終わっていない。勝って喜びたかったけど、100%満足できず、終わった瞬間に兄ちゃんのことを考えていた。次だ、次だと」
弟からバトンを受けた優大も防衛4度のタイの強豪王者をシャットアウトした。
セコンドに弟がついてくれたことが「適格なアドバイスをくれる。いる、いないで安心度が違う」と心強かったという。
正規王者とはまるでレベルの違うスピードとパワーで圧倒した。序盤から左右のフックでプレスをかけてロープを背負わせて強打を浴びせる。パンヤは、その優大のスピードを封じるために、序盤から執拗なボディ攻撃を仕掛けてくるが、おかまいなしに前へ出た。
4ラウンドが終わった時点の公開採点は3者が39―37で優大を支持した。
5ラウンドには右フックがカウンターとなり、パンヤはバランスを崩し、6ラウンドには、左ストレートをダブルでヒットさせ、タイ人は口を開いた。7ラウンドには左ストレートが確実に顎を捉える。もうワンサイド。タイ陣営は、パンヤのパンチが当たる度に「オエー!」と奇妙な声出しをしていたが、終盤には、もうその声も聞かれなくなった。
町田トレーナーは「意外とジャブが良かった」と優大の攻撃を評価した。
KO決着は、時間の問題かと思われたが、優大は一発を狙いすぎてパンチが力み、パンヤも、王者の名誉にかけて優大が「ポーカーフェイス。最後まで目が死んでいなかった」と驚くほどの忍耐力を発揮。結局、12ラウンド終了のゴングを聞くことになった。
3-0判定でジャッジの2人が「119―109」とつける準パーフェクト勝利で、正規王者となった。それでも優大はKO決着できなかった不満を爆発させた。
「また、こんな感じかと終わって反省。ワンサイドで勝っても、心から悔しさがある。ボクシングを辞めるまで自分に合格点をやれない。そういう性格」
その両手の拳には氷嚢が乗せられていた。
試合の5ラウンドくらいに痛め「手が砕けても打たなくちゃいけなかったけれど打てなかった」という。KO決着できなかった理由のひとつだったのだろう。
それでも、優大は、亀田興毅氏、長谷川穂積氏、山中慎介氏の歴代世界王者の名前を出し、「テレビで見ていて、いつかこの日と願っていた。きょうがその日」と喜びを嚙みしめた。
優大もまた4月に一度は決まった試合がパンヤがインフルエンザにかかるというアクシデントで流れ、8月も。田中教仁(三迫)との選択試合が優先され、この統一戦も入札にもつれこんだが、興毅氏が、なんとか興行権を手にして日本開催にこぎつけ、内弁慶王者を外に引っ張り出した。
一方の敗れたパンヤは右目を腫らして会見場に現れた。
「とても疲れている。精一杯やった。重岡はスピードがすごくあって追いつかなかった。とてもやりにくかった」
そう言葉を絞り出した。
8回終了時点の公開採点が3者共に79―73で、もう逆転KOを狙うしかなかったが「ポイントが離れすぎているので驚いた。ベスト尽くしかないと思った」という。やはりスピードの違い勝敗を分けた。
兄弟による同日、同階級正規王者獲得という史上初の偉業を成し遂げた2人は、来年1月に故郷の熊本でのダブル防衛戦を計画している。
兄弟は揃って統一王者を狙っているが、弟の銀次朗は、まずは指名試合をクリアせねばならない。相手は12月28日にフィリピンで行われる同級級3位ジェイク・アンパロ(フィリピン)と元王者で同級4位ペドロ・タドゥラン(フィリピン)の挑戦者決定戦の勝者。兄の優大がターゲットにしているのが、“最強”と評判のWBO同級王者のオスカー・コラーゾ(米国)だ。リング上で「WBOにやりたい奴がいる。アマチュア上がりでプロ戦績もオレと同じぐらいで同い年。イケイケの調子のった奴がいるらしい。そいつとケンカボクシングができたらいい」と指名した。このマッチメイクが実現できれば最高だろう。重岡兄弟がミニマム級の4つのベルトを“2人占め”する時代が訪れるのはそう遠くない。